進級と訓練
敵性生物の討伐を終えた翌日。
ボクはクリスタロスさんのところへと向かう為に、朝早くから駐屯地を離れる。
十分に離れたところで、一度人の目が無い事を確かめてから、転移した。
「いらっしゃいませ。ジュライさん」
いつも通りにクリスタロスさんに出迎えられたので、それに応えると、クリスタロスさんの部屋に移動する。
魔法道具の製作が終わったので、今日は天使語の勉強をお願いするつもりだ。
お茶を淹れてもらうと、向かいにクリスタロスさんが座る。そこで机の上に置いたクリスタロスさんの指に、先日渡した指輪が嵌められている事に気がついた。
「あぁ、これはとても綺麗ですね。似合ってますでしょうか?」
ボクの視線に気がついたクリスタロスさんが、指輪を嵌めている方の手を持ち上げ、見せてくれる。
「はい。思った通り、よくお似合いです」
クリスタロスさんの神聖でありながらも控えめな美しさには、同じように主張し過ぎない美しさがよく似合っていた。
ボクの返答に、クリスタロスさんは嬉しそうに優しく微笑む。
それから軽い雑談を交わしていく。そこでふと気になり、死の支配者について簡単に説明して、何か知らないか質問する。ついでにヘルという名前にも何か心当たりがないかも尋ねてみた。
プラタとシトリーからは、最果てに住む神殺しの二体の魔物に対抗するために、二柱の神が協力して最後に創った魔物だという事しか説明されなかった。どうやら話だけで、その存在は確認されていなかったようだ・・・前にもそんな話を聞いた気がするような、しないような・・・どうだったっけ?
とにかく、それについての説明と質問を行う。
「アテも噂程度でしか存じ上げませんね。申し訳ありません」
しかし、クリスタロスさんからはそう返ってきただけであった。やはりプラタとシトリーが知らない事を知っている人物はそうそう居ないらしい。
「いえ、それだけでも十分な情報です」
知らないという事は、それだけひっそりと存在していたという事だろう。それだけでも情報としては十分だ。ついでにその噂話についても教えてもらった。
そんな話を一通り終えると、天使語を習い始める。
こちらはまだまだではあるが、多少は使い物になってきた気はしている。難しいが、その分面白いからいいものだ。
その語学学習を夜中まで続けると、クリスタロスさんにお礼を言ってから戻ることにした。次の休日にはジャニュ姉さんのところに招待されているので、ここには来れないな。
自室に戻ると、久しぶりにアガットに会った。今日は夜警ではないらしい。
とりあえずお風呂に入ってから部屋に戻ると、アガットは席を外していた。その間に就寝準備を行うと、プラタに調査状況を尋ねてみる。
『プラタ、聞こえる?』
『如何なさいましたか? ご主人様』
『何か新しい事が分かったかな? と思ってね』
『それが・・・』
『ん?』
珍しく言い辛そうにする、プラタの言葉を待つこと少し。
『・・・見失いました』
『見失った?』
プラタとシトリーの眼から逃れるというのは、それだけでも凄いな。たとえ転移を使ったとしても、直ぐに分かるというのに。
『申し訳ありません。途中までは捕捉出来ていたのですが、急に痕跡もなく何処かへと消えてしまいまして』
『痕跡が無い?』
転移とは、魔力体になって移動する事ではあるが、一応魔力の流れの様なモノは残る。これを捕捉するのは、プラタのような特に魔力に対して敏感な者でも困難らしいが、不可能ではないという。そんな痕跡を残さずに移動するとなると、それこそお化けのような話、という事になるだろう。
『はい。姿が消えたと思った時には、跡形もなく消滅していました』
『ふむ。どうやったか分かる?』
『不明です。ただ消えたとしか』
『なるほど。まだ未知の技術か・・・本当に消えたって事はないよね?』
自分で言ったことながら、何を言ってるんだと言いたくなるが、その可能性は無い訳ではないだろう。
『可能性はありますが、おそらくどうにかして移動したと予想されます』
『だよね』
ではどうやって移動したか、だが。
『うーん。どうやったのやら』
『・・・少々荒唐無稽な話やもしれませんが』
『ん?』
『もしかしたら魔力になったのかもしれません』
『・・・どういう事?』
『魔力となりそのまま移動するのではなく、周囲と同化して、時間をかけて移動したのではないかと』
『そうすると?』
『周囲と同化致しますので、痕跡が残りにくく、発見が極めて困難になります』
『なるほど。でも、それって可能なの?』
細かく魔法を組めば可能かもしれないが、正直そんな長時間魔力になっているなど自殺行為に等しい気がする。
『普通は不可能です。魔力に意識はありませんので』
『だよね』
転移ですら、魔力体にした身体を構築する地点を事前に設け、更には瞬きする以上に一瞬の間で完遂させることで、何とか可能にしている荒技だ。
そんな荒技ですら、自由に転移するとなると、技術と構築地点を事前に確認する眼が必要となってくる。なので、普通は構築地点となる目印と、肉体の再構築を行える魔法を組み込んだ道具などを事前にしっかりと用意しておくものだ。
それなのに、もしもプラタの予想通りだとしたら、それはどれだけ高度な方法なのだろうか? 少なくとも今のボクでは想像もつかない。それに、長時間魔力であり続けると、魔力と同化し、存在が消滅しかねない。
『やっぱり厄介な存在だな』
『はい』
恐ろしくもあるのだが、今はそれ以外に表現する言葉を持ち合わせてはいなかった。
あの女性については、それ以上の情報も無かったようなので、それからは少し他愛のない会話を交わした。
途中でアガットが帰ってきたので、プラタとの話を中断して軽く挨拶程度の言葉を交わしておく。
それだけ終えると、ボクはそれ以上話し掛けられないように目を瞑り、寝たふりをしながらプラタとの話を再開させる。
とりあえずもうすぐ進級なので、東側の森の様子を尋ねることにした。一応、変異種が侵入した訳だし。
『東側の様子はどうなっているか分かる?』
『東の森を支配していた魔物が一体倒された事で少し荒れはしましたが、現在は新たな支配者の誕生で何とか均衡が保たれております。とはいえ、多少勢力図は変わりましたが』
『なるほど。平原の方はどうなっているの?』
『そこはあまり大きな変化は起きておりません。ただ、森に近い位置には普段よりも多少強い魔物が出ているようです』
『北門のように?』
『はい。勢力図が少し変わった事で、あぶれる魔物が出たようです』
『ふむ。その魔物は今後どうなると思う?』
『いずれどこかの勢力に加入するか、各勢力とは距離を置くことになるでしょう』
『なるほど。ならば近づかなければ大丈夫か』
『はい』
とはいえ、森の中を探索する者達は大変だな。まだ問題になるほどではないのだろうが・・・まぁ、森に入れる時点でそれなりの強さを持っているはずだから問題ないのか。
『ああそういえば、結局砂漠に居た魔族軍はどうなったの?』
幽霊に狩られているらしいが、撤退したのだろうか?
『全滅いたしました』
『はい?』
『軍としての形が維持できなくなるまでの損害を被った為に、撤退致しました』
『そこまでか』
『はい。幽霊は正確に相手の位置を掴み、一瞬で移動するとあっさり蹂躙していく為に、本当にあっという間の出来事でした』
『・・・やっぱり、幽霊もまたかなり強いんだね。あっちこっち強者だらけだ』
『そうで御座いますね。これ程までに強者が集中しているのは珍しい事でしょう』
『そうなの?』
『はい。今までも強者は居りましたが、ここまでの強者がこれ程多く出てくる事はありませんでした』
『ふむ。何が起きているのやら』
何だか妙な胸騒ぎがするような気がするな。それにしても、魔族軍が撤退したとなると、幽霊は今どうしているのだろうか?
『プラタ、幽霊は今どうしているの?』
『砂漠を彷徨っております』
『そっか。魔族軍が居なくなってもまだ生き物は居るからね』
それでもあの幽霊の中身は子どもだ、直に飽きてきそうな気もするな。そうしたらどうするつもりなのだろうか? 考えてはいなさそうではあるが、その分厄介度も高い。
『はい。ですが、砂漠の生き物の数が凄い勢いで減少しております』
『だろうね』
魔族軍が瓦解するほどの猛威を振るった存在だ、砂漠の生き物だけで対処するには難しい相手だろう。
『異形種も住処の一つが発見され、壊滅致しました』
『そっか・・・でも、異形種は数が多いから、種族としては問題ないんでしょう?』
『はい。潰されたのは住処の一つにすぎませんので、ほんの十万程度が約一日で虐殺されただけで御座います』
『・・・・・・相変わらず多いな。しかも殲滅が早い・・・幽霊は魔法を使うの?』
前見た時には使っていなかったような気もするが。
『一応使いますが、初歩的なものが多いようで御座います』
『そうなのか・・・ふむ。どこで覚えたんだろう? 幽霊だから魔法もお手の物という事なのかな?』
幽霊は魔力の集合体だから、魔力を用いる魔法は簡単に行使できるというのもおかしな話ではないだろう。
『はい。ですが、誰かから学んだのでしょう』
『?』
『幽霊を形成する際に漂う意思が介入したという可能性も御座いますが、大体は魔法を行使するところを見た場合に修得致します。主に幽霊を倒しに来た者が行使した魔法から学ぶ事が多いようですね』
『なるほど』
それはそれで厄介なものだな。つまりは、幽霊を倒すなら初撃で確実に仕留めなければならないという事か。
『幽霊を相手にするってのは、大変なんだな』
『はい。ですから、普通は知恵を与えないように気を配りながら、自然消滅するのを大人しく待つのです』
『でも、話を聞く限り、今砂漠に居る幽霊は消えそうにないね』
『はい。存在が安定してしまい、もうあれは幽霊ではなくなっていますので、自然消滅は難しいかと』
『そっか・・・それはどうしようもないな。遭遇しないようにしたいものだが、こちらに来たらそれも言っていられないか』
『はい』
『はぁ。面倒なことだ』
出来れば人間界には来ないで、何処かへと行ってくれればいいが、それも微妙な所だな。どうにかして誘導できないだものかな? おもちゃ・・・は生き物みたいだしな、代わりのモノとなると・・・それはやめておこう。何となく、それはもう最終手段にした方がいいような気がしていた。
とにかく、もう少し様子を見るとするか。問題の先送りだが、それがすべて悪い訳ではない・・・はずだ。
それからも少し幽霊について話したが、大体の事は話せたところで眠くなってきたので、話を終えて眠る事にした。明日は休日ではなく、見回りがあるからな。
◆
翌日からは東西の見回りを行った。
最近少し平原に出てきた敵性生物達の動きが活発なようで、大結界近くまでやってくる事も増えてきている。おかげで見回りの最中に、幾度か監視を行う為に足止めをくらってしまった。
それは北門周辺でも似たような状況らしく、森の奥地に生息している敵性生物が減った代わりに、平原の敵性生物の動きが活発になったらしい。
幸い討伐に出た生徒達には死者こそ出ていないものの、負傷者は増えたのだとか。あの程度の敵でとは思うが、そもそもここに来ているのは、未熟な学生が多いのだからしょうがないか。
見回り自体は、敵性生物を大結界近くで目にした以外はいつも通りに平和なもので、大結界が破られる様な事態は起きなかった。平原で討伐を行っているのは、何も学生だけではないのだから。
そして、また今日から敵性生物の討伐の任に就くことになる。
敵性生物の活動が活発になっている為に、討伐の任に就く生徒の数は、前回よりも増えている。
そんな中でも、ボクはのんびり討伐任務に赴く・・・予定だったのだが。
「・・・・・・」
「どうかした?」
「いえ、どうもしませんよ」
「そう」
現在合同で行動していた。いや、それはいい。前も合同で行動した訳だし。ただ問題は、何故一緒に行動しているのが、普段監督役を務めている様な魔法使いの兵士達なのか、という事だろう。
「やっぱりどうかした?」
前に監督役を務めてくれた、魔法使いの女性が声を掛けてくる。
「いえ、・・・あー、私はどうしてここに居るのかと思いまして」
「討伐任務に参加してるから」
「そうですが、そうではなく」
「?」
意味が解らないとでも言うような表情を見せる魔法使いの女性。
そもそも大結界の外に出た直後に声を掛けられ、そのまま何の説明もないまま現在に至るのである。理解出来ていないのは仕方がないことだろう。
「どうしてこの面子の中に自分が居るのか、って訊きたいんだろ?」
そこに、前を歩く若い魔法使いの男性が顔だけで振り返り、声を掛けてくる。他には部隊長である壮年の男性と、多分ボクの隣の女性と年齢が近いであろう若い女性が一緒に行動している。
「え、ええ。そうです」
それを肯定すると、隣の女性が理解したという顔に変わった。
「それは君が強いから」
「はい?」
相変わらず言葉が足りていないが、意味は理解した。だが、確定ではないし、何より目立たないようにしていたはずだが・・・。
「君は強いから、討伐任務がてら平原の警邏ってことさ」
代わりに先程の男性が、そう説明してくれる。
「いや、え? だ、だって、え?」
この人は何を言っているのだろうか? ボクは学生なのだが、わざわざ警邏に学生を引き連れる意味が解らない。
「因みに、隣のそいつが君の推薦者だよ?」
とても楽しそうに、男性は隣を歩く女性を目で示した。それに女性は僅かに胸を張り、得意げな雰囲気を醸し出す。
「そ、そうですか・・・ですが、これに学生が参加していいんですか?」
根本的な問題として、そこがある。一応場所は平原だが、平原の警邏に、まだ三年生でしかないボクが参加していいのだろうか。
「それは問題ない。君は学生だが、ここで任務に就いている間は、北門に所属している兵士でもあるからな。まあそれでも、無理はさせないように気を付けるさ」
隊長がそう説明してくれるが、ボクが聞きたいのはそういう事ではない。
「そ、そうですか」
だからといって、それを訴える事も出来ない。何という事だ!
「君なら大丈夫」
隣で女性がそう声を掛けてくれるが、悩んでいるのはそこではないのです。
「あ! 因みに、平原で野営するから、北門には直ぐには帰らないよ」
思い出したかのように男性がそう付け加えるが、正直それはどうでもよかった。西門でも野営はしたし、東門からは討伐任務で学生も野営を経験するらしいので、そこは何の問題もない。
「いや、そもそも何故私が? 私はただの学生ですよ?」
ボクのその質問に、ボク以外の三人の視線が、隣の女性に集中する。
「ただの学生に
女性が至極当然といった感じでそう説明するが、実際簡単に倒せた訳だしな。
前に合同で行動した学生は簡単に石化したが、あれは不用意に近づいたせいであって、本来あのニワトリは、森の中の様な狭い空間でこそ脅威なだけで、開けた場所で近づかなければ脅威ではないはずなのだが。
「その様子だと、あまりピンと来てない感じだね」
「え? あ、はい」
「石化鶏はね、視線で殺してくるし猛毒も周囲にまき散らすが、平原であれば、近づかなければ倒せる可能性はある」
「はい」
「だがね、そもそも石化鶏に気取られずに攻撃できる時点で、単なる学生の域を超えているんだよ」
「そうなんですか?」
「・・・なるほど、確かに君は逸材なのだろう」
ボクの反応に、男性は呆れた様子を見せる。
「石化鶏は魔力の流れに敏感なので、察知されないで攻撃が出来るのは、かなりの手練れなのだよ。正直俺でも気づかれずに倒す自信は無い」
それなりに強そうな男性だが、そんな男性でも難しいのか。それはつまり、またやってしまった。という事らしい。あのニワトリが魔力に敏感、なんて情報を習った記憶が無いのだが。後で生徒手帳で確認してみるか。
「それでいて瞬殺だったんだろ? それなら君が学生だろうと文句も出ないよ」
男性はどこか疲れたように、皮肉めいた笑みを口元に浮かべる。色々苦労しているのだろう。
「えっと・・・はぁ。それは、ありがとうございます?」
とはいえ、いまいちピンとこないので、どう反応すればいいのか悩む。
「はぁ。ま、期待しているよ。おそらく君は、ここに居る誰よりも魔力の扱いが巧いだろうからね」
そんなボクに、男性は諦めたようにそう口にした。
ボクが一時的に組み込まれた警邏の部隊が向かっているのは、東側であった。
正確には北東だが、歩きながら話を聞く限り、どうやらハンバーグ公国側である東の方から、魔物が流入してきているらしい。現在は流入している数はそんなに多くはないものの、個体の強さが北側の魔物よりも強いので、楽観視は出来ないという。
そういう訳で、それの討伐も兼ねた警邏らしい。ただ、今回の警邏では、東側との管轄の境付近まではいかないので、遭遇はしないだろうと説明された。他にも警邏している部隊は居るので、それを抜けてくるようなのは、居てもごく少数らしい。
そういう訳で、実際は経験も兼ねての試験運用といった意味合いらしく、これが上手くいくようであれば、今後は生徒を加えての平原の警邏も行っていきたいという考えらしい。
それだけ人材不足という事なのか、はたまた単に人材育成が目的なのかは不明だが、大結界の外に出て経験を積むのはいい事だと思う。
なので、しょうがないがここまで来てしまった以上、真面目にやることにした。いや、最初から真面目にはやっているのだが、そういう事ではなく、より気を引き締めていくという事だ。
最近平原に出てきている敵性生物が活発になっているというのは事実らしく、実際に平原に出てみると、それを実感できた。何せ、今回の警邏で既に二十は討伐しているのだから。たまたま数の多い集団ばかりだったとはいえ、平原に居るような敵性生物が、ここまで積極的に襲撃してこようとするのも珍しい。
これと似たような状況が東側でも起こっているらしいのだから、一体どうしたというのだろうか? 東側は勢力図が変わったのが原因らしいが、では北側はどうなんだろうか? 変異種や幽霊はもう北の森の中には居ないが、北の森にも、東の森の様な明確な勢力図というものが存在しているのだろうか? それとも、これは平原だけの現象なのだろうか?
色々と不明ではあるが、敵性生物が活発に行動していることだけは確かなので、しっかりと周辺警戒を行わなければならない。幸いその中に強い敵は居なかったので、これなら生徒達だけでも、油断せず冷静に対処出来れば何とかなるはずだ。個人的な意見ではあるが、いい経験になるので、むしろこの時期にここに来た生徒達は運がよかった気もするな。
そう考えつつ、平原を東へと進路を取って進んでいると、昼も大分過ぎた辺りで一度休憩する事となった。それにしても、周囲が経験豊富な現役の魔法使い達なので、本当にやることがない。楽出来るって素晴らしい。
休憩時間に少し話をしたのだが、意外? なことに、隣を歩いていた女性は兵士四人の中で一番の実力者であり、年齢の割には上の地位に就いているらしい。だから、推薦が通ってしまったのかもしれない・・・非常に遺憾である。
しかし、周囲の魔法使いの実力調査だけではなく、敵の特性もしっかり確認しておくべきだったな。とはいえ、さっき生徒手帳であのニワトリについて調べたが、魔力に敏感に反応するとは書いてあったが、それだけしか記述が無かった。似たような記述は何度も他の敵性生物の説明で見た記憶があるので、違いがよく分からない。
まあ過ぎた事はしょうがないので、これからの教訓とするとしよう。
休憩を終えると、さらに東を目指して歩みを進める。
その歩みも日が暮れる前に止めると、野営の準備に入る。といっても、大きな荷物は持ってきていないので、その場で休むだけだ。季節柄まだ寒くはないので、その程度で大丈夫であった。まあ寒ければ、魔法を使って焚き火でも行えば問題ないだろうが。
夜中の見張りは、二人一組で交代で行う。ボクは最初に見張りを行うことになり、隣を歩いていた女性ではなく、もう一人居た女性と一緒に見張りを行う事となった。
「そういえば、君は単独で行動しているらしいけれど、何で独りなの? まあそれに見合った実力があるとは思うけれど、学生の頃は割とパーティーって組むものじゃない?」
周囲に目を配りながらも、女性が退屈だからか声を掛けてくる。
「パーティーは組んでいましたよ。ですが、都合が合わなくなってしまったので解散してしまいました」
「なるほどね。新しく組もうとは思わなかったの? 色々面倒なのは知っているけれど、組めない訳じゃないじゃない?」
「そうですね。ですが、やはり面倒なので」
「ま、そっか。聞いた限り、互いに面倒そうな決まりだったもんね」
女性は思い出して肩を竦めた。
「それに、君なら単独でも問題ないようだから、余計に面倒だったのかもね」
そこで女性は何かを思案するような仕草を一瞬見せる。
「私は君とは違う学校だったけどさ、それでもパーティーを組んでたなぁ。あの頃は未熟過ぎて、今思い出してもよく生きてたと思うよ」
女性は懐かしむ声音でそう呟くと、視線を少し離れたところで寝ている男性に向けた。
「因みに、あれとはその頃からの仲でね。まぁ、華やかな話題は無いのだけれど」
そう言って、女性はボクに悪戯っぽく笑いかける。
「一緒のパーティーだったのですか?」
「そうだよ。というか、あれとは子どもの頃からの腐れ縁でね。所謂、幼馴染というやつさ。当時は弱いくせに気位ばかりが高くて、扱いにくかったんだよ」
「そうだったのですか」
「それでいて変に自信家でね、敵でも女でも、見掛ければ突っ込んでいくような馬鹿だったのさ。ま、女には振られ続けていたようだけれど」
「・・・・・・」
「呆れるでしょう? だけれどもね、見境なく敵に突撃していくのは、本当に笑えないんだよ」
何かを思い出したのだろう。女性の雰囲気が重くなる。無暗に敵に突撃していく結果など、前回の敵性生物討伐の際に起こった出来事を思い出すまでもなく、容易に想像ができる。
「まあ結果として、あの馬鹿の鼻っ柱は折れてくれたんだけれど、おかげでこっちは死にかけたのよね」
女性は疲れたような重い息を吐く。それはとても実感がこもっていて、見るからに苦労人のそれだった。
「だから、君はそんな風にはならない様に気を付けて・・・ま、問題なさそうだけれど。君はとても慎重に見えるからね。一緒に行動していて、とても安心できる慎重さだ」
そう言って女性は笑いかけてくる。
「それは過分な評価ですが、ありがとうございます」
「はは、謙虚な事だ。少々謙虚すぎる気もするが、あれの様になるぐらいならば、その方がずっといいのだろうな」
女性は寝ている男性へと僅かに呆れた視線を送ると、ボクへと視線を戻す。
「それに、あれと違って君には実力もある。本当に頼もしいよ」
少々大袈裟だとは思うが、まあ無能扱いされるよりはマシかな? 目立ちたくはないが、もう色々と手遅れな部分もあるし。
女性は視線を平原に向ける。そこは静寂の世界ではあるが、離れたところに反応が幾つか確認出来た。
暫く様子をみてみるも、特に近づいてくる気配はないので、多分大丈夫だろう。中には他の警邏中だろう兵士の反応もあるので、今のところは安全そうだ。
そうして周辺を警戒していると交代の時間となり、見張りをしていたボクと女性は休むことになった。とはいえ、眠くはない。基本的にボクは外では眠くならないのかもしれない――限界まで寝なければ眠くはなるが――。少なくとも、プラタ達が居ないところでは、中々安心して眠ることが出来ないのかもしれない。
とりあえず皆が休んでいる場所で横になりながらも、念のために周辺を警戒しておく。
しかし、横になっているだけでやる事もないので、プラタとシトリーに繋いで魔族語を習おうかな。
そう思い二人に繋ぐと、魔族語の講義を受けた。もう少しで魔族語を修得出来たと言えそうな気がする。
そうして語学学習をしている内に朝となった。ボクは見張りの順番が一度しか回ってこなかったが、唯一の学生なので、配慮されたのだろう。
全員が起床して軽く朝食を摂ると、先へと進む。
相変わらず動くと敵性生物と遭遇するようで、直ぐに襲撃を受けた。
そうやって度々戦闘を挿む影響で、防壁上をただ見回る時よりも進み具合はかなり遅い。防壁上の見回りの際、何も無ければ三日もあれば北門から管轄の境付近までの間を往復できたのだが、現在の警邏は斜めに進んでいるとはいえ、その半分も距離が稼げていない。たとえこのままの速度で境付近まで向かったとしても、確実に三日あっても足りないことだろう。
それと、幾度かの戦闘で把握した兵士四人の強さは、平均すればジーニアス魔法学園の教師陣と同程度だろうか。勿論個人差があるので目安でしかないが、それぐらいの強さがある。特に警邏中は隣を歩いている女性の強さは、おそらくバンガローズ教諭に匹敵するだろう。あの人はあんな感じだけれど、訓練所で指導受けた際に軽く見せてもらった感じからして、強かったからな。
最強位とまでは言わないが、それに準じるぐらいはあった。そんなバンガローズ教諭と同列ぐらいなのだから、確かに強いものだ。
そんな強者達が連携をもって敵に当たるのだから、やる事が本当にない。ちょっとした援護射撃ぐらいしかしてないから楽でいいのだが、これはボクに何を求めているのだろうか? 今後学生をこの中に組み込んでいったところで、邪魔にしかならない気がするのだが。
そんな考えを浮かべながら進んでいると、はたと気づく。これ、もう一泊することになるんだな、と。
普通に考えて、朝に引き返すどころか、もうすぐ昼になろうかという時間になっても進んでいる時点で誰でも気づきそうなものだが、全く気づかなかったよ。そういえば、何泊する予定なのかの説明は受けていないや。
もうすぐ昼休憩だろうから、その時にでも訊いてみよう。そう思い尋ねた結果。
「三泊四日の予定」
そんな答えが隣の女性から返ってきた。二泊どころか三泊だったとは。
「でも、境付近までは行かないんですよね?」
まあ現状の速度で境付近まで行くとなると、往復する時間を考えれば、少なくともその倍はみなければいけないだろうが。
「この辺りの敵性生物討伐に一日掛ける」
「なるほど」
確かに境付近から離れたこの場所でも敵性生物は元気だからな。東側から流れてきているという魔物だけが脅威ではない。北門付近は学生達が狩ってはいるが、まだ討伐が日帰りである以上、この付近までは来られないものな。
そういう門から離れた場所の敵性生物の討伐も、門を警固している魔法使いの仕事なのか。道理で防壁上ではそこまで魔法使いと出会わないと思っていたよ。出会っても詰め所の中だったりするもんな。それも多くは境付近に在る詰め所だから、大結界内の警固は基本的に普通の兵士が担当しているという訳だ。クロック王国の魔法使いはまだまだ数が多くはないからしょうがない。
「そこでだ、次はオーガストの手並みを見せてはくれないか?」
「え?」
急に隊長がそんなことを仰る。何がそこで何だろうか?
「援護ばかりでは退屈だろう? それに、オーガストがどれぐらい魔力の扱いに長けているのかをまだ見せてもらっていないからな!」
要は話だけではなく実際に実力を測りたいという事なのだろう。まあ当然の話ではあるが、それは必要なのだろうか? 今後学生を起用した際に、学生を先頭に押し出すつもりなのかな? 連携が必要になる事態もあるだろうし、部外者である学生は簡単な援護ぐらいが丁度いいと思うのだが。
「いいんじゃないか? 実力を知るのは大事な事だし、何より俺も個人的に気なるしな!」
隊長の提言に、男性が乗ってくる。何か途轍もなく面倒そうな話の流れになってきたな。