第十一話 「神界」
僕は帰ってきた故郷の街を目的もなく、ひとりで歩いていた。
すると、前から息子だと思われる赤ん坊を抱えた女性が幸せそうに顔を綻ばせながら、その子と遊びながら歩いてきた。
と、そのとき、何となくその親子に気を取られていた僕は躓いて転びそうになる。
――しかし、僕の体は途中で止まり、転ぶことはなかった。
僕が何かをしたわけではないので不思議に思い、周りを見渡す。
そこにいたのは先程の親子、女性と赤ん坊だけ。
不思議に思いながらも再び足を動かそうとし、その赤ん坊から並々ならぬ魔力が溢れ出しているのを感じた。
不審に思い、僕は彼に「鑑定」を発動する。
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名 前:ルイ・クルトゥス
性 別:男
年 齢:0
種 族:人間
職 業:未設定
スキル:「魔法適性(全)」
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なっ……。
「魔法適性(全)」だと……?
僕は心底驚いた。
「魔法適性(全)」は僕が作り出したオリジナルのスキルだ。
スキルの強さは等しいこの世界で、これを持って生まれる人間がいるなんてことはありえない……。
「魔法適性(全)」は強すぎる。これでは世界のバランスを保つなんて言えない。
……何が起きているんだ……。
僕は結局何が起きているのか突き止めることなく、頭をフル回転させながら家へ帰った。
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~三人称~
ここは「神界」。神が住まう地だ。
どこもかしこも人間界では目にかかれない神々しさを放っている。
人間界で育ち、いまだにこの地を訪れたことのない「創造神」が少しだけ可哀想に思える。
「アーツの所為にはどう対応する?」
その神々しい建物が連なる一帯の中でも一際目立つ建築物の中の一室で、「神界」の長がその場に集った全ての「神」に向かって問いかける。
「ほっとけばいいんじゃな~い?」
そう答えたのは「時神」と呼ばれる、白髪碧眼褐色肌の美熟女だ。
彼女は心底どうでもいいという思考を隠そうともせずに答える。ついでに豊満な胸も隠そうとしていない。
長は部屋中を見渡すが、周りの神々も「時神」と同様に思っているようだった。
アーツは知らないことだが、「創造」のスキルにはある制限が働く。そのため乱用したところですぐに使えなくなるし、度を越えた使い方をしないならそれはそれで問題ない。
それを知っているからこそ神々はそんな反応をする。
「よくない! せっかく前代まででスキルの強さを調節したというのにあいつがめちゃくちゃなスキルをつくるせいでその均衡が崩れそうだ……」
苦悩を滲ませた声で長がそう絞り出す。
こちらも本人は知らないことだが、「創造神」が一度作り出したスキルは他の者にも発現する可能性があるのだ。
そもそも現在人間が所持しているスキルというのも、大半はもともと、先代以前の「創造神」が協力者一人と共に「創造」によって作り出したものなのだ。
「じゃあ殺しちゃうの~? 必要以上に使ってるわけじゃなさそうだからほっとけばいいと思うけどな~」
周りの神々もうなずいている。中にはどうでもいいというように机に突っ伏して寝ている輩もいる。
長もこれ以上の話し合いに意味はないと判断したのか、会議は何も決まらないままお開きになった。
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「ぶぇっくしょい!」
誰かが噂をしているのか、唐突にくしゃみが出た。
「大丈夫? 風邪でも引いたの?」
そう問いかけてくるのは幼なじみのキー。
それ以外のパーティーメンバー、フェラリーとアレシスが心配そうにこちらを見てくる。
レヴィは頑張って目を逸らそうとしているが、チラチラとこっちを見てしまっている。ツンデレかわいい。
「大丈夫だよ、風邪は引いてないから」
そう答えると4人は露骨にほっとした顔をした。
僕達は五人で討伐依頼を受けて、拠点にしてる街「ソアール」の周辺に広がる草原を歩いていた。
方向は王都やエルフの村があるのと逆。北の方向だ。
北は気温が低く、氷を武器に魔物が多い。その中に、氷猿という魔物がいる。その魔物は氷を加工して、より質のいい氷を作り出す。
今回の依頼はその氷猿を討伐して、その氷猿が持っている氷を納めることだ。
ちなみに、氷猿は魔力を宿しているため魔物に分類されるが、魔法は使わない。
三時間ほど歩くと、徐々に気温が下がっていき、五時間ほど歩いたところで物凄く寒くなった。
「うぅー」
そんなうなり声と共に僕の声は震え出す。
寒い、寒い、寒すぎる。
仕方がないので「魔法適性(火)」で火を作り出し、僕らの周辺だけ暖める。
「あったかーい」
「あったかいのじゃ~」
「あったかいです」
「あったかいですぅ」
四人が各々の反応をする。
毛皮のコートを「創造」しても良かったのだが、何となくあまりこのスキルは使わない方が良い気がする。だから必要に迫られたとき以外は使わない。
「あっ! 氷猿だ~!」
キーが氷猿を見つけた。
と思ったら死んでた。
「この短剣使いやすいのう」
どうやら一瞬でレヴィが仕留めたらしい。
氷猿は群で行動する。つまり、一匹いたらたくさんいるということだ。
さながらそれは台所に出現する人類の敵、G。
「うはは、この短剣すごいっ、すごいぞ!」
レヴィの目が怖い。
……結局片道五時間も歩いたのに一瞬で全て片付いた。
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「ほら~、やっぱり必要ないよ~。彼、殆どスキル使わないし」
「時神」が長に勝ち誇っていた。
解散になった会議の後で、長は「時神」にしばらくアーツを見張るように言ったのだ。
長もアーツがあまり「創造」を使わないのは知っていたが、それでもちょこちょこ使うだろうと思っていた。そして、もし使ったら「時神」に警告に向かわせようとも思っていた。
しかし、彼は片道五時間の長距離移動にも、零下10度の極寒環境でも、「創造」を使わなかった。
「良いだろう……。ただし、あいつが『創造』を乱用するようになったらすぐに出向いて貰うぞ」
人間界との干渉には物凄い量の魔力がいる。人間が「神界」に干渉できないよう、結界が張ってあるからだ。
監視くらいなら神にとっては些細な魔力しか使わないが、向こう側に行くとなると神にとっても大変な量の魔力を消費する。
だから「時神」は人間界に行きたくなかった。