此よりは地獄
銃声。そして魔力弾が空気を切り裂き、何かを焼く音。
「こちら第889デサンド部隊!クリスタリオン!門弟クリスタリオン部隊!
聞こえないのか!!」
聞こえないだろう。銃声が煩すぎる。
硝煙の香り立ち込めるそここそ、地獄。
歩兵は心の中で十字を切りながら、銃弾を叩き込む。
器用に強靭な四肢を使い、木々の間を飛び跳ねるように動き回る、狼の顔を持つ獣人に。
「『狼男(ライカン)』!!」
叫びながらカートリッジを通常の物から硝酸銀弾に変える。
その歩兵に強靭な腕による引っ掻きが襲いかかり、魚を捌くよう体が引き裂かれる。
だが、すぐに足を止めた狼男に大量の弾丸が放たれ、弾頭が割れて滲み出した硝酸銀液が一瞬で身体に周り絶命。
断末魔を上げることなく、毛深かった肌がずるりと崩れ、ただの人間の死体へと変わった。
「やったぞ!悪魔を殺した!!」
喜ぶ間は即ち死。叫んだ歩兵に魔力弾が直撃し、体に穴を開けて倒れる。
何度でも言おう。
ここは地獄だった。
人間も異種族も門弟も異教徒も皆等しく死んでいく。殺していく。
憎しみだとか恨みだとか、使命だとかそんな高尚な気持ちはない。
殺さなければ、殺される。
死にたくない、ただそれだけの理由でお互い殺しあう本物の地獄がそこに合った。
「はぁ、はぁ、ふぅー……!」
「……ゴ、ゴフ、ヒュー……ヒュー……!」
ある一角、近くに大破したクリスタリオンから推進剤が漏れ出す場所。
そこで、連邦兵がオークの共和国兵に銃を突きつけていた。
すでにそのオークは身体中を撃たれ、虫の息だったが、必死に呼吸しながら相手の人間を睨む。
「……はは、惨めだな、神敵……薄汚いオークが……!性欲と食欲の塊め……!」
生き延びた喜びのせいか自制は出来ず、口から思考が漏れ出す。
連邦の人間は異種族を侮蔑するのが普通のことなのだ。
「ヒュー……ぐぷ…………め……?」
「?」
「……くま、は……悪魔、は、お前たち、だ…………!」
「なんだと……!?」
以外だったのだろう。オークが喋ることが。
連邦は、自国の人間にすら教育が行き届いてはいない。
「悪魔め……神の威を借る、薄汚い痩せ長共!」
「黙れ!醜い豚野郎!!」
突撃銃を数発叩き込み、彼らにとって聞き捨てならない言葉を塞ぐ。
「その醜い竿で!体格で!媚薬の体液で何人の女を犯した!」
「迷信で話を進めるんじゃあ、ない!
俺の……グッ……俺の血が、汗が、精液のどこが媚毒だ……!」
「それがオークだろう!?誰もが知っている!!」
「話にならない……!中等教育からやり直せ、脳足りん!」
「黙れ豚がぁ!」
再び銃を撃とうとして、弾切れに気づく。
一瞬の隙に、渾身の足払いをし、オークは重症を押して相手のマウントを取る。
「離せぇ!」
「離す力も……残ってねぇ……さ……」
力尽きたように、相手を下敷きにそのまま倒れこむオーク。
「クソが!!汚らわしい体をどけろ!」
「這い出してみな…………『門弟』」
腰から、手榴弾を
そして……服の下から、首から下げた小さな十字架(ロザリオ)を取り出す。
「!?」
「……知ってるさ。痛いぐらい聞いてる……ガキの頃から、な……」
ぎゅ、と十字架を握り、手榴弾のピンを外す。
「何故だ!?なぜそんなものを持っている!?」
「宗派なんざ関係ない…………」
「答えろ貴様……!」
おもむろに、手榴弾を適当に放り投げる。
目を見開く連邦兵を、霞む視界で見ながら、呟く。
「自殺は大罪だろ……アーメン……!」
震えた手で十字を切り、その後ろで手榴弾はクリスタリオンの残骸から漏れる推進剤に落ちる。
数秒後、悲鳴も消えるほどの大爆発が、森の一角で起こった。
あちこちにある残骸に残る推進剤が燃え広がり、それはそれはよく燃えた。
いよいよ森は、地獄の業火までもが燃え盛るようになっていった。
***