第2話
「……な、なんか……痛い」
と、目の高さまで持ってきた金之助の両手は濡れていた。
手首からしたたり落ちるそれは血……おのれ自身の鮮血であった。
「……ァァァァァアアア!」
胸を押さえた手がぬめぬめとしたものに触れているのを感じ、
「あわぁぁぁ……」
血に塗れた両手を見て
あわてておのれの胸元を見る。着物の胸元が横一文字に裂かれていた。
肉が割れ、血がとめどなくあふれ出てくる。刀か何かでスパッと斬られたような状態。
「……な、何なんだよ」
自分がどうして深手を負っているのかまったくわからない。
落ちてくる武者に視線を向けたわずかばかりの間に一体何が起こったのか、理解も想像できなかった。
「キキキキキキッ!」
金属同士をこすり合わせたような、聞くにたえない音がすぐ横であがる。
「……えっ⁉」
首だけ動かし異音があがった方を見て、金之助は目を丸くする。
「ギギギギギギギギギギギギッ!」
––––そこに異形の者がいた。
背はひざ丈ほど。ギョロリ血走った大きな両目。耳まで裂けた口は牙に飾り立てられその中へ先が入りそうなぐらいぐにゃりと垂れたわし鼻。ひたいには左右角のような突起物。あばら骨が浮かび腹は丸く突き出ている。
「……が、
仏像に踏みつけられている小鬼、まさにそれであった。
枯れ枝のような腕の先、干し柿のようなしわだらけの手には小刀が握られていた。その刃が月光を受け鈍く光っている。
「……夢だ。これは夢だ! 夢に違いない! 」
目の前で異形の者––––小鬼がピョンピョンと右に左に跳ねている。 書物の中では何度か見かけたし、寺で仁王像あたりを拝んだ時にちらりと目のすみに写ったことのあるもの。
この世のものではない、いてはいけない、あってはならない生き物––––だが「それ」はそこにいた。
「……ははは、まだ酔ってるのかな? 」
そんなはずはない。
酒を飲んでかなり時間が経っていた。
結局ぜんぶ料亭の
––––が、金之助はその事実をうっちゃり、
「ははははははっ! 」
高笑いした。これは現実ではないのだ、と。
「ギャギャ」
小鬼の動きが止まる。
おのれが笑い飛ばされたのだと思ったのか、醜悪な顔をさらにゆがませる。
伸ばすにまかせた眉を寄せ、眼光を虚空に跳ねげると、
「グァァァァァァァァァァァァッ!」
喉も割けよと叫んだ。
「ツッ……」
鼓膜を叩く大音声に金之助は両手で耳を塞いだ。
ぬるり––––手のひらが血に塗れていることを聴覚と皮膚感覚で思い出す。
「夢じゃない! 」
そう結論に達した、と同時に目を怒らした小鬼が飛びかかってきた。