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第九話

『ゴロゴロ、ゴロゴロ』
 雲一つなく晴れていた空が突然曇って、雷鳴が響いてきた。稲光り発生と轟音との差がほとんどない。
 すっかり暗くなった空には数十体の四角くて薄い物体が浮かんでいる。その物体からは二本の白い布がぶら下がっている。いわゆる凧で、それには人が乗っているように見える。

『ウウウウウウ~!』
けたたましいサイレンと共に、馬女子たちが慌ててテントから出てきた。教師桃羅もブルーテントの中から出てきた。
「奴らが来たか。みんなすぐに校舎に避難するんだよ。」

 馬女子たちは、返事する時間ももったいないと大慌てで、校舎に向かって走り出す。
逃げる馬女子の前に立ちふさがったのは二本の角が生えた鬼。

「鬼だわ。怖い!」
呻き声以外出していなかった馬女子が大きく口を開けて言葉を発した。鬼は表情を変えずに馬女子の前に佇んでいる。鉛のように冷たく重い空気を鎧のように纏っている。

「もうだめだわ。こ、殺される!」
馬女子が最後に口にした言葉は真っ二つにされていた。

「いやあ。まだ死にたくない!」
他にも多数の馬女子が言葉を2つどころか、3つ、4つに斬られていた。いずれも鬼の金棒ならぬ手刀によるものである。

少し雲が切れて、鬼たちの姿が見えてきた。教師桃羅と鬼の一匹の影がグラウンドで睨み合いをしている。鬼の角はよく見ると、頭から生えているのではなく、黒いヘッドドレスに付いていた。服装も虎柄パンツとかではなく、漆黒のエプロンドレスであった。つまりほとんどメイドの格好である。

「よくもうちの生徒に手をかけたな。この鬼、いや魔冥土(マーメイド)よ。お返ししたいけど、こちらには対抗できる武力がない。今回もこれしかない。」

 教師桃羅は福禄寿のテントを訪ねて呼びかけた。テントには『おふく』と幼児のような汚い字体で喧伝してあるので、すぐにわかる。

「ええ?ちょっと、今いいところなんだけどぉ。馬の一匹や二匹がこの世から消えても人間界の歴史には何の影響もないよぉ。おふくには、バイキンの死滅数を数えてヒマをつぶすような趣味はないんだけどぉ。」

「人間のひとりの命を黴菌扱いするな!でも、教師として生徒たちを守る義務がある。・・・し、仕方ない。神様、お願いいたします。魔冥途を倒してください。」

「あらら。いつもの強気はどこに置き忘れたのかなぁ。でも神頼みするならば、ちゃんと段取りを踏まないとねぇ。早く出しなよぉ。」
 教師桃羅は胸元に入れていた茶封筒を福禄寿に投げつけた。『パァン』という音が福禄寿の頬で鳴った。

「どこまでも挑発的だねぇ。いいけど、先生の安月給ぐらいでは何の足しにもならないよぉ。もっと刺激的な枚数がいると思うよぉ。帯封付きが何束いるかなぁ。」

「そ、そんなのあるわけないよ。お兄ちゃんとの生活費もバカにならないんだから。ならば、あ、あたしがそのテントの中に入ってやるよ。お兄ちゃん、ごめん。これは浮気じゃないんだからね。神に恵んでやるのは、モモではなくて、教師桃羅の方だから別腹なんだよ。」

「そうだねぇ。浮気の理由には到底ならない理屈をこねてまでというのが、気に行ったよぉ。じゃあ、料金は後払いで勘弁してやるよぉ。おふくはショートケーキのいちごは最後に食べるタイプだからねぇ。でもこれじゃ、ダイフクちゃんに怒られるかもぉ。」

「ごたくはいいから、魔冥途をなんとかしてよ。こうして話しているうちにも攻撃される生徒が続出しているよ。」

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