首無し騎士の虚
「先程は申し訳ございませんでした……。不法侵入とはいえ、魔王様のご学友……しかも、彼氏様の立花様にご無礼を働いてしまい恐縮です……」
「別に気にしてませんよ、殆ど僕が悪いわけですから。ホロウさん……でいいですか? ホロウさんは何も悪くありません」
僕の覗き騒動から一旦落ち着き、僕は今、真奈ちゃんの部屋にあるソファに腰掛ける。
部屋には僕と|首無し騎士《デュラハン》改め『ホロウ』さんだけの二人きり。
部屋主である真奈ちゃんは、少し席を外して部屋にはいない。魔王の仕事があるらしい。
先程まで傲慢で野蛮な態度だったホロウさんだが、僕の正体を知るや、態度を改めて誠実な御もてなしをしてくれる。
ホロウさんは配膳台に乗せる気品な装飾が施されたティーポットに茶葉を入れながら僕に訊ねる。
「それにしても颯太様。颯太様はどうやって|魔界《ここ》に来られたのですか? 普通はゲートを使わない限りは魔界に来られないのですが……」
ゲートとはおそらくだけど、あの黒い扉だろう。
「あぁ……本当に失礼な話なんですが……。学校帰りの真奈ちゃんの後を追って、そのゲートってやらに入ったんです……本当にスミマセン!」
「い、いえ! そんな土下座をされるとこちらも困りますので頭を上げてください!……魔王様、色々と油断しすぎですよ……」
僕の土下座を慌てて止めるホロウさん。
最後の部分はよく聞こえなかったけど、特定の誰かを呆れた様子で額に手を当て(るふり)溜息を吐く。
コホンと気を取り直してホロウさんは話を再開する。
「ま、まあ……。正直魔界に入って来た相手が立花様で本当に良かったですよ」
「え、なんでですか?」
僕が訝し気にホロウさんに聞き返すと、ティーポットでティーカップに湯気の立つ赤い液体を注ぎながらホロウさんが答える。
「だって、もし魔王様を付け狙う輩でしたら……南の海のメガロドンの餌にしてましたから」
ホロウさんは何気なしに言ったつもりなんだろうが、僕の警告音を早鐘打たせるには十分だった。
ホロウさんは首の上に顔はない首無し騎士だけど、声音で笑顔を思い浮かばせる。
ホロウさんは丁寧な言い方なのに内容が野蛮だったり、空想上の生物の名前を平然と言ってしまったりと、少し思考が追い付かず苦笑いを浮かべる僕。
僕がこうやって今も首が繋がり命があるのは、真奈ちゃんがホロウさんに必死な弁明してくれたからで、数分前のホロウさんは、僕を本気で殺そうとしていたから、今も警戒は解けないでいる。
「それにしても、ここって本当に魔界……なんでしょうか? 来てまだ部屋しか見てないので、よく分からないのですが……」
「信じられませんか?」
「ま、まあ……正直言ってあまり……。|人間《僕達》の中では、魔界は空想な世界で、実在するとは思ってませんから……。ここからだとあまり実感がないんです……」
頬を掻きながら申し訳なさそうに僕が言うとす、
ホロウさんは、「うーん」と腕を組んで唸り、僕を手招く。
「百聞一見にしかずと言いますし、こちらに来てください」
僕はホロウさんに手招きされてソファから立ち上がり後を付いて行く。
向かった先は部屋にあるバルコニーで、両開きの窓を開け、ホロウさんは僕に外を見る様に指を指す。
恐る恐ると、僕は指さされた方に顔を向けると、最初の感想が――――
「うげっ! 高っ!?」
開口一番が、高さの感想だった。
指の方角は空の方をさしているのに、思わず下の方へと目線が行ってしまった。
僕は別に高所恐怖症ではないけど、下手をすれば世界一高いタワーを遥かに超える高層建造物。
更に、この建物は丘の上建てられているのか、丘の高さも加えられてかなりの高度を誇る。
これだけの高さであれば、高所恐怖症でなくてもガクガクと小刻みに足が震える。
窓から外観を観察すると、どうやら、僕が今いるのは城らしき建物だった。
窓から見える城の外観は、西洋の城をモチーフにされ、色彩は黒を強調している。
城の窓から漏れる光が城の外観を薄暗く照らし、高度の所為か清掃が行き届かず苔や蔓が生える外壁。
漫画やゲームなどで登場をする廃墟の城とは違うが、禍々しい雰囲気を醸し出す。
まさに、魔王城とも呼べる建物だった。
魔王城の眼下には、城下町らしき煌びやかな橙色の光を灯す西洋のレンガ造りの街観がある。
遠くてぼやけるが、目を細めて遠くに集中させると、人込みや往来する人を薄ら確認できた。
「見てください立花様。あそこに飛んでいるのが何か分かりますか?」
綺麗な街観に釘付けになっていた僕の肩を、ホロウさんが叩き空の方に指を差す。
ホロウさんが指差す方へ目線を誘導される僕は、空を飛ぶ何かしらのモノに仰天して目を剥く。
「あ、あれって……ガーゴイル!? 他にもハーピーだったりグリフォンだったりえぇえええ!? ドラゴンもいるよッ!?」
我が物顔で空を掛ける空想上の生物達。
鳥の様な嘴と人間の様な体型に、悪魔の槍を持つガーゴイル。
鳥の翼を人間の手に宿らせた人外ハーピー。
鷲の翼と獅子の半身を持つ怪物グリフォン。
上記の生物達を遥かに超える体躯を持ち、巨大な翼を翻すドラゴン。
地球に住めば一生目に掛ける事の出来ない空想上の生物達を目の当たりに、驚愕の文字しか出ず。
驚天動地な僕の絶叫は、魔界の宵闇に響き渡る。
アワアワと顎を外れかけそうになる僕の肩をホロウさんが叩き、
「これで、ここが魔界だと信じてもらいましたでしょうか?」
ホロウさんの問いかけに、コクコクと口をあんぐりした状態で頷く僕。
僕の返答に満足気のホロウさんに部屋に入れられ、僕はもう一度ソファに腰を掛ける。
ホロウさんは冷めた飲み物を捨て、新しい温かい飲み物をティーカップに注ぐと僕に差し出し、コホンと一回咳払いを入れて話を切り出す。
「まあ、これで立花様が|私達《魔界》の存在を信じて貰えた所で、何か質問はないですか?」
「そ、そうですね……。な、なら質問をひ、一ついいで、しょうか」
恐怖や興奮の複雑な感情渦巻く僕の体は震え上がり、ホロウさんが差し出したティーカップの取ってを掴んで持ち上げるも、ガタガタと震えて覚束ない僕の手にティーカップの中身が飛び散る。
「あ、あの、立花様。一旦お飲み物を飲んで落ち着きましょうか」
「そ、そうですね! では、いただきます!」
心を落ち着かせる為に、僕はティーカップ仰ぎ、一気に口の中へと流し込む。
「ん!? これ、美味しいッ!」
ティーカップに注がれる湯気の立つ赤い液体。見た目では紅茶と思われる飲み物。
けど、飲んでみれば紅茶に近似しているけど、何処か紅茶とは違うサッパリな後味。
改めて匂いを嗅いでみると、匂いも紅茶とは違う不思議な高級な匂い。
ここまで少し味の感想を述べる僕だけど、そもそも僕はあまり紅茶を飲んだことがないから、照らし合わせる対象がなく、これを紅茶とは違うと断定はできないのが本音である。
けど、本当にこの飲み物は美味しく、嘘偽りない感嘆な声をあげる僕に、ホロウさんは微笑んだ声で言う。
「ありがとうございます。やはり、客人には極上の物で御もてなしするのが礼儀ですから、張り切らせてもらいました。お代わりはいかがですか?」
「あっ、お言葉に甘えていただきます。それにしても、これはお世辞ではなく本当に美味しいですね。どんな葉を使ってるんですか?」
僕はホロウさんがお代わりで注いでくれた赤い飲み物を口に流し込んで尋ねると、ホロウさんは茶葉の入ったティーキャディーを僕に見せ、
「これは魔界最高級の葉『マンドラゴラ』の葉を使っております」
「…………はい? 今、なんていいましたか?」
僕は自分の耳を疑った。
最初は聞き間違いかなと思ったけど、ホロウさんは確かに『マンドラゴラ』と口にしていた。
ホロウさんが見せるティーキャディーに入ってる茶葉は焦げ茶色で、それだけでは判断できなかった。
マンドラゴラとは、ファンタジーの物語中で登場する植物で、人面が彫られた太い根っこの不気味な植物だったはずだ。
僕はマンドラゴラの醜い形を思い浮かばせ、
「(うん。聞き間違いだよね……)」
と、現実逃避するけど。
そんな僕の希望を打ち砕く様に、ホロウさんは部屋の本棚から厚い本を取り出し、ペラペラとページを捲ると僕に見せた。
「|人間界《そちらの世界》では聞き慣れないモノですので説明を。『マンドラゴラ』とは、こういった植物の事です」
見せられたのは図鑑らしきモノで、指を差すのは右側ページの植物の解説文と写真。
そこには名称『マンドラゴラ』と記され、長文の解説文が書かれていた。
そして、そのページの右上の方には、僕の記憶と想像を完全再現された様な、今にも悲鳴をあげそうな程に醜い顔をした人面の根っこの写真が貼られていた……。
「ぶふぅうううううう!」
「だ、大丈夫ですかっ!? お口に合いませんでしたか!?」
盛大に噴き出した。まるでアニメのワンシーンの様に。
まさか、僕がこんなベタなリアクションを取るとは思わなかった。
「だ、大丈夫です……。味”は”最高です」
見た目は最悪です。
噴き出した際に気管を刺激したのか僕は咽せ。ソファに唾液が掛からない様に離れ、床の方で咽返っていると、ホロウさんは何処からか洗面器らしき容器を僕の眼下に置いてくれて、優しく背中を摩ってくれる。
外見は亡霊な首無し騎士であるけど、見た目とは裏腹にホロウさんは心優しい人だった。
「落ち着きましたか?」
「は、はい。おかげ様でバッチリです」
ホロウさんの介抱のおかげで、咽せは治まり、今の一連の出来事で緊張の震えも収まる。
僕は気を取り直してソファに座り、ホロウさんも僕に対面してソファに座る。
「それでホロウさん。先程の何か質問はないかの問いですけど、一ついいでしょうか?」
いいですよ、と鎧で頷くホロウさんの了承を貰ったところで、僕は話を切り出す。
「では僕からの質問です。……そもそも魔界とはなんなのでしょうか?」
僕の質問に、ホロウさんは一瞬、何を問われたのか分からない様子だったけど、直ぐに理解したのか、僕の質問に答えてくれる。
「確かに。先程は魔界の外面的な所を見せましたが、それでも内面的な所は分かりませんよね。では、魔界がどういった場所かを説明いたします」
ホロウさんはそう告げるとソファから立ち上がり、先程の『マンドラゴラ』が載っていた図鑑と同じ本棚から一冊の分厚い黒の本を取り出し、ページを捲ってから僕に見せる。
そこには、僕が見た事がない文字と、三角形が人、悪魔、天使の絵を結んでいる。
「まず『魔界』って言うのは、立花様の世界『人間界』と同時に出来たもう一つの世界で、表裏一体……いや、三位一体な世界のことです」
「なんで三位一体なんですか? 人間界、魔界……後は……」
二つの世界だけなら表裏一体で事足りるはずだ。
わざわざ三位一体に言い換えたのなら、もう一つの世界があるって事になる。
人の絵は『人間界』
悪魔の絵は『魔界』
天使の絵は……もしかして、と僕が思った時に、僕の思考を見透かしたホロウさんは頷き。
「もう一つに、神や天使などの聖職者達が住まう『天界』ってのがありますが。ここではその話は止めておきましょうか。これを話せば長くなりますので」
そう言ってホロウさんは次のページを捲り、やはり読めない文字の長文がずらっと並ぶページに変える。
「次に、魔界に住む者達を総じて『魔族』と呼びます。別の言い方を言いますと『人外』『妖怪』『怪物』『闇に蠢く超生物』とかですね。……最後のは私の感性なので忘れてください」
自嘲するかの様に乾いた声を漏らすホロウさんは、次のページを捲る。
「そんな『魔族』達ですが。彼らは内に魔力たるエネルギーを持ち、その力を駆使して魔法などを扱い、これまで生存してきたのです」
「魔法ですか!? 魔族は魔法が扱えるんですか!?」
魔法という単語に少年心を燻られた僕は、机に身を乗り出し少し上擦った声で聞くと、ホロウさんは若干引き気味に二度鎧を頷かせ。
「は、はい。魔界では魔法って概念はあります。魔界に湧出される魔力を糧に、己の持つ魔法を扱えるのです」
「そ、それはどういった感じなんですか!? ホロウさんも、魔法が扱えるんですか!?」
「はい。私も魔族ですから、一応魔法は扱えます。そうですね……では、一つ魔法を拝見してもらいましょうか」
ホロウさんは言い終わるや否や、何や手で印らしき動きをさせ、手を床へと翳す。
僕はこれからどうなるのか、子供の様にワクワクとした表情で眺めると、突如、床に白い光を発する魔法陣が現れる。
「現出せよ、我が|僕《しもべ》の|亡馬《ぼうま》よ!『|召喚《サモン》』!」
魔法の詠唱を唱えると、白い魔法陣から巨大な黒馬が出現する。
黒いたてがみを揺らし、漆黒の蹄で床を踏み、そこそこ強い風の鼻息を鳴らし、通常の馬の体躯を三倍程上回る巨大な馬。
何もなかったところから魔法陣が現れ、更に魔法陣から巨大な馬が出現する。
その紛れもない魔法を目の当たりにした僕は、うぉおおお! と感極まって歓声をあげる。
「これが魔法の一つの『|召喚《サモン》』。契約したモノをどんな離れた距離にいても瞬時に呼び出せる魔法です。これは私の|僕《しもべ》のスリーピーと言います。ほら、スリーピー挨拶を」
毛先の柔らかそうな毛並みを摩りながら黒馬のスリーピーに挨拶を促すホロウさん。
ホロウさんに促されスリーピーはブルルと口を鳴らして僕に目礼する。
僕も、よろしく、と返事を返した後、用事が済んだスリーピーはホロウさんによって元の場所に帰される。
「まあ、魔法は大体こんな感じですが。これ以外にも星の数程の魔法はあり、それを説明するには一朝一夕では足りませんので、またの機会にお教えします」
「本当ですかッ!? ぜひ見せてください! それにしても、本当に凄いですよ、尊敬します!」
「い、いや~。そこまで褒められますと。悪い気は起きませんね」
褒められ慣れてないのか、僕が心からの尊敬な眼差しを気恥ずかしそうに照れるホロウさん。
再び僕達はソファに腰掛け、開かれた本のページを捲るホロウさんは、先ほどとは違い少し低めの声で言う。
「では、次に教えるのは―――――魔族を統べる王『魔王』に関してです」