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彼女との再会②




放課後 


授業を終え放課後となった。 といっても入学式とクラスでの自己紹介、授業説明などがほとんどだったためクラスの雰囲気は緩い。
もっとも中学からの友人がいる者はともかく、まだクラスに打ち解けないクラスメイトがほとんどで緊張だけは伝わってきていた。
結人はどちらかと言えば前者であるが、高校生になったという実感がないまま、入学初日の学校生活は終わってしまった。

「ユイー」
「夜月! クラスはどうだったー?」

今教室に入ってきたのは“夜月”と書いて“ライト”と読む横浜から一緒の友人だ。 いや、仲間といっていい。 後々分かることになるのだが、ただの友人では片付けられない程の関係を築いている。 
夜月は他のクラスへ入ることに躊躇いがないらしい。
「未来と悠斗が一緒だから、上々と言っていいんじゃないか。 ユイは真宮と藍梨さんと一緒だったんだろ? 凄いな」
結人たち三人が同じクラスになったのは、小学校一年生の時以来だった。 偶然ではなく必然、結人はそう運命的なものを感じていた。
「ユイー。 あれ、夜月も来ていたのか。 つか、ユイのところへ行くなら俺たちも誘えし!」
「一緒に帰ろう」
タイミングよく未来と悠斗もやってきた。 今いるメンバーは特に仲のいい大切な仲間だ。
「椎野たちは?」
結人たちの輪に真宮がさり気なく混ざった。 
「椎野たちは引っ越しの準備がまだ終わっていないから、今日はこのまま帰るって」
「それなら仕方がないか」
悠斗の返しを聞いて、特に今日は集まることもせずこのまま帰ることにした。





路上


―――・・・あぁ、これからどうするかな。
特に何も考えず両手を頭の後ろへ回しながらボーっと空を見上げていると、突然夜月が話を振ってきた。
「なぁ、ユイと真宮ってどういう関係なんだっけ? 幼馴染に近いんだろ?」
「あぁ。 静岡の頃、互いに家が近かったんだよ。 だから幼い頃からよく遊んでいた仲っていうわけ」
それに加え親同士も仲がいい。 だから一緒に食事を食べに行ったり、互いの家に泊まるようなことも多かった。 
幼稚園と保育園で通っていた場所は違ったが、時間を共有することが多くまさに幼馴染といっていいだろう。
真宮との思い出話などを話しながら歩いていると、結人よりも前を歩いていた未来の肩に誰かがぶつかった。

「ッ、いってぇな!」

「あぁ? 何だよ、お前らが先にぶつかってきたくせによ!」

―――・・・おいおい、入学初日にゲンが悪いな。
「未来、止めろ」
未来は感情的になりやすいため、これ以上大事にならないよう悠斗がすかさず止めに入る。 しかし相手は未来の挑発に乗ってしまい、怒りが収まらない様子だった。
「その制服、沙楽の連中だなぁ? ぼっちゃん校のあまちゃん共がイキがってんじゃねぇよ」
―――売り言葉に買い言葉、これは収まらないか・・・。 
結人たちを嘲笑うように顎をしゃくり上げながら、男たち三人は徐々に距離を詰めてきた。 同時に結人たちも相手の行動を見ながら、距離を保つため後ずさっていく。
横浜の不良相手に喧嘩した経験はあるが、東京の不良相手は今日が初めて。 しかも入学初日に正直問題を起こしたくはない。 だからといってこのまま振り上げた拳が引っ込められるとは思えない。
色々と考えていると、未来は視線を男たちからそらさぬまま結人に言った。

「・・・ユイ、命令をくれよ」

―――・・・あぁ、そうきたか。 
本当は今にでも手を出しそうな未来を止めたいのだが、こうなったらもう止めることはできないだろう。 正直なところ未来が言うことを聞くなら『喧嘩は止めろ』という命令を下したい。 
だがその場合は一方的に暴行を受ける可能性が高い。 こうなる前に対処したかったところだが、既に何を言っても手遅れだ。
「・・・分かった、気の済むまでやれ。 だけど怪我はさせるなよ」
そう言い終えるのと同時に、男は構わず未来に向かって殴りかかってきた。 唐突な暴力に結人は声を上げそうになるが、殴られた未来の様子を見てその必要はないと分かった。
未来は攻撃を受け少しよろけたが、その瞬間楽しそうに笑ったのだ。 それからの時間はあっという間だった。 30秒も経たないうちに未来は相手の連中を全て無力化してみせた。 

静かにスマート――――そして無傷で。





結人たちは結黄賊(ケッキゾク)というチームを組んでいる。 中学生の時に遊びで作ったチームで、結人がリーダーを務める。 結人のことを“将軍”と呼ぶ仲間もいた。
そして結黄賊は横浜でカラーセクトと呼ばれるグループに分類されていた。 カラーセクトとは、色をテーマにした集団のことを指す。
最近カラーセクトというのが流行っており、結人たち以外にもいくつかのグループが存在していた。 結黄賊はその中のほんの一グループに過ぎない。
テーマカラーは名前から分かるように黄色で、それは結人のイメージカラーだからである。 そしてリーダーである結人の名を使い“結黄賊”という名が誕生したのだ。

メンバーは結人を含めて20人。 皆はとても仲がいい。 結人と同い年の仲間が結人を含めて10人、一つ下が6人、二つ下が4人で形成されている。 中学の頃はとにかく刺激がほしかった。 
新しい何かが起こってくれないかと毎日期待をして過ごしていた。 そこで考えたのがカラーセクトだ。 皆集まって、騒いで、解散。 たったそれだけのチーム。
賊が付いてはいるが他のチームのように悪さをするわけでもないし、だからといって善行をして回るわけでもない。 ただ仲のよかったグループにチームとしての名前を付けただけ。
カラーセクトは色とチーム名さえあれば、誰でも作ることができるのだ。 結黄賊は黄色いバッチと黄色い布を身体中に纏って色々とやらかしていくうちに、横浜では有名になった。
結黄賊の喧嘩の実力はかなり高い。 横浜では結黄賊がトップだったと自負している。 何故ならば結人たちは、喧嘩で負けたことが一度もないのだから。
だがそれとこれとは話が別で、結人は喧嘩をすることがあまり好きではなかった。 喧嘩をするのは誰かが被害に遭っているのを助ける時くらいだ。 普通に集まって、普通に解散。
それが何もない時の彼らの日常。 

そして結黄賊の喧嘩には特徴があった。 それは喧嘩をしても相手には表立った傷は絶対に負わさず、無傷で終わらせるということだ。 そしてそれは余程の実力差がなければ不可能である。
最初は喧嘩の仕方なんて全く分からなかったのだが、長い間訓練と練習を重ねて身に付いた。
だがこのやり方は結黄賊でも喧嘩が得意な一部の者にしかできないらしく、特に後輩たちは相手を傷付けてしまいやすい。

『無傷で終える喧嘩はきっと、ユイの心が優しくて人を傷付けたくない気持ちから生まれてできたものなんだよ』

仲間からはそう言われていた。 しばらくすると結人に頼み込んできたのだ。 『人に傷を与えない喧嘩を教えてほしい』と。 そこで結人は仲間に同様の訓練を施した。 
相手をどうしても殴る場合の安全な部位や、部位ごとに与える力の加減など。 もちろんそう簡単には身に付かない。 完全に無傷で終える喧嘩を習得したのは、それから半年くらい経ってのことだった。 

そしてもう一つ、結黄賊には喧嘩をする時のルールがある。 それは相手が自分たちに危害を加えてから喧嘩を開始するというものだ。 別に正当防衛を主張したいわけではない。 ただ気持ちの問題だ。 
喧嘩の命令はリーダーである結人が仲間に指示を出す。 結人がその場におらず連絡が取れなければ当然喧嘩をしてはならない。 仲間はリーダーの命令には絶対に従っていた。 
だから結人は仲間を信じることができるのだ。 そして――――今に至る。





「お疲れ様」
真宮は視線を落としたまま、未来の背中に向かって呟いた。 結人は一歩足を踏み入れる。
「・・・怪我、していないっすか?」
当然相手にはきちんと意識がある。 相手を気絶させてはいけないというのも暗黙の了解であった。 男たちは怪我をしている箇所を懸命に探しているが、どこにも見当たらない様子だ。
だがどこにも力が入らないのか、立つことすらままならないようだった。
「それじゃあ、俺たちはこの辺で」
「ちょ!! 待てこら・・・ッ!」
結人はまだ何か言っていた不良たちを置いてこの場から立ち去った。 結人につられ、他の仲間たちもその後を静かに付いていく。

―――今の喧嘩を見ている限り、東京の不良たちも横浜の時と多くは変わらないらしい。

何故横浜にいた結黄賊の仲間がこの立川にいるのかというと、皆結人に付いてきたのだ。 結人が『沙楽に進学する』と言ったら同い年の仲間が付いてきてくれた。 皆で必死に勉強して、皆で合格。 
『別に俺に合わせないで自分の行きたい高校へ行けばいい』と言ったが『結黄賊はみんなが揃わないと意味がないから』と返された。 横浜に残された後輩たちは『来年絶対に行きます!』と言ってくれた。

どうして静岡にいる真宮が結黄賊に入ったのかというと、それは結人が誘ったからだ。 結黄賊を作る時に『俺の大事なダチも誘っていいか?』と仲間に聞いて。 
もちろんリーダーの言うことであるため否定する者はいなかった。

―――みんな、俺に付いてきてくれてありがとな。

背後から感じる仲間の温かさを感じ改めてそう思った。
「ひっさしぶりに動いたー! やっぱりストレスの発散はしないとな!」
「ストレス溜まっていたの?」
「そりゃあ環境も変わったら、ストレスくらい溜まるだろ?」
後ろから聞こえてくる未来と悠斗の幼馴染二人の会話。 彼らとは小学生からの付き合いであり、今でも二人の会話は聞いていて心地よかった。
「そういや、藍梨さんとは結局どうだったんだ?」
夜月の疑問にどう答えようかと考えた。 そのうちに未来も気になったようで、悠斗との話を止めて楽しそうに割って入ってきた。
「そうそう! 藍梨さん、可愛かったよなー! あんなに美人ならもっと早く言えっての! 俺マジで好きになりそー」
「なッ、未来! それは冗談でも許さないぞ!」
結人はわざと頬を膨らませ突っ込みを入れる。 その光景を見て真宮は隣で優しく笑っていた。


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