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告白⑥



翌日 朝 沙楽学園前


昨日は結局、結人がうじうじとしていたせいでちゃんとした結論を出せなかった。 そんな暗い気持ちの中、結人は一人で登校する。 
―――・・・真宮、ごめんな。
―――でも俺は、藍梨さんのことを諦めるつもりはねぇよ。
この気持ちに偽りはないのだが、自分の何処かでソレを拒むものがあり、キッパリと断言することができなかったのだ。 

教室へ行き席に着いてぼんやりと外を眺めていると、藍梨が教室に入ってきた。 彼女を見て一瞬心が揺らぐが、気持ちを何とか引き締める。
―――いつも通りだ。 
―――いつも通りの、俺でいい。
「藍梨さん、おはよ」
結人は笑顔で挨拶をした。 すると彼女も、可愛らしく笑い返してくれる。
「おはよ」
そう――――これでいい。 藍梨とは昨日気まずくなったものの、悪い方向へは進んでいないため今はこのままでいい。
「ねぇ藍梨さん、昨日テレビ何か見たー?」
結人たちはしばらく、他愛もない話を繰り広げた。 徐々に距離を縮めていくのが目標のため、焦らずに今できることからこなしていく。

だけどそんな中、藍梨と話しているとふと視線を感じ、思わずそちらへ視線を移した。 
そこには教室のドア付近でたたずんでいる、未来と悠斗の姿がある。 未来がこちらを見ながら、悠斗と何かを話していた。
少し嫌な予感がしながらも、結人は藍梨との会話に集中する。

「俺たちもユイと藍梨さんの会話に混ざろうぜ!」
「え、でも俺たちが入ると邪魔じゃない?」
「藍梨さんと仲よくなれるチャンスじゃんっ!」

当然彼らの会話は結人の耳には届いてこなかったが、二人はそう話し合った結果結人たちの会話に割って入ってきた。 着いて早々、未来は藍梨に声をかけ始める。
「藍梨さん、だよな? 藍梨さんのことはユイから色々と聞いているんだ。 俺は未来、よろしくな!」
結人には挨拶もなしで彼女に話しかけるが、結人は仕方なくそんな彼のことを温かく受け入れた。
「未来、くん? 可愛い名前だね」
満面の笑みで自己紹介をする未来に、藍梨も彼に向かって笑いかける。
「なッ、別に可愛くねーし!」
そう言われた未来は彼女に対抗するよう、言い返して拗ねたようにそっぽを向いた。 そんな子供らしい仕草をする彼を横目に、悠斗も続けて自分の名を述べる。
「俺は悠斗。 一応、未来とは幼馴染なんだ」
「一応じゃなくて、実際な」
悠斗が言葉を発するとすぐさま機嫌がよくなったのか、未来は目を瞑り両腕を腰に当てながら得意気に突っ込みを入れた。
「悠斗くん。 カッコ良い名前だね」
藍梨は素直な感想を悠斗に伝えていく。 その発言を聞いて、未来は再び食い付いた。
「何で悠斗はカッコ良いで俺は可愛いなんだよ! おかしくね!?」
「名前だけだよ、名前だけ」
結人は一人騒いでいる未来に呆れながら言葉を言い放つが、彼の興奮はすぐには収まらない様子。 だがこれもいつものことだと思い、今更特に何も思わない。

しばらく未来と悠斗を交え4人で話していると、真宮と夜月も結人たちの教室に入ってきた。 そして彼らも未来たちと同様、真宮が夜月に向かって何か言葉を投げかける。

「俺たちもあん中に混ざろうぜ」
「いや、俺は別に・・・」
「ほら行くぞ!」

そう言って真宮は動こうとしない夜月の手首を掴んで、無理矢理引っ張り結人たちの方へ連れてきた。 彼らのことに気付いた未来は、早速藍梨に向かって口を開く。
「おぉ、夜月じゃん! 藍梨さん、コイツは夜月! 夜の月って書いてライトと読むんだ」
未来は夜月のことを代わりに紹介してあげた。 続けて、自慢気に言葉を綴っていく。
「夜月は背も高いし容姿もいいから、結構女子からモテるんだぜ。 だから、藍梨さんも夜月とダチになっておいて損はないと思う」
そう言って指でグッジョブポーズを作り、藍梨に向かって突き出しながらニヤリと笑った。 そんな彼を見て、夜月は隣で溜め息をつく。
「どうして俺の自己紹介を勝手にしちまうんだよ」
夜月が呆れた口調で突っ込みを入れると、未来は平然とした顔を見せた。
「あれ、自分でしたかった?」
「別に名前だけでよかった」
「本当のことを言っただけなんだからいいだろー」
「本当のことじゃなくて嘘じゃねぇか」
「どこがだよ!」
自己紹介したことを原因に、未来と夜月はしばらく言い合っている。 そんな彼らの光景を、結人たちはただ微笑ましく見ているだけ。 

これが、結人たちのくだらない日常会話だった。 とりあえず結黄賊の仲間を半分、簡単にだが藍梨に紹介することができた。 
いつかはちゃんとした紹介が、できたらいいのだが。 藍梨は頑張って、みんなの名を憶えてくれていた。





放課後 1年5組


全ての授業が終わり解散となった今、結人は今日一日を振り返り後悔する。
―――そういや、今日も藍梨さんに連絡先を聞くチャンス、逃したなー・・・。
そのようなことを考えていると、今から帰ろうとしている藍梨の姿が視界に入りすぐさま呼び止めた。
「あ、藍梨さん!」
「?」
「今日はこの後、何か予定ある?」
このまま『今日は一緒に帰れないか?』と尋ねてみようとするが、彼女はその言葉を聞くなり少し申し訳なさそうな表情を浮かべてきた。
「あ・・・。 うん、ごめんね。 今日はこれから、駅前の本屋さんへ行く予定があって」
―――あー・・・そっか。 
―――それは残念だな。
あまりにもあっさりと断られ気分が沈むが、彼女に心配させないため悪い気持ちが顔に出ないよう笑顔で言葉を返していく。
「そっか。 じゃあ、気を付けてな」
「ありがとう」
そう言って藍梨は結人に向かって小さく手を振り、教室から出て行った。 
この後の予定がなくなりすることがなくなった結人は、再び一人席に座りぼんやりと窓の方を眺める。
外の方へ顔を向けることによって藍梨の席が見えなくなるため、少しでも気を紛らわせることができるのだ。
―――藍梨さんと一緒にいられないだけで、こんなにもつまんねぇのか・・・。
そのようなことを思いふけていると、偶然5組の教室の前を通りかかった未来が結人の存在に気付いたのだろう、廊下から大きな声で言葉を投げかけてきた。
「あれ、ユイー? 今日は藍梨さんと帰んねぇの?」
藍梨の名を堂々と口に出され少し嫌な気になるも、そんな彼に向かって適当に言葉を返していく。
「今日は予定があるってさ」
「ふーん、そっか。 じゃ、一緒に帰ろうぜ」
その一言により、結人は真宮、未来、悠斗と一緒に帰ることになった。 夜月は用事があるらしく、今日は一緒に帰れないらしい。

結人たちが今から向かうのは、学校から離れた人気のない公園。 その名は、正彩(セイサイ)公園。
公園自体はとても大きく遊びやすいのだが、街から結構離れていることから遊ぶ子供は滅多に現れなかった。 そして公園の隣には、大きな倉庫がある。 

そう――――そこは、結黄賊の基地でもあった。 この倉庫は結人たちが見つけ、勝手に利用しているわけではない。 
どうしてここに辿り着いたのかというと――――結黄賊の仲間である北野が、お金持ちだったから。 彼の両親は共に病院で働いていて、帰りも遅い。 
そして東京にも病院を持っていて、それで使っていらなくなった倉庫を結人たちに譲ってくれたのだ。
中は空っぽだが、物凄く広いし騒いでも防音がちゃんとしてあるため、何をしても安心だった。 
このくらい広いと、本格的なサッカーでもできるのではないかと思うくらいに。 

結人たちは高校に入る二週間前くらいから、立川に来ていた。 そして学校が始まるまでに、倉庫の中を改造したのだ。 
といっても、北野の親に譲ってもらったものがほとんどなのだが。 大きなソファーに机、遊ぶ物、そしてビニールシートの上に置いてあるマットなど。 
マットがある理由は、ここで寝泊まりをするためにあるのではない。 これは喧嘩をして怪我人が出た時のために、使うものだ。 
そして大きなソファーはもちろん、リーダーである結人が使う。

「椎野たちとはいつから一緒に帰れるんだー?」
「さぁ? 明日からは帰れるんじゃね?」
結人たちは公園に集まり、適当にくだらない会話を繰り広げる。 人が滅多に来ない公園だから、ほぼ結人たちが独占している感じだった。
これからは、ここでみんなと集まることが多くなるのだろう。 倉庫の中は“結黄賊”として集まる時にしか使わないため、しょっちゅう出入りはしていない。 
あまり人に出入りしているところを見られたくないから、というのもある。 

そして、数時間後――――盛り上がっているうちに、辺りが徐々に暗くなり始めた。
そんな中携帯を取り出し時刻を確認した真宮は、ここにいるみんなに向かって口を開く。
「もう18時かー。 そろそろ帰る?」
「そうだな。 今日はもう解散するか」
結人がこの場を仕切りそう言葉を発すると、みんなは言う通りにそれぞれ帰宅し始めた。 未来と悠斗は住んでいる家が近いため、一緒に帰るようだ。
彼らが帰っていくのを最後まで見届けた後、結人も一人で公園を後にした。


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