終章
それから二週間後の日曜日、セーラと魔法少女達はアラタの家を訪れていた。
「うおお! お前んち広いな! 金持ちか!」
リビングを見渡しながらサラは声を上げた。
「否定はしない」
そう答えたアラタはキッチンでお湯を沸かしている。
「この子達には甘いものにしてあげてね。あの苦いお茶はだめだよ?」
「分かってるよ、セーラ」
「私のようなものにそふぁなど畏れ多い……部屋の隅にうずくまっていますね。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「シヴァちゃん? 逆に気を遣うからこっちにおいで?」
そう言ってセーラはシヴァを手招く。
「何か手伝おうか。一人では手に余るだろう」
「問題ない。できればマナが余計な事をしないか見張っておいてくれ」
エプロンを付けたリリは苦笑し、リビングへと戻っていく。
バラエティに富んだかわいい女の子達ばかりだが、見様によっては物騒な集まりだ。
しかし今日だけは誰も武器を手にしていない。武器がなければ魔法少女達も普通の女の子だ。
「みんな紅茶で構わないな。ミルクや砂糖は勝手に入れてくれ」
「えー! 私オレンジジュースがいい! 果汁一〇〇パーセントのやつ!」
「マナちゃん、わがまま言っちゃだめだよー」
マナをなだめつつ、セーラは自然にティーセットをリビングのテーブルへと運んでいく。
妹達の紅茶をカップに注ぎながら、セーラはしみじみと言う。
「それにしても、こんなふうにみんなで集まれる日がこんなに早く来るなんて、思ってなかったなあ」
「そうだな。俺も魔法少女達とこんなかたちで接するとは思ってもみなかった。特にマナ」
「それはこっちのセリフだっ!」
「マナちゃん、人を指差しちゃだめだよ? アラタくんも意地悪言わなーい」
「お紅茶なんてもったいない……。私は水道水を直でいただきますね。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「はいはい、シヴァちゃんはストレートだったよね」
アラタもソファに座り、セーラが手作りのクッキーを広げる。
牧歌的な昼下がりだった。
しかし、ただ優雅なひと時のための集いではなかった。
先の戦い以降消息を絶っていた先生から手紙が届いたのだ。
メッセージでもなく録音されたデータでもなく、それは紙媒体の手紙だった。
ひとしきりの歓談が終わった頃、アラタはそれを取り出した。水を打ったように皆が静まり返った。
「まず断っておくが、俺は先に目を通している。その上でセーラ達に伝えるべきだと判断した」
「うん、分かってる」
セーラが応じ、アラタは一つ咳をして先生からの手紙を読み始めた。
――お久しぶりです。僕です。
アラタさんに伝えておきたい事があり、取り急ぎこうして筆を執った次第です。
まず一つ、僕はまだ革命を諦めていません。
この世界は薄汚い。どうしようもなく救いがない。今更明らかにするまでもなく、その事実に変わりはありません。
世界を変える力がある限り、その手段が尽きない限り、僕は決して諦めません。
本来の意図がどうあれ、僕がこの世に生を受けた理由はこれに集約されていると考えています。
一握りの狡猾な人々に支配されたこの世界は、誰かが変えなくてはならないのです。
二つめ、人間というものがよく分からなくなりました。
アラタさんを通し、さくらを通し、僕自身を通し――人間というものを見つめ直す時が来たように思います。
お恥ずかしい話ですが、僕は自分を特別な存在だと捉えていました。このどうしようもなく救いのない世界へのアンチテーゼとして、必然的に、生まれるべくして生まれた存在だと捉えていました。
しかしどうやら違ったようです。怒りもすれば悲しみもする、一人の人間に過ぎませんでした。
同じ人間という観点から、もう一度世界を見つめ直していきたいと考えています。
三つめ、これで最後になりますが、さくらをシスター、もといセーラさんに託す事にしました。
さくらは僕の中で大きくなり過ぎました。
僕の最高傑作であり忠実なしもべでありながら、まるで論理的でなく話も通じない。それでいて説明の難しい妙な説得力のある彼女は、そばに置いておくべきではないと判断しました。僕のそばにいるべきではないと判断しました。
勝手なお願いで申し訳ありませんが、アラタさんからもよろしく伝えておいて頂けるとありがたいです。
あくまで保身のためですが、僕との連絡回線はすべて取り除いてあります。この旨も伝えておいてください。
伝達事項は以上です。また日本に戻る機会があったらお会いしましょう。
――僕の親愛なる裏切り者へ
「以上だ」
そう言ってアラタは手紙を折り畳み、白い封筒へと戻した。
「……えーっと」
困惑気味にセーラは尋ねる。
「つまりさくらちゃんをうちで預かるの? 何にも聞いてないんだけど」
「……今伝えた。俺に言われても困る」
「妹が一人増えるようなものだから別に構わないけど……あの状態から直したんだ」
「俺達と戦う直前までのパックアップも取っていたそうだ。来るのが遅かったのはそういう理由だったらしい」
「だったらしいって……先生からの連絡はその手紙が初めてだったんじゃないの?」
「それはな――」
「じゃじゃーん!」
突然ドアが開き、さくらがリビングに入ってきた。
「それはですね、手紙を届けたのが私だからです!」
「さ、さくらちゃんっ!?」
セーラは驚いた様子で振り返り、目を逸らした。
「あれあれ? どうしたんですか? みんなのさくらちゃんですよー」
「でも私、さくらちゃん撃っちゃったし……」
「それなら心配ご無用です! そんな記憶はございませんので!」
「そう、それでいいの……?」
「それでいいんですっ。じゃじゃーん!」
謎の変身ポーズを取ってからリリを押しのけ、セーラの隣に座る。
「そんな訳でお世話になります、お姉さまっ!」
「その呼び方はやめてね? 同級生だし。それとさくらちゃん、手紙読まれるまでずっと待ってたの?」
「そうです! アラタさん意外と引っ張るので待ちくたびれちゃいましたよ。 あ、私にも飲み物ください!」
「まったく、セーラが了承してくれなかったらどうするつもりだったんだ」
そう言いながらアラタは立ち上がり、キッチンへと向かう。
「その時はアラタさんのお世話になるしかなかったですね」
「大丈夫! 私んちに来てくれて全然問題ないから!」
「セーラちゃん顔近い。顔近いよ?」
肩を掴んでセーラを押しのけたさくらは、その肩越しにキッチンを見た。
アラタがジューサーにリンゴを入れていた。
激しい音が鳴る。もうあと数秒もすれば、できたてのおいしいリンゴジュースができるだろう。
アラタと目が合い、さくらは困ったように笑った。