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御子柴からユイへの想い⑥




1年1組


「持ってきたよ」
そう言いながら、細田は持ってきたゴミ箱を御子紫の席の隣にそっと下した。 だが御子紫は未だに口を開かず、ただ俯いて静かにその場に立ちすくんでいる。
そんな彼に気を遣っている真宮と細田はあえて何も言わず、二人だけで机の中に入っているゴミを取り出しゴミ箱に捨てるという作業を何度も繰り返した。
この場にいるクラスのみんなは、何も口を挟まずその光景を黙って見つめている。 
こんな気まずい空気の中流石に手伝う勇気のある者はいないと思ったため、真宮たちは生徒を恨むようなことはしなかった。
そして数分後、机の中からゴミを全て取り出すと、真宮の頭の中に一つの疑問が過った。

―――そういや・・・御子紫の教科書は、どこへいったんだろう。

空っぽになっている机の中を見ながら、教科書の行方を考える。 そして当然真宮も、こんな酷いことをした犯人は既に思い浮かんでいた。
「じゃあ、ゴミ箱戻してくるよ」
「あぁ、ありがとな」
礼を言うと細田は小さく頷き、再びゴミ箱を持って教室から出て行く。 そんな彼を最後まで見送ると、真宮は思い切って御子紫に声をかけてみた。
「・・・教科書はさ、見つかるまで俺が貸すよ。 それと・・・」
だがその先の言葉はなかなか言えず、軽く口ごもってしまう。 一方御子柴はそんな真宮を見かねたのか、これから言おうと思っていた続きの言葉を自ら発してくれた。
「・・・仕返しでの、喧嘩はしない。 分かってるよ」
彼の声はとてもか細くかすかにしか聞こえなかったのだが、真宮にはその言葉がちゃんと伝わっていた。

その一方で――――1組にいる、ある3人組の男子が、この重たい空気の中堂々と席を立ち教室から出ていく。 

だが彼らが出て行ったことには、真宮は気付かない。 そんな彼らと入れ違いになるよう、御子紫の友達である細田が戻ってきた。
「それじゃあ、机の上の落書きを消すとしますか」
そうして真宮と細田は、二人で協力しながら落書き消しに取りかかる。 細田は二つ消しゴムを持っていて、そのうちの一つを真宮に貸してくれた。
なおも立ち尽くしている御子紫をよそに、二人は消しゴムで落書きをゴシゴシと消し始める。
「うわ、消えねぇ・・・。 どんだけ濃く書いたんだよ」
真宮が濃く書かれた落書きに苦戦していると、隣で一緒に作業をしていた細田が急に手を休め、小さな声で呟いてきた。
「・・・俺、これからどうしたらいいんだろう」
「え?」
突然の問いに聞き返しながら横を見ると、彼は今とても苦しそうな表情を浮かべていた。 そのような姿を見て、真宮は細田の考えを察する。 

―――・・・そうか。
―――友達である御子柴が目の前でいじめられていて、このまま黙って見ていた方がいいのか、それとも犯人を見つけて叱った方がいいのか迷っているんだ。
―――いや、それとも・・・御子紫を庇いたいけど、もし庇ったら自分がいじめの対象になるかもしれないから、怖くて行動に移せないのかな。
―――・・・まぁ、どちらにせよ答えは一つだ。

今もなお顔を歪ませている細田に、真宮は優しく言葉を紡ぎ出した。
「ずっと、御子紫の傍にいてやってよ。 俺クラスは5組で遠いけど、休み時間になったら絶対1組に顔を出すから。 それでもしまた何かされたら、すぐ俺に報告して?」
そう言うと彼は俯いたまま何も言わずに、コクリと小さく頷いた。





階段前


真宮と細田が協力し机の上に書かれている落書きを消している頃、日向と敵対しようとしていた未来も動き出していた。
「お前、御子紫に何をしたのか自分の口で言ってみろ」
未来と悠斗は今、男子3人組の前に立ちはだかっている。 未来は両手を腰に当て、忌々しげな顔を浮かべながら彼らに口を開いた。 
ここは1組の教室から少し離れた階段前であり、未来たちの会話は他の生徒にはあまり聞かれていない。
「は? 何だよお前ら」
鬱陶しそうに適当に言葉を返す、3人組の真ん中にいる少年――――日向。 彼は目の前にいる未来たちを不機嫌そうな顔で見据えながら、小さく呟いた。
そんな日向に向かって、未来は先程よりも声を大きくしもう一度強く尋ねかける。

「御子紫に何をしたのかって聞いてんだ!」
「未来、今はそんなことを聞きに来たんじゃないだろ」

声を張り上げながら身を乗り出していく未来に、隣にいる悠斗は静かに止めに入った。 当然未来たちは、御子紫の席の事情を把握した上で物を言っている。
もちろん悠斗も御子紫の席を見て、そういう行為をした犯人には腹が立っていた。 だけど目の前にいる日向を責める前に、本当に彼が犯人なのかを確かめる必要がある。
それでもし日向が犯人だとしたら、どうして御子柴をいじめるのかその原因も知る必要があった。 
だが未来はそんなことよりも御子柴にした行為の方が許せないのか、一方的に彼を問い詰めている。 そのような幼馴染に悠斗は呆れ、自ら口を開いて日向に質問をした。
「御子紫とユイに、どこまで関わっているんだよ。 御子紫に、何か言われたりでもした?」
彼を完全に責めないよう、仲間である御子紫を犠牲にしながらも尋ねかける。 その問いに、日向は未来たちから視線をそらして吐き捨てるように呟いた。

「・・・御子紫がウザかったから、あんなことをしただけだ」

そう言うと、未来と悠斗の間をすり抜け静かにこの場から去っていく。 そんな彼を追うよう、日向の両サイドにいた男子も続けてここから離れていった。
一方悠斗は去っていく彼らを、止めることなく目だけで追い続ける。

「アイツが・・・」

「?」

突然隣から声が聞こえその方へ目を向けると、未来は俯きながら小さく震えていた。 きっと自分の怒りを、無理矢理押し込めているのだろう。 
彼からは物凄い怒気が感じられるため、悠斗にもその怒りが伝わってきた。 そんな未来が苛立ちが混ざったような荒い口調で、いきなり声を荒げ始めた。
「アイツが、御子紫をいじめているんだ。 ・・・日向って奴が、御子紫をいじめているんだ!」
「未来・・・」
未来は自分に言い聞かすよう、何度もその言葉を口にする。 その様子を隣で見ていた悠斗は、心配して彼の名を小さく呼んだ。
だけど未来の暴走は止まらないため、悠斗は彼のことを静かに見守ることしかできない。
「絶対許さねぇ・・・。 俺たちの大事なダチをいじめるなんて、絶対に許さねぇッ!」
「・・・」
あまりの迫力に気圧され何も言えなくなっていると、突然未来はこちらへ向き、悠斗の肩をガシリと力強く掴んできた。

「なぁ悠斗!  悠斗も、協力してくれるよな? 日向って奴に・・・仕返しをすることに!」

「えっと・・・」

そう言われ、悠斗は言いよどむ。 悠斗は平和主義でいじめはもちろん、仕返しをすることにも感心できず、あまり人に手出しはしたくなかった。 
だけどこのまま反対し、未来を放っておくのも危険過ぎる。 彼が一度暴走してしまえば、悠斗でも止めるのに苦労するくらいだ。 

―――止めても無駄っていうことが分かっているなら・・・俺は、未来の言うことを素直に従うよ。

どんなにやってはいけない行為でも、どんなに危険な行為でも、悠斗は未来に付いていくと決めていた。 その気持ちを、柔らかな表情で彼にぶつけていく。
「・・・いいよ、もちろん。 未来を一人にしておくわけにはいかないからね」
「悠斗・・・」
その言葉に安心したのか、少しだけ笑顔を取り戻した未来。 それに悠斗も笑顔を返し、続けて言葉を紡いだ。
「あ、御子紫はこのまま放っておいても大丈夫? それと、ユイにはこのことを言わなくても・・・」
その問いを聞くと、彼は自分の考えを淡々と述べていく。

「御子紫には今、真宮が付いているから大丈夫だろ。 ユイはさ・・・昨日から元気がないっていうこと、悠斗は気付いていたか?」

悠斗はその問いに、小さく頷いた。 その反応を見て、未来は笑いながら言葉を返していく。
「流石に空元気が得意なユイでも、これだけ一緒にいりゃ嘘って分かるようになったな」
そして彼は再び真剣な表情へ戻り、小さな声で自分の思いを打ち明けた。

「ユイはきっと、何かあったんだよ。 御子紫とのことで。 御子紫があんな状態になっても動かないっていうことは、それなりの事情があるはずだ。
 ユイが簡単に仲間を見捨てるはずがねぇ。 ・・・だから、今は無理して関わらせたくないんだ」


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