つまらない日常
――――私は人間界をつまらないと思っていた。
私は、このつまらない日々が嫌いだ。
教室で私を囲む人達に適切な受け答えをして、どんな時間でも私に群がり、困っている人を放っておけない性格だから手伝ったら勝手に称賛される。望んでもないのにそれが毎日続く。
特出して面白い出来事はなく。平凡な惰性な学校生活を送る。
教室で聞かされるのは恋愛話だったり、最近のニュースや流行りのファッションなどの話ばかり。
人間界のファッションは興味はあるけど、私の趣味を知り合いたちは誰一人分かってくれないからつまらない。……その殆どが魔界の部下たちなんだけどね。
最近知ったのだけど、私はこの学校で『学園のアイドル』と呼ばれているらしい。
日本語の俗語らしいけど。意味合いは『高嶺の花』や『雲の上の存在』。
よく分からないけど、人間は、本人の意志関係なく誰かを奉る文化でもあるのかな?
正直迷惑だ。
私はただ、誰にでも認められる優等生を演じているだけ。
成績も、魔界で魔王の英才教育を受けた私には人間界の学業はレベルが低い。
運動も、逆に私が手加減するのが難し歯痒くて嫌いだ。
自覚ないけど、私の容姿は人間界では高いのか、街を歩けばモデルのスカウトが何度か来る。勿論全て断っている。
別に、は自意識過剰や自画自賛で言っているわけではない。
ただ私は、何故こんなつまらない世界で、魔王になっても尚、学校に通っているのだろうとふっと思っただけだ。
そう。私は魔王。
その正体は隠しているけど、裏では闇に蠢く生物達を統べる王。
この世界を征服することだって容易いに出来る存在だ。
しないけど。したら色々と規定に引っ掛かって天界と戦争になるからしないけど。
この事を学校で豪語すれば『ちゅうにびょう?』とかいうレッテルを貼られるらしい。
中学でそれらしき人がいたけど、毎日涙目になっていて居た堪れなかった。
可哀想だから、そこそこ本気で魔界に連れて行こうかなって考案したけど、人間に魔界の存在は秘密だからそっとした。
――――ほんと、なにもかもがつまらないな……。
そもそも私が人間界で楽しいと思ったのはいつぐらいだろう。
もしかしたら、彼が亡くなってから一度も感じた事がないと思う。
さっきも言ったけど私は魔王。人とは違う存在の魔族だ。
魔族には内に魔力というエネルギーを心臓に貯めている。
魔王は『魔人族』と呼ばれる種族に属しており、常人の魔族よりも膨大な魔力を有している。
子供ながらの私も、その魔力の量はケタ違いに高く。魔王城に住む者全てを合わせても足りるかどうか。
そんな膨大な魔力を持つ私だったけど、子供の頃は修行が嫌いだった。
魔法も魔力の制御もろくに出来なかった。
その膨大な魔力は完全に制御できない状態では、少しずつ体から漏れ出すらしい。
魔力に耐性がない人間には魔力は毒だと聞く。
微量でも連続で吸えば人体に害をもたらす。
少しだけの接点であれば眩暈程度に済むが。執拗に私に関われば原因不明な症状となって倒れる。
昔、私を必死にクラスの輪に入れようと接して来た女性教諭もいたけど、彼女は大人だったからある程度の体力があって死ぬことはなかった。
……だけど、体が十分に育ってない微弱な子供の彼には、命に関わる事だった。
そして、その事に気づいてない無知な私は、知らず知らずに彼を自分の抑えきれない魔力で殺していた。
決して許されることではない。私が魔族だから人間を殺していいなんて思ってもない。
そう思ってしまっては、ただの現実逃避で卑怯者だ。
私は逃げたくなく、嫌いだった修行をする様になった。
修行は辛かった。父に教えを乞いたけど、父はスパルタで何度か死にかけた。
けど、私は必死に耐えて内の魔力を制御できるようになった。
そのおかげで漏れる魔力はなく、今なら普通に接しても相手の人体に影響を及ぼさない。
だけど、魔力が制御できたらからといって、私はあまり人と関わりたくない。
もし深く関わってあの様な悲劇が起きれば、次私は自分の精神を保てる自身がない。
そう思う私の心とは反面に……私は誰からも慕われる優等生を演じている。
私は心の隅で一人でいたいことを拒んでいる。
母を亡くし、父を亡くし、人間で最も親しき人を亡くし、私の心には大きな空洞が空いている。
私は探しているのかもしれない。このポッカリ空いた隙間を埋めてくれる存在を……。
――――だけど現実はそう上手くはいかない。
私はモテた。自分で言っててなんだけどかなりモテた。
自分で言うとなんだか嫌な女に聞こえてしまうから、あらかじめそうではないと言っておく。
「三森さん! ぜひ俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい! 私は貴方とお付き合いすることはできません。私は貴方とお付き合いできる資格はないのです!」
深々と頭を下げて告白を断る私。
ワッと泣いて走り去る大柄な男性を見送りながら、私は小さく嘆息する。
――――これで何回目だろう……。
今回のこの男性は確か、わが校の野球部のキャプテンで、前の大会では好成績を収めたと聞く。
私は別に好意を持たれる事に鬱陶しいと思ってはいない。
私だって女だ。好意を持たれる事に少なからずこそばゆい思いもある。
だけど、今まで私に告白した男性に、私の心は波紋を打たなかった。
途中から何回目かを数えるのも面倒になる程に、幾度と告白をされてきた
前は他行の生徒からも告白されたっけ……。
けど、全員が『学園のアイドルの三森真奈の彼氏』という箔欲しさに告白しているだけに見えた。
私だって、だてに魔王はしていない。
相手を見る目だってあるつもりだし、心は読めずとも相手の心を見透かす事ぐらいは出来る。
特にああいった欲に忠実な相手の心なんて嫌でも滲み出て分かる。
その証拠に。一度振られた程度で全員が諦めてる。誰一人再挑戦する程の根性はなかった。
そもそも。本気で私の事を心から好きだって思っている人自体。今までいなかったのかもしれない。
もう告白されるのも面倒だから。
いっそのこと、『私はレズなんで男性に興味はありません』的な噂を流そうかな。
とそろそろ本気で思っていた朝の登校した時の事だった。
私の靴箱に一通の手紙が入っていた。
私は手紙の封を空けて内容を確認した。
『三森真奈さんへ。 今日放課後6時に体育館裏まで来てください 立花颯太』
あぁ……内容からラブレターか。
メール普及のこの時代にラブレターなんて古風で少し好印象を受けるけど、その程度だ。
文章はシンプルだけど、緊張しているのか文字が震えている。少し笑ってしまった。
また面倒な告白か……と落胆するが。
折角勇気を出して手紙を出してくれた相手の気持ちを無下できない自分の性格が恨めしい。
まあ、いつも通りに告白を断ればいいか、と楽観的に私は放課後を待った。
約束の時刻、彼は両手両足を一緒に出しながら歩いて来た。
緊張するのは分かるけど、そこまでするのかと少し引いてしまった。
「お、お忙しいところお呼び出ししてもうちわちぇございま…………」
あっ、噛んだ。
呂律が回ってないのか噛み噛みな手紙主の彼は、耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を俯かしている。
チラチラとこっちの様子を窺っている。私が笑ってないかが気になるのかな?
安心して。絶対に笑っているのを表に出さない様にするから。
必死に込み上がる感情を押さえて平然を装っていると、コホンと彼は咳払いを入れて気を取り直す。
「お忙しい所お呼び出ししても申し訳ございません、三森さん」
「別にいいよ。特に急ぎの用事はないから」
嘘。本当は仕事が溜まっているけど、ホロウ達に頼んで手伝ってもらっている。
だから早く終わらせたく私は彼に「手紙の主の立花君だよね?」と尋ねると。
「はい。立花颯太です。ぜひ、お見知りおきを」
社交辞令に私もよろしくねと返すと、彼を一回確認する。
身長は平均的だね。体格も細いわけでも太いわけでもない。
特に知的にも見えないし。運動神経が良さそうとも思えない……。
普通だね……。
私の目の前で緊張を落ち着かせるために深呼吸を入れる立花君。
心を落ち着かせたのか、真っ直ぐな瞳が私を刺す。
……思わずドキッとした。
そして――――
「単刀直入に言います! 僕、立花颯太は、三森真奈さんの事が好きです! どうか! 僕とお付き合いください!」
……あれ? なんでだろう……。
心打たれた様に一瞬だけ心臓が鼓動を早くなった気がする。
彼の私の心を突き刺すような瞳。
今まで見て来た男性たちとは違う。真剣な瞳に私の心は揺れ動いた。
少しだけ彼に、なっちゃんの面影が映るも、私は心の中で首を振り。
「ごめんなさい! 私は貴方とお付き合いすることはできません。私は貴方とお付き合いできる資格はないのです!」
マニュアルで決められたかのような、いつも通りの台詞で深々と頭を下げて断った。
一瞬息を呑んだ立花君は目尻に涙を溜めて。
「分かりました。ありがとうございます。こうやって返事を貰えただけでも、告白した甲斐はありました」
彼はそう言って走り去った。
なんでだろう……。チクリと胸が痛い……。
私にもよく分からないけど、彼の言葉が一番私の心まで届いた様な気がする。
けど、こんな化け物と付き合うと絶対に不幸になる。これは彼の為でもあった。
こんな私の事なんて忘れて、新しい恋に突き進んでほしいと祈りながら、朱色の夕焼け空を背に歩き出す。
――――のだけど……。
「三森真奈さん。僕は貴方の瞳に惹かれて恋してしまいました。だからどうか、これから先の人生、その瞳を僕だけに向けてはくれないでしょうか…………」
恥ずかしいならそんなキザ風に言わなくてもいいと思うよ?
私は、立花君に告白されて振った二日後、再び彼に呼び出されて二度目の告白を受けた。
のだけど。何故か彼はどこで購入したんだよってツッコミしたくなる薔薇を片手に、膝を付いて告白してきた立花君。
振られてから二日後にもう一度告白してきた勇気と根性は認めるけど。
悪い影響でも受けたのか、二日前の彼とは違う態度に少し引いた。
しかも、最後には恥ずかしくなって薔薇を放り投げて羞恥で顔を手で覆ってるしね。
思わずこめかみを押さえて呆れかえりそうになるのを我慢して。
「前にもお話ししましたが、私は貴方とお付き合いできる資格はないのです。私と付き合えば貴方は必ず不幸になります。ですので、これ以上私に関わらない方がいいと思いますので、お断りさせてもらいます」
二度目の拒絶。
彼は自身の告白方法の羞恥と振られた消沈のダブルパンチで憔悴している。
今はそっとしておこう。これで彼も諦めるだろう……。
――――二度あることは三度あるって言葉を作った人は偉大だと思う。
まさにその通りだ。
五日前と三日前に二回振ったはずの立花君にまたしても呼び出された。
「やっぱりどうしても諦めきれません! ですのでもう一度言います! 僕は三森真奈さんの事が大好きです! どうか僕と付き合ってください! 駄目ならもう友達からでもいいのでお願いします!」
どこか上からの物言いに若干カチンと来た。
けど、三日前のキザな感じよりも原点回帰でこっちの告白の方が嬉しい気もする。
しかし三回目となるとなんだか宗教勧誘されている気分になるのが不思議だ。
二度も振られた相手にめげずに好意をぶつけるのに、私は多大な評価を与える。
それほど彼は私の事が好きなのだろう。
なんで私の事がそこまで好きになったのかは知らないけど。
――――そうだ。このまま付き合ってもいいよね。
私はふっと思いつく。
そろそろ別に興味のない男性たちから告白されるのにも嫌気がさしていた。
私が誰かと付き合えば、寄って来る男性の虫よけにはなるかな。
彼も私と付き合えてWin。私も寄ってたかられることも少なくなってWin。
立花君には本当に申し訳ないけど……。
「そこまで私の事を…………。分かりました。貴方の真摯な想い、私の胸に届きました。不束者ですが、これから宜しくお願いします」
ほんと、反吐が出る程に、私って最悪の屑だな……。