第二十九話
「神は本気モードでは、時と場所と恥じらいを選ばないのよ、」
「そんな公衆道徳に悖るような行為はおやめさない。」
顔を覆う大悟だったが、そのしぐさに軽い違和感がある。
「指の隙間を大きく取っていることにわずかでもない邪念を感じるんだけど。」
「マ、マッサージ家元の習慣で、指と指の間はこうなってしまうんですのよ。」
「それなら、指の位置をずらして、邪悪な瞳に当てて、視界を奪いなさいよ。」
楡浬はメイド服の下に真っ赤な生地に黒い縦縞の入った着流しのような物を身につけていた。さらに頭にはひょっとこの面を乗せている。
「アタシなら衣好花よりももっとうまく踊れるわ。神楽を習ってたんだから。ほんの少しだけど。」
楡浬はひょっとこの面を被り、いずこからかザルを取り出し、慣れない腰つきで動き始めた。一連の動作は大悟に、嫌な未来予測というメールを配信した。
「お神楽安来節バージョンよ。とくとご覧あれ!」
「ゆ、楡浬様。これは死霊の盆踊りですわ。この勝負、衣好花様の大勝利。楡浬様は超絶大敗北ですわ。」
知らないうちに楡浬と衣好花の一騎打ちになっていた。大悟は勝者衣好花の手を取って高々と上げた。
「なによ、その言い方。勝敗判定の配分がアンバランスじゃないの。」
「勝敗は中身より結果がすべて。あっさり負けを認めるべきですわ。敗者は十字架を背負ってゴルゴタの丘を登らなくてはなりませんわ。」
「せっかく下女にいいところ見せようといっちょうらのメイド服も着てきたのに無視するし。もうどうなってもいいわ!」
楡浬はこぼれ落ちる涙を拭おうともせずに、神社を飛び出した。近くの小さな河原で、小石を蹴飛ばした。気持ちが投げやりになると、不幸を生み出してしまうのは、敗者に起こりがちなこと。気持ちが折れると、不運は喜び小躍りしてやってくるものである。
「痛えなあ。俺たちにケンカ売ってるのは、どこの誰だ。」
楡浬の小石が飛んだ方向は、モヒカン頭の高校生集団の真ん中。そこにいた頭目らしい男に見事命中。さらに小石は跳ねて、そこにいた二十人のモヒカン野郎どもすべての頭を打撃するという、摩擦係数に不従順な結果となった。楡浬の神痛力『価値逆転』がもたらした不幸なワザである。
「わ、わざとじゃないわ。でもごめんなさい。」
「ごめんで済めば警察はいらねえよ。」
近い将来、間違いなく警察のお世話になるであろう輩の決めゼリフ。
「謝ってるのに、聞かないなんて。ひどい人種だわ。それならば仕方ないわ。アタシの神痛力、『価値逆転』よ。これで弱くなるはずよ。天誅するから黒轢死なさい!」
御幣を振る楡浬の呪文とともにモヒカン全員のからだに電撃が走り、へなへなと膝を屈してしゃがみこんでしまった。