ロヴェル道中①
月明かりに照らされ、囁く木々。
秒速1メートルもない、そんな大したこともない風が、寝そべった僕の身体を優しく撫でる。
「……」
3時間ほど前まで轟々としていた焚き火は、小さな炎を枝の隙間から覗かせる程度になった。幸い、今日という日は然程寒くない。
上着を羽織り、寝袋の中に身体を突っ込めば、十分温かい。
しかし、こうして温もりを感じていられるのもあと少し。目的地ロヴェルまで、あと半日の距離を進まなければならない。
寝袋に身体を突っ込んだまま、手の届く半径75センチメートル以内で軽く荷物をまとめる。
出しっ放しにしていたサバイバルナイフはカバーを付けて、腰の方へ取り付け、懐中時計は上着の内ポケットへしまい込む。
そうして、ようやく寝袋から離れ、綺麗にたたみ、出発を今か今かと待っている相棒……、凛々しい顔立ちの馬にかかったバックへとしまう。
「行くよ、しぃ」
「……ブルルッ」
上に跨ると、静かに馬は歩き出した。
さっきまで真上にあった月は西へと傾き出し、月明かりに映し出された影が徐々に伸びていく。
あの街を抜け出して早3日。
表裏の激しい、あの胡散臭い空気から逃れ、やっとここまで来た。
あの街は嫌いじゃない。が、何年もあの場所にいると頭が狂ってしまいそうになる。
「ロヴェルはどんなとこなんだろう」
ふと、相棒に話しかける。しかし、静かに歩くだけで返事をしない。
「……この森を抜けたら、ご飯にしようか」
「……ブヒヒッ」
森を抜ければ1本道。丘陵の真ん中を突っ切る道を辿るだけだ。途中には小さな村が点在するのみ、他には何もない。
先の見えない森の中を進みながら、相棒はスピードを上げ始めた。
顔に叩きつける風の勢いも増し、それと共に僕と相棒の影も伸びていく。
荷物が擦れる音と、走り抜けた時に生まれた風で靡く草木の音。
それはあの街のように寂しく、けれども自然だ。
『周りを囲うのは、どれも当たり前のモノで。
それはあの街とは全く違うはずなのに、どこかそれを思い出させる雰囲気で。
非日常を感じていた過去に、この感情を教えたくなるような。
そんな不思議なココロが、当たり前のように中心に居座っている。』
あの街を抜け出し、初めて遭った旅人がそう遺していった。
『旅人ならば、その詩をいつかは詠むだろう。現に私がそうだ。』
「分からないことも、ない……かな」
あの街を抜け出したことが、こうして旅人になったことが、正しかったのか。
はたまた、不幸への片道切符だったのか。
今の僕にはよく分からない。
だけど、この分からなさは僕の気持ちを高揚させる。
(きっと旅というのは、行くものじゃないんだ。)
「しぃ。旅幸が始まるね」
「ブルルッ…」
「そろそろ抜けるよ」
段々と近づいてくる森の出口。向こう側の新しい世界が垣間見える。
もちろん、ただ1本道があるだけだ。
だけど、それほど自然なモノはないだろう。
馬のスピードを落とし、食事の準備の為にバッグを漁る。
大した量はないが、腹を満たさなくてもいい。
そろそろ朝日が昇ってくる頃だ。3日目の朝は、これまでにないくらい気持ちの良い朝になりそうだ。