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御子柴からユイへの想い⑪



日向は人通りの少ない階段まで行くと、結人の方へ振り返る。 日向は今階段の上に乗っているため、彼が結人を見下ろす形になっていた。
「俺を呼び出して何の用だよ」
真剣な面持ちでそう尋ねると、彼は結人を睨み付けながらゆっくりと言葉を返していく。
「御子紫がいじめられているというのに、お前は何もしないのか?」
「・・・どうしてお前がそんなことを俺に聞くんだ。 そもそも、いじめの犯人はお前だろ?」
「それを分かっているのに何故動かない!」
「・・・」
その問いには答えることができず、口を噤んだまま静かに視線をそらした。 そんな弱気になっている結人を見て、日向は楽しそうにニヤリと笑う。
「犯人が俺だと分かっているのに、俺には何もしようとしてこない。 つまり、御子紫はどうでもいいっていうことだ」

―――・・・違う。
―――そんなんじゃねぇ。

心の中では強くそう思っているが、言葉にはできずになおも黙り込む。 そんな結人を、日向は嫌味を感じさせない程の淡々とした口調で、更に追い打ちをかけていく。
「やっぱり色折は偽善者だったんだな。 あんなに御子紫はお前のことを庇っていたのに、今のお前は御子紫のために何も動こうとしない。 ついにお前の本性が現れたか。 
 俺の思っていた通り、人の前ではいい人のフリをして、どうしようもならなくなったら簡単に人を見捨てる。 色折の友情はその程度のものだったんだ。
 そんなにダチに善人だと思われたかった? ・・・まぁ、がっかりだわ。 正真正銘の、偽善者だったなんてな」
「ッ・・・」

―――止めろ。 
―――止めてくれ・・・! 
―――俺は・・・ッ!

結人はそう思っていても、日向の言葉がどんどんと胸に刻まれていった。 受け入れたくなくても受け入れなければならない、この現実。
―――本当に、俺は・・・偽善者、なのか?
確かに普段の結人ならばすぐに御子紫のもとへ駆け付け、彼を助けているだろう。 そして、今目の前にいるこの男のことも絶対に許してはいない。
なのにどうして今の自分は、何も動こうとしないのだろうか。 
―――・・・やっぱり俺は、偽善者だったのか・・・。
この苦しい思いをグッと堪え、日向にあることを尋ねかける。
「・・・どうして、お前は俺のことが嫌いなのに御子紫をいじめの対象にするんだ? 俺のことがそんなに嫌いなら、直接俺をいじめたらいいだろ!」
少し感情的になりながら疑問を素直に打ち明けると、彼は一瞬驚いた表情を見せた。 だけどすぐニヤリと笑い、その面持ちのままゆっくりと答えを返していく。
「はぁ、何を言ってんの? もうとっくに、お前のことをいじめてんじゃん」
「は・・・?」
あまりにもあっさりとした返答に、結人の頭は徐々に混乱の中へと引きずり込まれた。 そんな結人でも分かるよう、日向は丁寧に言い直し始める。
「色折をいじめる一番最適な方法ってさ」
「・・・」
そして――――次の日向の一言で、結人は彼に“完全に負けた”と、思い知らされたのだ。

「お前の大切なダチがいじめられて惨めな姿になっているのを、色折が目にしてしまうこと・・・じゃね?」

「なッ・・・!」

―――・・・やられた。
―――御子紫は本当に、何も悪くなかったんだ。 
―――全て俺が悪い。 
―――全て・・・俺のせいなんだ。
何も反論できない結人に、更に彼は言葉を被せていく。
「お前が偽善者じゃないって言い張るなら、ダチのことがそんなに大事っていうことだろ? だからお前は、大事なダチが酷い目に遭っているのを見ると心が痛む。 そう思ったんだ」
「・・・」
「まぁ、お前が偽善者だっていうことはさっきのことで確定したから、もういいんだけどさ。 本当はお前が御子紫を庇って、俺に対抗してきてくれたら面白いなーって思ってはいたんだけど」
―――どうして・・・どうしてもっと早くに、気が付くことができなかったんだ!
そんな自分に腹が立つも、何も言い返すことができない。 なおも口を開かない結人を見て、日向は静かにトドメの一言を突き刺した。

「この偽善者」

「ッ・・・」

流石に何でもいいから言葉を返したかったのだが、そこまで言われてはもう言い返しようがない。 そんな自分を、結人はどんどん責めていく。
―――畜生・・・俺はこのまま、コイツに負けていいのかよ!
自分を責めても事態は何も変わらないということは分かっているが、ひたすら自分を責め続けた。 御子柴を助けてやりたい気持ちは確かにある。 だがここで日向にやり返してしまえば、彼の思う壺だ。 
それに仲間には日向のことを守るよう言ってあるのに、彼を目の前にするとそれを命令した自分が馬鹿のようにも思えてくる。 
だが、そんな時――――ふと後ろから、聞き慣れた声が耳に届いてきた。

「そうやってユイを苦しめていたのか」

振り返ると、夜月が日向のことを睨み付けていた。 そんな彼を見て、結人は小さく呟く。
「ッ、夜月・・・。 どうしてここへ?」
「椎野がさっき、俺のところへ来たんだよ。 『ユイが日向っていう奴に呼ばれて、どこかへ行った。 心配だから、様子を見に行ってほしい』って」
―――椎野、が・・・?
そして夜月は視線を結人から日向へと戻し、冷静な口調で言葉を紡ぎ始める。
「お前がその日向、だっけ? これ以上、ユイを追い詰めたりすんのは止めてくんね? コイツ勘はいいけど、言われたことは何でも信じちまうからさ」
最後の言葉だけを苦笑しながら口にする夜月を見て、日向は訝しむように目を細めた。
「お前は八代・・・か。 お前も、色折とよく一緒にいるからコイツの味方だったよな。 今のうちに言っておく、コイツは偽善者だ。 
 だからコイツの味方につくなんてことは止めておけ、いつか後悔するぞ」
その発言後――――夜月は、結人と日向が思ってもみなかったことを淡々と口にする。

「知ってるよ。 ユイが、偽善者っていうことくらい」

「「ッ・・・」」

―――夜月はやっぱり、まだ俺のことを・・・。
ここで結人を庇うのが通常の流れだと思うのだが、夜月はあっさりと日向の発言を肯定した。 それに結人と日向は、当然驚いた表情を浮かべる。
「でも、偽善者がどうしたっていうんだよ。 今更そんなことは関係ないだろ。 たとえユイが偽善者だったとしても、俺はユイを信じて付いていくよ」
その言葉を聞いて、日向は先程の結人の問いをもう一度繰り返した。
「・・・お前は、ここへ何しに来た?」
「ユイを助けに来た。 これ以上、ユイに変なことを吹き込むな。 本気にすると後から面倒になるだけなんだから。 これ以上ユイを苦しい目に遭わすなら、俺はお前を許さねぇよ」
「ッ・・・」
夜月の言葉を最後に、この場には少しの間重たい沈黙が訪れた。 だが――――その沈黙は、意外な人物によって破られることになる。

「おーい、日向ー。 次は移動教室だからそろそろ行くぞー」

その声の主は――――日向といつも一緒にいるクラスメイト。 彼も、御子紫のいじめに関わっているはずだ。 
日向はその友達に『分かった、すぐに行く』という言葉だけを返すと、再び夜月の方へ視線を戻す。
「八代。 ・・・お前、覚えておけよ」
それだけを言い捨て、彼は静かにこの場から去っていく。 そんな日向と入れ替わるように、夜月が優しい口調で言葉を渡してくれた。
「日向が原因で、一昨日くらいから元気がなかったんだな」

―――・・・どうして、俺のことが分かるんだよ。

「一昨日からって、随分俺に詳しいな」
夜月とは目を合わさず独り言のように呟くと、彼は楽しそうに笑ってみせた。
「当たり前だろ。 ユイの空元気なんて、みんなとっくに見破っているぜ。 空元気の腕、落ちたんじゃね?」
それには何も言えず、苦笑だけを返す。 続けて、先刻の話を持ち出してみた。
「・・・なぁ、夜月。 俺って、やっぱり偽善者なのかな?」
「んー? 別に、偽善者でもよくね?」
「え?」
またもや予想もしていなかった答えに思わず聞き返すと、彼はいたずらっぽく少し微笑んだ。
「つかユイは偽善者というより、ただのお人好しだ」
「お人好し・・・」
日向に強く言われ落ち込んでいる結人の背中を、夜月は思い切り叩き上げる。

「ユイが自分を見失ってどうすんだよ。 色折結人は、お人好しで馬鹿で素直で何事にも一途な男。 そうだろ? 俺たちはそんなユイのことが好きだから、付いていけているんだ」
「夜月・・・」
「ユイはいつものままでいればいい。 つか、そのままいけ。 そのまま突っ走れ。 俺らはユイを見失わないように、ちゃんと後ろを付いていくから」
「・・・」

結人は夜月に上手く言葉を返すことができなかったが、彼の言葉は確かに結人の心を動かしていた。

「ユイはリーダーなんだから、前だけを向いていりゃあいいんだよ。 後ろは仲間である俺たちに任せておけって。 
 きっと今でも、御子紫はユイのことを信じて待ってくれているぜ」

そして結人は――――彼に、再度確認をする。
「俺って、偽善者・・・。 いや、お人好しでもいいのかな」
「は?」
その問いを聞いて夜月は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに笑い出しこう返してきた。
「何を言ってんだよ、ユイ。 ユイからお人好しを取ったら、何が残るっていうんだ? ただの馬鹿になんじゃん」
「ちょ、おい、馬鹿って・・・」
真面目なトーンで呟くと、夜月は笑うのを止め真剣な表情へ切り替える。

「まぁ、ユイが思っている通りにやってみな。 必ず成功する。 だって・・・ユイの後ろには、俺たちが付いているんだから」


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