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白岡家の一行が帰れば、いつもの静寂に戻っていた。
そうなれば、朔が再度飲むのはハーブティソーダだ。
「頼む前に出てくるってすごいよね」
「今日はこちらの気分かな、と思いましたので」
「正解。というか、マスターはいつも外したことがないよね」
「|義息子《むすこ》の好みぐらいしっかり把握しておかないと」
「嘘つかない」
常連客が好む茶をすべて記憶しているマスターはどこ吹く風である。因みに、何が飲みたいかが分かるのは、長年培ってきた勘というものだ。
「朔君だって、主ご一家の好みを間違えたりしないのと一緒ですよ」
「さすがに使用人頭になって間違えていたら、部下に示しが付かないからね。細心の注意を払っているよ」
そんな朔も主と親しい仲間内の好みはすべて把握している。五十歩百歩というやつである。
「今日のハーブティソーダはペパーミントに蜂蜜、レモングラスか」
「正解です」
「はぁぁ。癒される」
もう一杯飲もうとしたところで、再度ドアベルが鳴った。
「師匠、薬草納入に……げっ」
「客に向かってその態度はいただけませんよ」
いらっしゃいませという言葉も言わせないほどに、せわしない弟子が朔を見て顔をしかめた。
「|裕里《ゆうさと》君、久しぶりーー。パーティの皆様もお久しぶりです」
「先週依頼先でお会いしましたよね」
顔が引きつっているのは、マイニである。何せ、妻と前夫の子供が絡むと途端に弟子は短慮になる。
「今日は久しぶりの休日ですので、お茶を仕入れがてら飲みに」
「そいつはいい偶然だ。そこの菓子屋でたんまりと茶菓子を購入してきたのでな」
「新規開拓……」
「あなたに勧められた店だが」
「おや、気に入っていただけましたか」
クリフは一切気にしないどころか、ででん、とでかい箱を置いた。
ここまであればハイティスタンドを出すしかない。今日は器がよく出る日だ。
「あ、適当なスタンドで。どうせならのんびり楽しみたいし」
「かしこまりました」
紅茶の日に出す量販型ハイティスタンドを出すと、クリフは勝手に盛り付けていく。勝手知ったる何とやらで、ウーゴは「マキネッタ出して」とまで言ってくる。今日は|何となく《、、、、》だが、出さないほうがいい。そういう勘は当たるのだ。
「なら仕方ないか。……えっと、あれなんだっけ。珈琲とお茶がミックスになっているやつ」
「|鴛鴦《えんおう》茶ですね。ホットとアイスのどちらを」
「アイスで」
ウーゴが好む作り方は、二段方法と呼ばれる淹れ方である。まず紅茶(ウーゴの場合はここにプーアル茶も加わる)を先に淹れてから、珈琲の粉に紅茶液を加える方法だ。そして、紅茶五に対して、珈琲も五という割合である。
「やっぱりマスターは分かってるよなぁ」
他の面子は注文すらしていない。にもかかわらず、好みの茶葉に好みの温度で作り出されていく。
「クリフさんにはアッサムティです。こちらがミルクピッチャーになります」
「thank you」
「マイニさんはダージリンティにしました。春麗さんには工夫茶です。お味はジャスミン」
「……俺は?」
「薬草茶に決まっているでしょう。また悪化しているようですし」
一人しょぼくれる弟子に、朔が口をつけていないハーブティソーダを渡していた。おちょくるため苦手意識を持たれているが、誰よりも弟子を甘やかしているのは朔だったりする。
「買収かしら?」
楽し気に春麗が呟く。
「いえ、さすがにあの店の菓子を食べるのに、薬草茶はいただけないだけです」
「なるほど。裕里には隣の店の薬草煎餅も買ってきたから」
「じゃあ、それ食べたあとに口直しで。美味しいからね」
弟子がげんなりとしながら、薬草茶を飲んでいる間に、弟子の好物をいそいそを分けているのは朔だ。
「まったく……」
「いいじゃん。母がやっていたことを真似ているだけなんだから」
それを引き継いでいるのが、マスターと朔なのだが。その辺りも似た者な二人だった。