告白⑦
帰り道
たくさんの人々が行き交う中、結人は自分の家へ足を向けていた。 一人になるといつも考えてしまう。 藍梨のことを。
―――・・・これから、どうやって近付いていこうかな。
柚乃のこともあり、のんびり藍梨との距離を詰めていくのにも問題があった。 かといってここで焦って失敗してしまうと、今まで積み重ねてきたものが全て無駄になる。
そのようなことを考え思い悩んでいると、ふと周りが騒がしくなっていることに気付いた。
―――ん・・・何だ?
足を前へ動かし続けたまま、耳だけを周りにいる人々の会話に傾ける。 そこからは、男女年齢問わず、様々な人の声が耳に届いてきた。
共に、彼らが抱いている気持ちもそれぞれ違う。 焦っている声や、恐怖の声、驚いている声、など。
「女子高生が男たちに囲まれているらしいぞ!」 「駅前だってさ」 「えー、何、ナンパ?」
「こわーい」 「あれ沙楽の制服だよ!」 「マジで? かわいそー」
「沙楽の制服って、ウチらと同じじゃん」 「あの子、見たことがない顔だったよね」 「そうだね、一年生とかかな」
―――・・・ッ!
結人は彼らの言葉たちを聞き、思い当たる節があったためその場に足を止めた。 今耳に届いた言葉を、すぐさま頭の中で整理する。
“女子高生” “駅前” “沙楽” “一年生”
これらの単語で思い浮かぶのは、たった一人の少女。
その少女の名は――――藍梨。
―――まさか・・・。
藍梨のことが思い浮かんだ時には、結人は既にこの場から走り出していた。 物凄く胸がざわつく。 悪い予感しかしなかった。
―――頼む、藍梨さんじゃない奴でいてくれ・・・!
様々な嫌な気持ちが心の中を駆け巡る中、結人の足は駅へと向かっていた。 沙楽学園の女子で一年生。
それだけならたくさんの人が該当するが、帰り際に藍梨の口から発された“駅前”という単語が心に引っかかる。
そして駅は今結人がいる場所から近い方だったためすぐに着き、辺りを必死に見渡した。 その時――――ふとある集団に、目が留まる。
道行く人が言っていたように、5人の男グループが何かを囲っているように見えた。
上手いこと囲っているため、中に何があるのかは結人の今いる場所からでは知ることができない。
集団の周りにいる人たちは、警察を呼びに行こうか助けに入ろうか迷っている様子。
携帯を片手に彼らを怯えるような目で見つめていたり、友達と不安そうな表情で話し合っていたり。 だけど結人は違った。
恐怖心なんてものはとっくに持ち合わせておらず、集団を見つけるなりすぐさま駆け寄る。
そして普段通りの明るい口調で、彼らの背中を目がけて言葉を投げかけた。
―――藍梨さんだったら、絶対に許さねぇ。
「あのー、そこのイケてるおにーさん」
「あぁ?」
その一言で男たちが一斉に振り向き、結人のことを見据える。 同時に彼らの間に僅かな隙間ができると、中にいるモノ――――いや、人物が、確認できた。
彼らの中から現れたのは――――
「・・・ッ、結人、くん・・・」
―――・・・くそ、やっぱり藍梨さんだったのか!
藍梨は今にも泣きそうな顔をして、結人のことを見ている。 嫌な予想が当たり胸騒ぎがするも、必死にこの場を耐えた。
今すぐに手を出したい気持ちを何とか抑え、少しずつ彼らを挑発していく。
「こーんな可愛い女子高生を怖がらせちゃうなんて、男としてなってないっすねー」
当然、こんな状況なのにもかかわらず陽気な声を出し続ける結人に、男らは注目した。
だが結人はそんな彼らに構わず堂々と男たちの輪の中へ入っていき、藍梨の方へ足を進めながら口を開く。
「これ、ナンパっすかぁ? 彼女は嫌がっているのに無理矢理OKを出させようとするなんて、男としてサイテーっすね。 こんな最低な行為を、ナンパだなんて言わないでくださいよ」
「何だと?」
真ん中にいるリーダーらしき男が、結人の背中を睨んできた。 その痛い視線を感じつつも、藍梨を背中で隠すようにし彼女の目の前に立つ。 同時に、彼女の手首を掴んだ。
「やっぱり、さっき言ったことは撤回します。 女の子に酷い目を遭わせるなんて、全然イケているおにーさんじゃないっすからね」
先程とは違い声を低くして言葉を放つと、目の前にいる男が結人のことを恨むような目で睨み付け、何も言わずに拳を振り上げてきた。
―――殴られる。
そう瞬時に察したのはいいが、これから起こす行動は既に決まっていた。
今ここで相手の攻撃を避けたり喧嘩を開始したりすると、藍梨に危害を加えてしまう可能性が高い。
もっと言うならば、相手5人はギリギリ一人で倒せることはできるのだが、5人を相手にしながら藍梨を守るのには流石に無理があった。
そのことを既に予測していた結人は、当然殴られる覚悟をする。
―――来る・・・ッ!
その瞬間、相手は結人に向かって拳を物凄い勢いで振り下ろしてきた。 その行為と同時に、結人は何の防御もせず反射的に目を瞑る。
だが――――数秒経っても、痛みは感じられなかった。
―――・・・あれ?
―――痛く・・・ない。
殴られて痛い思いをすると覚悟していたはすが、何も痛さは感じられなかった。 そのことに対して不気味な思いを抱きつつも、少しずつ目を開けていく。
すると、目の前には――――結人の知っている少年が立っており、守ってくれていた。
「・・・ッ! 未来!?」
未来が、男の拳を素手で受け止めている。 隣には、もちろん悠斗もいた。
「お前ら、何でこんなところにいんだよ!」
そう尋ねると、未来は男の拳を勢いよく振り払いながらこう口にした。
「女子高生が襲われているって周りが騒いでいたから、急いで来てみたんだよ。 まさか、その女子高生が藍梨さんだったとはなッ!」
「・・・」
あまりにもタイミングがよ過ぎる彼らの登場に呆気に取られ動けずにいると、未来の隣にいる悠斗が結人に向かって言葉を発する。
「ユイ、ここは俺たちに任せて。 藍梨さんを安全なところへ」
そして悠斗に続き未来も、結人の方へ振り返らずに言葉を紡いだ。
「ユイ、命令をくれよ。 もちろん喧嘩をしてほしくないなら、そう言ってくれ。 ・・・ボコられろって」
「ッ・・・」
―――お前ら、どうして俺のためにそこまで・・・。
本当は未来たちに迷惑をかけたくなかったのだが、今はこの場に藍梨がいるということもあり、ここは胸が痛みながらも彼らに任せることにした。
結人は藍梨の腕を強く握り直し、目の前にいる仲間二人に向かって命令を言い渡す。
「・・・相手の攻撃を、全て避けろ」
力強く命令を下すと、未来は笑って返事をした。
「おう、りょーかい!」
悠斗も命令が聞き取れたようで、結人に向かって頷いてみせる。 “相手の攻撃を避けろ”とは、あまり使わない手だ。
相手の攻撃を避け続け、相手をバテさせて喧嘩を終わらせる。 時間はかかるし自分たちの体力もかなり消耗するため、あまり使いたくはない手だった。
「藍梨さん、走れ!」
だけど今は緊急のため、ここは未来たちに任せ結人たちはこの場から去る。 走りながら携帯を取り出し、電話を繋いだ。
そして通じるなり、用件だけを彼に伝える。
「・・・あぁ、もしもし真宮か? 駅前近くにある、コンビニの前へ今すぐ来てくれ!」
そう言い終えた後、真宮からの返事を聞かずにすぐさま電話を切った。 全力で走ったまま、後ろにいる藍梨に向かって声をかける。
「藍梨さん、今から真宮のところへ行く。 だから、真宮に家まで送ってもらえ!」
今は互いに走っていてほとんど騒音しか聞こえないと思い、大きめな声で結人はそう言葉を発した。
だが藍梨は後ろにおりあまり周りの音も聞き取れなかったため、彼女が何と返事をしたのかは分からない。
二人がコンビニへ着く頃には、既に真宮は待っていた。 真宮の家はこのコンビニから近いから、彼を呼んだということもある。 彼女の手首を解放し、そのまま真宮に預けた。
「真宮、藍梨さんを頼む」
「え? ちょ、ユイ!」
結人はまたもや彼の返事を聞かずにその場からすぐに離れ、今来た道を全力で戻った。
真宮には何も伝えていないため迷惑をかけてしまうが、今は彼よりも未来たちの方が優先だ。
―――早く・・・。
―――早く、戻らなきゃ!
「未来! 悠斗!」
数分後、結人は藍梨が男らに絡まれていた場所まで戻ってきた。 そこへ着くなり仲間の名を叫ぶと、その声に反応した未来が怒ったような口調で口を開く。
「ッ、ユイぃ!? どうしてユイが戻ってきてんだよ!」
その問いに、苦笑して答えた。
「・・・俺が未来たちを、残して帰るわけがねぇだろ」
未来は相手の攻撃を避けながらその回答に戸惑いつつも、他の質問をぶつけてくる。
「藍梨さんは・・・。 藍梨さんはどうした!」
「真宮に任せた。 だから大丈夫だよ」
「何だぁ? 怖気付いて逃げたかと思ったぜ」
手の空いている一人の男が、結人たちの会話に割って入ってきた。 そんな男に、結人は鋭く睨み返す。
―――まさか。
―――・・・そんなわけ、あるかよ。
―ドゴッ。
男のでたらめな発言に対し、結人が彼らに向かってそう言おうとした瞬間――――鈍い音が、この喧噪の地に響き渡る。
「うッ・・・」
「悠斗!」
結人たちの会話に気を取られていた悠斗が、油断していたせいで男に殴られてしまった。 彼は小さな呻き声を上げて、その場に跪く。
その男は素手ではなく、近くに落ちていた鉄パイプを使い悠斗を殴ったのだ。
幸い頭を狙ってこなかったためよかったのだが、どうやら顔をやられたらしく悠斗の口元からは血が流れている。 その光景を見た未来は――――当然、黙ってはいなかった。
「おい、お前・・・! くッ、よくも悠斗を!」
怒りを抑えられなくなった未来は悠斗を殴った男に近付き、相手の胸倉を思い切り掴んだ。 その様子を見ていた悠斗が、なおも跪きながらも止めに入る。
「・・・よせよ、未来」
苦しそうに放たれた言葉だったが、未来はそんな彼の発言を無視し結人に向かって口を開いた。
「ユイ!」
「・・・」
未来は名しか呼ばなかったが、結人は彼が何を言いたいのか分かっていた。 “手を出してもいい”という命令を、きっと待っているのだろう。
だが結人は、そんな感情的になっている未来に対して冷たく言い放つ。
「未来、その手を放せ」
「ッ、はぁ? どうしてだよ! ユイは今のこの状況を分かってんのか!?」
怒りが収まらない彼を見て、結人は軽く深呼吸をする。 そして覚悟を決め、男らに向かって言葉を放った。
「未来。 あとは俺に任せろ。 ・・・お前ら、未来たちじゃなくて俺にかかってこいよ」
「・・・ちッ」
未来はその命令を素直に聞き、舌打ちを小さくしつつも掴んでいた相手の胸倉を渋々と手放した。 同時に、一人の男が結人に向かって襲いかかってくる。
相手はどうやら、結人の顔を狙って拳を突き出していた。 それが顔面に食らわないよう、寸前で身体を少し右へ傾け軽く避ける。 そして――――左肩を、殴られた。
「ッ・・・」
攻撃の勢いで少しよろけるが、何とか態勢を保ち相手を睨み付ける。 未来たちには、手を出してほしくない。 その理由は、当然――――
―――俺が、敵を取りたいから。
だがこれはただの私情のため、この理由をあえて口にはしなかった。 そんな結人は、真っすぐに相手のことを見据えた。
「人の女に手を出すっていうことは・・・それなりの覚悟は、できているっていうことですよねぇ?」
その言葉を発すると、男らは一斉に結人に向かって襲いかかってくる。 そんな彼らの行動を合図に、結人も自ら男たちの方へと立ち向かっていった。
だが、この時――――この近くに藍梨がいたなんてことは、結人には当然知る由もなかった。
殴って、蹴って、殴って、蹴って。 この繰り返し。 単純な動作の、繰り返し。 そして――――弱い彼らを相手に、あっという間に男らを無力化した。
「何だよコイツ・・・」
「くそッ、憶えておけよ!」
男らはまだ走れる体力があったのか、カッコ良くもない捨て台詞を吐いてこの場から逃げていく。
「お前らのことなんてもう忘れたわー!」
そんな男らに、未来が口元に両手を当て彼らに向かってそう叫んだ。 その言葉を聞いて、結人は思わず笑ってしまう。
―――ははッ、何だよ、それ。
「あ、悠斗! 大丈夫か?」
そこで未来がふと悠斗のことを思い出し、すぐさま彼のもとへと駆け寄った。 結人も未来につられ、悠斗へ近付く。
―――悠斗は、自分で手当てができたよな。
北野の他に、悠斗と結人が一応手当てができるようになっていた。 ほとんどは北野に任せるのだが、怪我人が多かったりした場合は結人と悠斗も保健係に回る。
いつでも手当てができるよう、救急セットは常にバックの中に入っていた。
「俺は大丈夫だよ」
そう言って、悠斗は未来に笑いかける。
―――とりあえず、大事にならなくてよかったな。
結人は心の中でそう思うも、未来は呆れた口調で彼に向って口を開いた。
「悠斗はいつも油断し過ぎなんだよ! 俺たちの中で簡単にやられんの、悠斗くらいだぞ?」
「分かっている。 一応、気を付けてはいるって。 ・・・あ、藍梨さん」
そして――――藍梨の存在にいち早く気付いたのは、悠斗だった。
まさかとは思うが悠斗の視線を追うと、その先には確かに藍梨と真宮が立っている姿が目に入る。 そんな彼らを見て――――結人は思わず、思考が停止した。
―――・・・え?
―――どうして・・・どうして、こんなところにいるんだよ。
藍梨を見てなのか、未来と悠斗は彼女のところへすぐさま駆け付けた。 きっと彼女の安全を確認しているのだろう。 だが藍梨は、ずっと俯いたままでいる。
そんな中結人は、真宮を呼んだ。
「真宮! どうして戻ってきたんだ!」
彼を引き寄せ、当然藍梨には会話が聞こえないよう小さな声で強めにそう尋ねる。 すると真宮は少しの間言いよどむが、困った顔をしながらその質問に答えていった。
「・・・藍梨さんが言ったんだよ。 ユイがやられたら大変だから、私も付いていくって」
「は・・・? 何だよ、それ・・・」
「もしユイが相手にボコボコにされていたら、藍梨さんは殴られる覚悟をしてでも、あん中に入ってユイを守ろうとしただろうぜ」
「・・・いつからいた?」
「・・・ユイが、相手の攻撃の最初の一発を食らう時・・・かな」
その言葉を聞いて、藍梨に対する想い、恋が、終わりを告げる音が聞こえた。
―――・・・。
―――見られていたんだ、藍梨さんに。
―――全てを。
―――・・・もう、終わりだな。
「藍梨さんを、家まで送ってやれよ」
真宮は藍梨の方へ目をやりながら、結人に耳打ちをするよう小さな声でそう言ってきた。