第十二話 エルフの感情
今日も今日とて依頼を受けていた。
僕のパーティーメンバーは全員冒険者のランクをAまで上げていたので、受けられない依頼は実質ないと言ってもいい。
Sランクの依頼なんてそれこそ街や国がひとつ消え去るような大規模な何かが起こったときくらいしか出されない。
そんなことは過去を見てもほとんど例はなく、実質的にSランク依頼はないも同然なのだ。
街を滅ぼせるような魔物はうじゃうじゃいるが、強者程不要に暴れたりはしないらしい。
そして夜、Aランクのなかなかハードな依頼を無事にクリアし、ヘトヘトになってソアールの街に帰ってきた。
そして、家には帰らずに直接ギルドに報告を入れに行く。
「北で暴れてた氷竜の子供の討伐、無事に終わりました」
僕は証拠に持って帰ってきていた氷竜の牙を受付に出す。
氷竜というのは氷系の魔法を得意とする種類の竜で、暴れていたのが成体ならSランク依頼が出されること間違いなしだが子供ならさほど倒すことは難しくない。
しかし、それでもAランク指定されるだけあってなかなかに疲れた。
「アーツ様ですね。国王殿下からお手紙が届いています」
「ん? あ、はい。ください」
唐突に国王陛下が出てきて驚き、つい生返事をしてしまう。
手紙を受け取り、中身を見る。
そして手紙の内容を見て更に驚く。
曰わく、数人のエルフが王都で暴れているらしい。
王都を守る警備隊も近くで頻繁に起きる魔物の暴走によって人手が足りず、僕を動員したいらしい。
正直言って行きたくなかったし、帰ってきたばかりで再び向こうに戻るのはめんどくさかったが、呼ばれたときには行かなければならない契約なので仕方なく王都に向かうことにする。
「というわけで王都行くことになったんだけどみんなはどうする?」
宿に戻ってから一応みんなにも聞く。
契約に当てはまるのは僕だけなのでみんなは無理についてくる必要はないのだ。
「勿論行くよ!」
最初にキーがそう答えると、他のみんなも一遍の迷いもなくついてくる意を示したので、早速今から行くことにする。
随分急ぎの用事っぽかったので、できるだけ早く行った方が良いだろう。
というわけで今回は冒険の雰囲気など捨てて「魔法適性(時空)」を使おう。
時空魔法で一気に王城の入口前まで移動する。
外から見るとやはり広いなと感じる。
白を基調とした大きく、美しい城に一瞬目を奪われる。
……それにしてもこの間帰ったばっかなのにまた王都か……、などと先程と同じことを考えていると、門から出てきた執事に声をかけられる。
「アーツ様ですね、お待ちしておりました。アレシス様、おひさしぶりです。今から国王陛下のところまで案内差せていただきます」
「あぁ、よろしく」
おざなりに返事をするが、執事は気にした様子もなくすぐに王城の中に通される。
通されたところは、アレシスによると接待室らしい。
しばらく待っていると、国王がいそいそと出てきて、すぐに解説を始めた。
「よく来てくれた。早速だが、君達にはこの街で暴れているエルフ達を捕まえてきて貰いたい。死者は出ていないものの、負傷者や、間接的に被害を被った者は無数にいる。そのエルフ達というのはこの間と同じ村の者達じゃ」
つまり、フェラリーと同じ村の人達で、この間僕が救ったやつらのうちの数人か。
……折角助けたのにまためんどくさいことして……。内心ではそう毒づくが、面には出さずに返事をする。
「わかりました。承ります」
僕達は手掛かりを探すために城を出た。
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王都に転移する前にソアールで依頼を受けていたので、既に空は暗くなり始めていた。
僕は早速手掛かりを見つける為に「索敵」と「魔力視」を併用する。
エルフは、その身に宿している魔力が人間とはケタ違いなため、常に僅かな量の魔力が漏れ出している。
そのため、「索敵」で人の位置を把握し、その上から「魔力視」を同時発動することでエルフの通った道が分かる。
このような使い方をするのは初めてだったので自信はなかったが、やはり「索敵」と「魔力視」は併用できた。
「よし、みんなこっちだ!」
みんなに声を掛けて魔力の反応がある方に走る。
そして全力疾走すること数分、やがてエルフ達が泊まっていると思われる宿の前についた。
「よし、行こう」
僕達は宿のドアを開け、宿の主人に事情を説明して鍵を受け取る。
多少突っぱねられるかと思ったが、宿の主人は普通にいい人で快く鍵を差し出してくれた。
そして、鍵を開けてエルフ達がいる部屋のドアを開けると、そこには小声で何かを相談する五人のエルフの姿があった。
「んなっ、てめぇどうしてここに入れた!」
エルフの中でも最も荒そうなやつが真っ先につっかかってくる。
それを「武術適性(柔)」によって身についた柔術によって組み伏せると、彼らの知り合いであるフェラリーにどうしてこんなことをしたのかと尋ねてもらう。
「けっ、あそこまでナメられたら態度取られて黙ってられるかよ。人のこと殴ったり犯したりした挙げ句「カリスマ」という訳わかんないスキルで心まで掌握されて……。最後にはそこのアンタとの交渉が済んだらはい帰ってどうぞだぞ? しかもアンタがいなかったら奴隷にされてたって話じゃねえか。フェラリーは悔しくねえのかよ!」
彼の言い分は尤もだ。
僕としてもあの国王の行いは許せない。
そういう契約だからこうして呼ばれたら来る。だけど本心では国王のことは好きでない。
……だけど。
「だから僕は全て忘れて、全て元に戻して、全てなかったことにするという選択肢も与えたじゃないか」
「でも、俺らの手でやり返してやんなきゃ気が済まねえんだよ!」
「じゃあどうしたいんだ? 言っておくが、法に触れる行為をするというのならここで捕まえるぞ」
もう既に被害者は出ているようだが、ここで引き下がるのなら見逃そう。
「国にでも国王個人にでもいい! ただ一発殴れればそれでいいんだよ!」
なるほど、例え大したダメージは入らなかったとしても殴ってやれれば満足ということか。それなら……。
「今の話を聞いてるとお父様が悪いのですね。なら、私がお父様に殴られるように頼みましょう」
これで殴ることすら拒否したらあの国王は本当のクズだと思う。
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「ふむ、儂を殴って気が済むのなら殴るがよい」
流石に自業自得で国が危機に晒されて(警備隊がいない今、手練れのエルフ五人はなかなかに強敵)、それで自分の身すら差し出せないほど愚かではなかったらしい。
一人目が手を後ろに引く。
「ふんっ!」
一人目の渾身のパンチが入って国王が吹き飛ぶ。
しかし、国王はなかなかに鍛えていて、そこまで大きな傷を負っているようには見えなかった。
そのまま二人目、三人目と続き、最後のひとりが終わる。
そして、そのままエルフ達は帰っていった。
前に別れたときはエルフ達は憎悪の感情を抱いていないと思ったんだけど……。やはりあんなことされれば怒らない訳ないよな。
僕だったら一生許さない。
とにかく、これでエルフ達の鬱憤が晴れたのなら良いが、僕は一抹の不安を忘れられなかった。