彼女との再会①
春 沙楽学園一年五組
「色折結人です。 結ぶ人と書いてユイトって読むけど、よくユウトと間違えられるからそこは気を付けて! あと可愛らしくユイユイとかユイちゃんとか、絶対に呼ばないように!!」
色折結人(シキオリユイト) 今年の春から、東京の立川にある私立の“沙楽学園(サラク)”高等学校へ進学することになった。 元々結人が住んでいたのは横浜で立川とは程遠い場所である。
そんな結人が、どうしてわざわざ沙楽学園へ来たのかというと――――
「七瀬藍梨です。 よろしくお願いします」
七瀬藍梨(ナナセアイリ) 彼女に会いたかったからなのだ。 更に藍梨は今、結人の隣の席に座っている。
ただの偶然ではあるが、意中の相手と隣り合うという運命の赤い糸で繋がっていてもおかしくないシチュエーション。 真ん中の列の少し後ろの席であり、ドラマでもよく主人公たちが座る目立つ席だ。
「ユイー」
「おー、真宮。 どうした?」
真宮浩二(マミヤコウジ) 気さくに話しかけながら近付いてきた彼は幼馴染に近い関係だ。 結人は横浜に住んでいたが、出身は静岡。 真宮も静岡出身で、小さい頃から仲がいい。
「藍梨さんに久しぶりに会えた感想は?」
休み時間に入り結人の席までやってきた真宮は、からかうようにニヤッと笑った。 藍梨のいない隣の席を見つめると、それだけで自然と顔が綻ぶ。
「相変わらず、俺の気持ちは変わんねぇよ」
結人は小学校一年生の夏に静岡から横浜へと引っ越した。 そこから真宮とだけは電話などで連絡を取り合っている。 藍梨も静岡出身で小学校は結人と真宮と一緒だった。
といっても一緒にいられた期間はたったの四ヶ月程。
「ユイー! 会いにきたぜー」
「藍梨さんとの席は近かった?」
今話に割り込んできたのは未来と悠斗で、結人が中学からの友人たちだ。 二人は幼馴染でいつも一緒にいる。
元気いっぱいのやんちゃ少年といった感じなのが未来で、物静かで落ち着いた雰囲気の彼が悠斗である。 どうやら高校のクラスも一緒だったようだ。
休み時間を利用し隣から結人のクラスまで足を運んできてくれた。 この二人は仲がいいのに見た目通り性格も正反対というのが特徴だった。
「それがさぁー・・・。 俺の隣の席だった!」
「!?」
「マジで!?」
―――驚いたのは俺の方だっつーの!
「で、アタックすんの?」
真宮と同様に未来もニヤリと笑いながら結人の顔を覗き込んだ。 確かにこの学校へ来たのは藍梨にもう一度会うためである。 しかし、今のところすぐにどうこうしようとは考えていなかった。
「んー、まぁな。 でも藍梨さんは、俺のことに全然気付いていなかったからな」
もちろん結人は藍梨のことが好きだ。 この想いは小学校の時から変わらない。
小学校一年生の頃、結人と真宮、藍梨は同じクラスだった。 藍梨は静かで大人しく、あまり目立たないタイプだ。
自分の性格と正反対の人には惹かれやすいという言葉の通り、あることをきっかけに結人は藍梨のことが好きになった。
後に結人は家庭の事情で横浜へ引っ越すことになるのだが、藍梨のことを諦め切れなかったため真宮に伝聞役を頼んだ。 『藍梨のことを教えてほしい』と。 最初は文通だった。
『最近の藍梨さんは~していたよ』など、色々。 しばらくして中学生になると携帯を持つようになり、そこからはメールでのやり取りとなった。 そして、中学校三年生の時。
『藍梨さん、立川の沙楽学園へ進学するってさ』
真宮から送られてきたそのメールを見て結人は決意した。 自分も藍梨と同じ高校へ行くことを。
『じゃあ俺も、ユイに付いていくよ』
そしてこの進学をきっかけに、久しぶりに藍梨と再会することができたのだ。
「一言くらい声はかけたのかよ?」
―――かけたかったけど、実際目の前にすると緊張するんだよ・・・。
未来の問いに答えることができなかった結人は、その場から逃げるようにして席を立った。 教室の廊下側の窓から顔を出し、行き交う生徒をぼんやりと見つめる。 廊下に藍梨がいることはすぐに分かった。
その理由はずっと藍梨のことを目で追っていたのだから。 その時、誰かが藍梨とぶつかった。
「あッ・・・」
「どうした?」
結人の声につられ未来も窓からヒョイと顔を出した。 今は未来の登場も気にも留めず、藍梨の近くにいる一人の少年のことを睨み付けるように見た。
―――誰だよ、今藍梨さんにぶつかった奴。
―――しかも藍梨さんの手に触りやがって!
「あー、確かアイツ、俺たちのクラスにいたよな? 悠斗」
「いたね。 伊達くんって言って、結構目立っていたから名前を憶えてるよ」
―――伊達・・・。
―――・・・まぁ、いいか。
―――あんな一瞬の出来事なんて。
「ほらみんなー、席に着けー」
そうこうしているうちに前のドアから担任の教師が教室へ入ってきた。 未来は窓から離れポンと肩を叩いた。
「それじゃッ、頑張れよ!」
「見守っているから」
二人は藍梨との関係の進展を期待しているのだ。 未来と悠斗は自分の教室へ戻り、真宮も席に着こうとした。 彼らに混ざって結人も自分の席へと戻る。
それから少しして、藍梨も教室へ現れ結人の隣に座った。
―――・・・よし。
―――勇気を出して、声をかけてみるか。
藍梨のことを横目で見ながら決意すると、小さく息を吸った。
「ねぇ、藍梨さん」