御子柴からユイへの想い⑦
1年1組前 廊下
未来たちがそのようなことを考えていると知らない結人、コウ、優は未だにその場に立ち尽くし、沈黙を守り続けていた。 だがそんな重たい空気を自ら破るように、結人は二人に向かって静かに口を開く。
「・・・なぁ」
「「?」」
彼らが自分の方へ意識を向けたのを感じ取ると、視線は1組の教室へ向けたまま続けて言葉を紡いだ。
「二人にさ、お願いがあるんだけど」
「何だよ?」
―――俺は・・・偽善者でもいい。
―――つーか、俺って・・・偽善者なんだろ?
そのようなこと思い自虐的な笑みを浮かべながら、結人はゆっくりと命令を下した。
「日向をさ・・・守ってほしいんだ」
「「・・・え?」」
思ってもみなかった発言だったのか、その命令に二人は戸惑った様子を見せる。
「それは、どうして?」
優の問いに対し、結人は御子紫の席を同情するような目で見つめ言葉を返した。
「御子紫の席をあんな姿にさせたのは、きっと日向だ。 昨日の御子紫とのやり取りで、大半の人は気付いていると思う」
「「・・・」」
流石に犯人は日向だと二人も分かっていたのか、彼らはこれ以上何も言ってこなかった。
「だから日向が今後、いじめの標的になる可能性がある。 それを・・・阻止してほしい」
だがこの瞬間、結人の心は迷い始めた。
―――あれ・・・何を言ってんだ、俺・・・。
―――今いじめられているのは、御子紫の方だというのに。
―――しかも・・・この原因を作ったのは、俺だというのに。
「それは・・・命令か?」
“何を理由でそう言っているのか分からない”といった不審な目をしながら尋ねてくるコウに、結人は力強く頷く。
「・・・あぁ。 命令だ」
その答えを聞くと一瞬の間を置き、彼は更に質問をしてきた。
「何か考えでもあるのか?」
―――考え?
―――そう・・・なのか?
今の自分は何も考えていないし、特別な感情も抱いていない。 もっと言うならば『日向を守れ』だなんて、普通ならば言わないはずだ。
―――これが・・・偽善行為だというのか。
「何か、ユイらしいね」
―――俺らしい?
隣にいる優が、突然可愛らしい笑顔を結人に向けてくる。 そんな彼の表情、発言に戸惑っていると、続けてコウも優の意見を肯定し言葉を綴ってきた。
「まぁ、そうだな。 自分を犠牲にしてでも他の人のことを考えるなんて、ユイにしかできないよ」
だがそれには思わず笑ってしまい、結人はすぐさま突っ込みを入れる。
「何を言ってんだよ。 自分を犠牲にすんのは、コウの方だろ」
「・・・はは」
その返しに、コウは苦笑してこの場を誤魔化した。
―――これが・・・俺らしい?
―――俺は、ただの偽善者なんだぞ。
だが結人は、この時は何も気付いていない。 『日向を守れ』と言い渡した、本当の意味を。 今はただ気付いていないだけなのだが、確かに結人には理由があって、その命令を自然としていたのだ。
そんな自分に気付くのは――――まだ先のことだった。
その後、結人はコウたちと解散した。 教室へ戻りつつ、先刻まで思っていたことをもう一度振り返る。
―――俺は一体、何を考えているんだろう。
―――日向を・・・守れだなんて。
だが結人には、その発言をする前に確かに一つの考えがあった。 それを実行するには“日向を守らないといけない”と、思ったのだ。 だからあの時、迷わずにあのような発言をした。 だけど――――
―――・・・忘れた。
―――何を根拠に、あんなことを言っちまったんだろう。
そのようなことを考えながら教室へ入ろうとした途端、突然後ろから名を呼ばれた。
「結人?」
振り返ると、そこには藍梨がいて心配そうな表情で結人のことを見つめている。 急な出来事に一瞬戸惑った反応を見せてしまうが、迷惑をかけないようここは無理に笑ってみせた。
「おぉ、藍梨ー! どうしたよ? そんな顔して」
「結人、大丈夫? 昨日から何か、様子が変だけど・・・」
「・・・」
―――あぁ・・・そういや昨日から、藍梨とあんまり話していなかったっけ。
―――心配させちまったかな。
そんな藍梨が何故か愛おしくなり、彼女の頭の上にポンッ、と自分の手を乗せる。
「藍梨が俺なんかを心配すんなよ。 俺は平気」
そう言って、これ以上彼女に突っ込まれないよう違う話題を続けて振った。
「あ、そうだ藍梨。 今日の放課後さ、一緒に帰らない? 二人で」
藍梨と二人きりになるのはあまり気が進まなかったが、これ以上彼女に不安な思いをさせないよう、ここは自分を抑え誘ってみる。
「でも、みんなは?」
「嫌?」
その問いに、結人は間を空けず逆に聞き返した。 “みんな”というのは、当然結黄賊のメンバーのこと。 彼女はその言葉に、慌てて首を横に振り笑顔を浮かべる。
「ううん」
「よかった。 じゃあ、授業が始まるからそろそろ教室へ入るか」
そうして二人は、それぞれの席へ着いた。 そんな結人たちと同時に、真宮も教室に戻ってくる。 複雑そうな表情を浮かべながら自分の席に座る彼を見て、結人の心は再び苦しくなった。
―――ごめんな・・・真宮。
―――御子紫のことは、真宮に任すよ。
休み時間 1年4組
授業が終わり、休み時間となった今、4組にいる未来と悠斗は教室で作戦会議を始めていた。
「どうやって、日向に仕返しをするの?」
悠斗の問いに、未来は迷わず答えを綴っていく。
「そりゃあもちろん、アイツをボコるに決まってんだろ?」
「ッ、それは駄目だ!」
その案を聞いた瞬間、悠斗は血相を変えすぐさま否定の言葉を述べた。 突然大きな声を出されたためか、未来はビクリと身体を震わせる。
「・・・どうしてだよ」
「ここで喧嘩なんかしたら、ユイのしてくれたことが全て無駄になるだろ!」
そう――――悠斗が言っているのは、先週の出来事のこと。 悠斗と未来の関係に亀裂が入り、未来が停学になった時のことだ。
その件については、結人が悠斗たちのために色々頑張って動いてくれた。 不良たちにケリをつけることができたし、二人の仲も取り戻してくれた。
そして何よりも、未来の停学をなしにさせてくれたのだ。 悠斗は当然、そこまでしてくれた結人には感謝している。 だがそんな彼の行為を、未来は今無駄にしようとしているのだ。
流石に未来に付いていくと決めていた悠斗でも、その意見には反対だった。
数秒後、未来は悠斗が反対した理由に納得がいったのか、全てを諦めるかのように小さく溜め息を漏らした。
「・・・じゃあ、他にどうやって仕返しをすんだよ。 御子紫にはこれからもずっと、いじめを受けさせるつもりか?」
「そんなことは言っていない。 御子紫のいじめは、俺だって今すぐにでも止めさせたいさ」
「・・・だったら、どうすんだよ」
悠斗はそう言われ、しばし考える。 そして――――
「・・・そうか。 日向が御子紫にしたことを、そのままやり返せばいいんだ」
呟くように吐き出されたその答えに、未来は一瞬で目を輝かせた。
「お、それいいじゃん! あれ・・・。 でもそれ、優の方法じゃね?」