御子柴からユイへの想い①
月曜日 朝 沙楽学園1年1組
新しい週となった。 今日からまた、一週間が始まる。 御子柴は今日も元気よく登校し、教室へ着いて早々大きな声で挨拶をした。
「みんな! おっはよー!」
「御子紫くん、おっはよー!」
その言葉を聞いたクラスの女子が、振り返って笑顔でそう返してくれる。 そんな彼女に向かって、御子紫も笑ってみせた。
「おはよおはよ! あれ、もしかして髪切った? ショートの方が似合うんじゃね!?」
今日も何も変わらない一日が始まる。 御子柴は他の結黄賊メンバーと同じクラスにはなれなかったが、それでも持ち前の明るさで楽しい学校生活を送っていた。
「細田おはよー! なぁなぁ、昨日のドラマ見た?」
「見た見た!」
「やっぱり昨日の続きはさー、絶対あの後元カノと付き合うだろ!? 普通に考えたらそうじゃん!?」
少しの間女子と会話を交わした後、いつも行動を共にしている友達のもとへ行き、昨夜見たテレビについて熱く語り合う。
本当は仲間のところへ行きたい気持ちはあるのだが、1組から離れると自分だけが取り残されるような気がして、この教室から積極的に動くことができなかったのだ。
最初は教室に友達なんていなく不安だらけだったが、常に持ち合わせている元気と勢いで、すぐクラスに溶け込めることができた。
「あーでも、元カノは性格悪そうだしまた付き合ってほしくはないなー」
友達である細田と楽しく話をしている中、ふとクラスの男子の会話に耳を傾ける。
いや――――聞きたかったわけではなく、自然と彼らの話し声が耳に届いてきたのだ。
「なぁ、アイツ誰だっけ? ほら、5組にいる茶髪のさ、チャラそうな奴」
「あー、名前何だっけ。 えっと・・・色折?」
―――色折?
仲間であり聞き慣れている彼の名に瞬時に反応した御子紫は、結人のことを話している日向たちの方へと意識を向ける。
「そうそう! アイツさー、何か最近調子に乗っていてウザくね?」
そう言いながら、結人を侮辱するように友達と一緒に笑い始めた。 だがそんな盛り上がっている彼らとは反対に、御子柴の心には暗雲が広がり始める。
―――は?
―――・・・何を言ってんだよ、アイツら。
だが御子柴の心境なんて知りもしない日向たちは、結人の話題を更に広げていった。
「クラスが離れているだけまだマシ! でも色折って奴、よく俺たちのクラスに来んじゃん」
「来るなー。 目障りだわ」
「来るたびに女子からはキャーキャー言われてさ、話しかけられるし。 別に大してカッコ良くもないのに、調子乗り過ぎだっての。 まだ入学して半月くらいだぜ? マジうぜー」
口ではそう言いながらも、日向は目の前にいる友達に向かって楽しそうに笑いかけている。 その光景を見て――――居ても立っても居られなくなった御子柴は、勢いよくその場に立ち上がった。
―――ッ、日向・・・アイツ!
ついに彼らの会話に我慢ができなくなり、忌々し気な顔をしながら日向たちのもとへ足を進める。
友達の悪口を言われるだけでも十分に不快なことなのだが、それを言われていたのが尊敬し忠誠を誓っていて、御子柴にとって神的存在である結人のため――――
当然御子柴はより不快に思い、黙ってはいられなかった。
「おい日向! さっきから聞いていりゃ、お前ら今何の話をしてんだよ!」
日向の胸倉を掴み、座っていた彼を無理矢理立ち上がらせる。 クラスの女子はその光景を見るなり、悲鳴を上げて騒ぎ始めた。
だがそんなことには意に介さず、御子紫は周りから非難するような視線を浴びながらも日向に向かって怒鳴り散らす。
「ユイに対して言ったこと、もういっぺん言ってみろ!」
「・・・あぁ、何度でも言ってやるよ」
「ッ・・・」
日向を思い切り睨み付けながら声を荒げる御子紫に対し、日向はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら言い返してきた。
彼の表情を見て余計に腹が立ち今にでも手を出しそうになるが、何とか気持ちを静めこの場を耐える。 このやり取りは大きな声で繰り広げられていたため、当然廊下にも二人の言葉は響き渡っていた。
1年2組
御子柴と日向が張り合っていると、隣のクラスも徐々にざわつき始めていた。 隣から聞こえるかすかな怒鳴り声に、ここにいる生徒たちは自然とその声の方へ注目する。
「なぁ、さっきから何か隣のクラス騒がしくね?」
クラスの男子がそう口にしてくれたおかげで、教室にいた優とコウもようやく今の状況を把握した。
「隣?」
その言葉を聞いて、優は不思議そうに軽く首を傾げる。 そしてクラスメイトの発言に少しだけ胸騒ぎを覚えたコウは、咄嗟にその場に立ち上がり優を促した。
「隣、見に行ってみようか」
彼がそれに頷くと、二人は揃って1組へと走って向かう。
徐々に響いていく怒鳴り声を全身で感じながら、恐る恐る隣の教室を覗くと――――二人はある光景を目の前にした途端、何も言葉が出なくなり一瞬その場から動けなくなってしまった。
コウたちが今、目にしたものは――――仲間である御子紫が、同じクラスの男子と激しく揉めている姿。
そして数秒後、何とかこの状況をより詳しく把握したコウは、優に向かって急いで命令を言い渡した。
「ッ、優! ユイに連絡」
「わ、分かった!」
珍しく慌てているコウを見て優は何も言い返すことができず、ここは素直に受け入れ5組へと走る。 一方彼を見送ったコウは、一人で1組の中へと足を踏み入れた。
1年5組
「な、藍梨可愛いだろー? マジ藍梨の笑顔には癒されるわー」
その頃結人は、クラスの女子と一緒に藍梨の話題で盛り上がっている最中。 だが離れている彼女のことをうっとりと見つめているのも束の間、結人の耳には優の焦りの声が鋭く届いてきた。
「ユイ! 御子紫が・・・ッ。 早く来て!」
―――御子紫?
急にドアから現れた優にそう言われるも、それだけでは現状がよく分からず考えがまとまらない。
だが優は一歩もその場から動かない結人を見かねたのか、堂々と教室に入り強引に結人の腕を引っ張って、共に5組から飛び出した。 連れていかれるがまま、結人は大人しく1組へと向かう。
後ろからは心配してくれたのか、真宮も付いてきていた。
そして、1組へ着き教室の中を覗くと――――御子紫がある男子生徒の胸倉を掴み、何かを言い争っている光景が目に入ってきた。
「御子紫、いったん落ち着けって」
彼らの間にはコウがいて、二人の争いを止めてくれている様子。 だがコウが入るも、二人は言い合いを止める気配がない。
「ッ・・・! 御子紫止めろ!」
ここに来てもなお、状況が把握できていない結人。
どうして御子柴たちが言い合っているのか、どうしてこの場にコウがいるのか何も分からなかったが、とにかく今は彼らが危ないと判断し、とりあえず二人の喧嘩を止めに入る。
「あー、みんな、先生とかには言わなくても大丈夫だからー」
結人が止めている間、真宮は騒いでいるクラスのみんなを落ち着かせてくれていた。 だがこの時――――御子柴が、決定的なある一言を勢いで言い放つ。
「早くユイに謝れよ!」
「本当のことを言って何が悪いんだよ!」
―――え・・・俺?
突然名を出された結人は更に状況が分からなくなり、余計にどうすることもできなくなってしまった。 御子柴が怒っている原因は、自分のことなのだろうか。
そう思うと、二人の争いを止めるのは気が引けてくる。 だが当然、このまま彼らを放っておくわけにもいかない。 このまま大事になれば、事件に繋がる可能性もあった。
―――くそッ、こうなったら・・・。
結人がこの場に現れても言い争いを止めない彼ら。 自分が原因となって喧嘩になっていることは分かっていながらも、今はこの場を静めることを最優先した。
そして結人は、大きく息を吸い――――
「御子紫!!」
「ッ・・・」
かなり大きく放ったその一言により、二人の言い合いは強制的に止まり、クラスのみんなもあれ程騒いでいたのに急に静かになった。
御子紫は結人がここにいたことに本当に気付いていなかったのか、結人の顔を見て少し驚いた表情をしている。
そして少年の胸倉を掴んでいた手をゆっくりと下し、その場に静かに立ち尽くした。 そんな彼に向かって、これ以上感情的にさせないよう優しく問いかける。
「御子紫、何があったんだよ?」
「・・・ごめん」
一瞬の間を置いて御子紫は小さな声でそう返すと、結人と目も合わさずに教室から出て行ってしまった。 だけど結人は彼を追いかけずに、この気まずい状況に意識を向ける。
今のこの教室にいる者は、大きな声を張り上げて喧嘩を止めた結人に、当然注目していた。
―――さて・・・どう切り出そうかな。
たくさんの視線を浴びながらそのようなことを考えていると、近付いてきた真宮が気を遣って声をかけてきた。
「・・・ここは俺たちに任せて、ユイは行ってこいよ」
―――・・・御子紫のことを、俺に任せるっていうことか。
「あぁ、ありがとな」
発言の意味をそう捉えた結人はその言葉に素直に甘えることにし、この場を仲間である彼らに任せて御子紫の後を追いかけた。 もちろん行き先は――――屋上だ。
そして予想していた通り、ベンチにうずくまって座っている御子紫を屋上で発見する。 そんな彼に向かって、再び背後から優しく尋ねかけた。
「御子紫、大丈夫か?」
“やっぱりここにいたか”と思いながら、結人は少しずつ互いの距離を詰めていく。
中学の時『もし嫌なことがあって、逃げ出したいという気持ちになったら、必ず屋上へ行け』と、仲間に言ったことがあった。
これは命令でもなく何気なく発した言葉だったのだが、みんなはそれをちゃんと守ってくれているのだ。
そう言った理由は、逃げ出してそのまま迷子になって行方不明になられるのが、一番困ることだったから。
「・・・別に、何もないよ」
御子紫はそう言って、言い合いの原因を話そうとしない。 それなら今は、無理に聞かなくてもいいと思った。 結人は携帯を取り出し、今の時刻を確認する。
―――授業まであと2分・・・か。
なおもこの場から動こうとしない彼に、様子を窺いながら静かに声をかけた。
「なぁ。 もしクラスに戻るのが嫌で行きたくないってんなら、行かなくてもいいんだけどさ」
「・・・」
「でもサボりだっていうことはあんまり思わせたくないから、できれば保健室とかへ行ってほしいんだけど・・・」
御子紫の反応が怖くなり、徐々に声が小さくなっていく。 だが彼は何とも思っていないのか、淡々とした口調でさらりと答えていった。
「戻るよ。 教室には戻る」
「え? ・・・そうか」
思ってもみなかった返しに言葉が詰まってしまうと、その隙を見た御子紫はその場に立ち上がり屋上から出ていこうとした。 そんな自由な彼を、慌てて呼び止める。
「御子紫!」
「・・・」
御子紫は振り返らずに、ただ立ち止まって結人から出る次の言葉を待っていた。 そんな彼の背中を見つめながら、あることを一つだけ尋ねかける。
「さっき言い合っていた相手。 ・・・名前は、何て言うんだ?」
その問いに対し――――御子紫は軽く俯いて、小さな声でその少年の名を口にした。
「・・・日向だよ」