最終話
(……やさぐれぶっちゃいるけど、なんだかんだ気くばりのできるひとなんだよね、マムシさんは)
––––でなければ、いま東京で発行部数を伸ばしに伸ばしている「都新聞」の
林太郎はクスリと笑いながら、腕の中で深い眠りについていたショウを三人のとなりに降ろす。
「なにをニヤついていやがる!」
マムシは鼻を鳴らし、ショウの横に熊のぬいぐるみを置いた。
「……べつに」
林太郎はまた笑みを口の端に浮かべる。
「おう、林太郎よぉ〜」
「はい」
「いま、俺のアニキが北海道からこっちに来てるんだ」
「あぁ、
マムシの兄––––黒岩四方之進は、明治九年に「札幌農学校」一期生として北海道に渡り、卒業後は開拓使となって、現在「
マムシ自慢の兄らしく、林太郎は何度かその名を聞いたことがあった。
「俺の家にいてな、カレーを作ってくれているんだ」
「ライスカレーですか。それはまたハイカラなものを」
明治二十ニ年––––この時代、まだ「カレー」は一般家庭で食される料理ではなかった。西洋文化に明るい、一部の知的階級の人々が好んで食べた高級料理である。ドイツ留学経験者の林太郎はもちろん知っている。
––––しかし、西洋で食したカレーと、日本の料亭で出されるそれとは大いに違っていた。
日本のカレーは、輸入した混合香辛料を小麦粉にからめて作っていると聞いた。カレー本来の香りも刺激もほとんどないし、口あたりはもったり。本場のものとはほど遠いシロモノで、林太郎はどうもにも好きになれなかった。
「アニキの作るカレーは、アメリカ人教師から教わったやつでな、種とか葉っぱとか木の皮とかを油で炒めるところからはじまるんだ」
「ほほぉ」
「で、たっぷりの玉ねぎをみじん切りにしてそこに加え、焦がさないようアメ色になるまでじっくり炒める。で、最後に
マムシの兄が作るカレーは話に聞いただけでも食欲をそそる。
「美味しそうですね」
林太郎は声を弾ませる。不覚にも腹が鳴ってしまった。
「美味しそう? 美味しいに決まってる!」
––––それもそのはず、これがやがて北海道名物となる「スープカレー」の作り方。そして、それを伝えた札幌農学校のアメリカ人教師が、「青年よ、大志を抱け」の名言を残したウィリアム・クラーク博士であった。
「俺ははやくアニキのカレーが食べたい……つまり、はやく帰りたいのだ!」
マムシは地に突き立てていた
「はいはい」
林太郎も腰の
「ったく、六人もいて動けるのはふたりかよ」
ぼやくマムシの背に、林太郎はおのれの背をピタリとつける。
「おこしますか?」
と聞くが、ちらりと足下の四人を見たマムシは、
「子どもは寝てる時間だ。それに、これぐらい俺たちふたりで充分だろ?」
「ですね」
––––ギャギャギャギャギャ!
––––ワォォォォォォォォォン!
––––フンガァァァァァァァァ!
マムシと林太郎を、無数の小鬼、人狼、巨人がぐるり取り囲んでいる。
さらに、
––––キキキキキキキキキッ!
––––シュシュシュシュシュッ!
猿の身体にコウモリの羽を持ったもの、蛇の背に鳥の翼を生やしたものなどが、月を