そんな気分②
宿で一晩を明かし、今は朝食のために酒屋へ来ていた。
まだ朝が早いのか、客は疎らだ。
「……サンドと茶水」
「以上ですか?割り引いて、1枚やね」
胸の内ポケットから硬貨を取り出し、渡す。
応対してくれたウェイトレスは、こんな朝早くでも眠気を一切見せず、常に笑顔だ。
街の酒屋はどこも大抵、日の出からおよそ半刻までに料理を注文すると安くなる。
早朝時間帯の客、主に市場勤めの客を稼ぎたいのだろう。
僕は市場勤めでもない、ただの旅人ではあるが、基本的に日の出前には起きている。早めの行動は、何かと良いことが付いてくる。
昔読んだ書物には、どこかの国では「ハヤオキハサンモンノトク」という言葉があると書かれており、どんな魔法なのかは知らないが早起きが幸せを呼ぶのは事実であるようだ。
まぁ、仕組みは知らないが。
そもそも魔法なんてものが浸透していないこの世界では、魔法という存在さえ分からない者もいる。
というより、ほとんどがそうだろう。
僕のように魔法という存在は知っていたとしても、その仕組みも種類も使い方も分からないのだから、この世界での魔法は未知の文明に近い。
未知どころか、無知だ。
「お待たせしました〜!サンドと茶水やね〜、ゆっくりしてってぇな」
少し腰を曲げて礼をしたウェイトレスが去っていくのを横目で見ながら、僕は胸の前で手を合わせた。
「……いただきます」
サンドは旅の途中でも食べた、ルロ肉を棒状のパンの上に載せた食べ物だ。
サンドというからには、一見パンとパンで挟まれているのかと思うが、普通に食べたら歯が折れるだろう硬さのパンを2枚も口に入れたら、おそらく赤い不気味な液体が溢れ出てくるだろう。
食べ終わった後には高齢の爺さんのように口の中がスッキリしました、なんて事にもなり兼ねない。
だから、ルロ肉からあふれ出した脂でふやけた部分から食べていく。
相変わらず、絶品だ。
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茶水を飲みながら、足を伸ばす。
時間が経つにつれて酒屋は賑わいを増していく。
「陽の街には、感じられないな……」
あの妙な絡みをしてきた商人(殺されたはずの旅人)が言った「陽の街」という単語。
この賑わいを表したものだとするならば、まだ足りない。
だが、陽の街はおそらくこの賑わいのことではない。
理由はないが、確実にそうだ。
「とりあえず探そうか……な?」
「何をお探しかな?」
「来た。面倒くさい人……」
思わず、心の声が漏れてしまった。
「坊ちゃんがクソジジイだったら、一発かましてる所だったがな、アハハ!気に入った坊ちゃんだから、見逃してやるぞ」
「そうですか、それでは失礼して」
食器を片手に椅子から立ち上がろうとして、呼び止められた。
「ちょ、ちょっと待ってくれって」
「……だから、何ですか?」
「言っただろ?私は気に入ったんだって」
「それが?僕には関係ないよ」
目の前の途轍もなく面倒くさそうな気しか感じられない女の人は、そっと立ち上がると僕の耳元でこう囁いた。
「お探しのもんを見つけてやるぜ?……お嬢ちゃん?」
少し興味が湧いた僕は、自然と腰を下ろしていた。
人に興味を持ったのは、これが初めてかもしれない。