015
パンチパーマか、そうか。
なるほど、納得。
嫌がらせだ。
痛むお尻を軽く撫でながら立ち上がり、掌を見る。
痛いけど傷にはなってない。
「初心者がフラフラしてんじゃねーよ」
「女が出張ってちゃあ可愛げもねえよなぁ」
ゲラゲラと笑う男達に苛立つ。
あたしが何したって言うのか。
「初心者手込めにしようとして失敗したからって今度は嫌がらせか……みっともない」
ぽつりと呟いた言葉は騒がしかったロビーを静かにした。
それはもうものの見事に。
効果音は『シーン……』だ。
しかも皆呆然としてる。
こっちを見て。
やだ、凄い注目浴びてんじゃん。
やっだ、恥ずかしぃ。
「このアマァ……!」
そんな中で一番最初に我に返ったのはパンチパーマ。
真っ赤な顔であたしを睨み付けてる。
これは殴られるかもしれないな。
腕で防御したとしても痛いだろうなぁ。
でもここはギルドだ。
先に手を出した方が負けだろうから……我慢すべきか?
でもなぁ……ただ殴られるだけ、ってのも癪に障るよね!
「何か間違ってた? 先輩風吹かせて嫌がる女捕まえて。逃げられたら嫌がらせのようにぶつかってきて、馬鹿にして。モテない男、しかも小物の典型的な見本ね」
どうせ殴られるなら言いたいことは言っとこう、と思ったらスラスラと言葉が出た。
やられっぱなしはしょうに合わないんですぅ!
周囲の人の中には数日前の出来事を知ってる人もいるのかもしれない。
小さな声でまたか、なんて聞こえる。
そうですね、『また』ですね!
パンチパーマ達を見る冒険者の方々の目は、とても冷ややかなものが多い。
「誰がテメェみてえなガキに声かけんだ!」
「あらら、ほんの数日前のことも忘れたのか。しかもあたしに今、初心者がフラフラしてんじゃねーよってぶつかってきた人間が。あたし今日、初心者だなんて一言も、誰にも言ってないのに」
腹の探り合いが出来る程あたしは頭がいいわけじゃないけど、揚げ足取るのは簡単。
ただの事実だしね。
特に一緒にEランクの依頼書を見てた周りの人は、あたしがぶつかられたことも視界の隅で見てただろう。
特に冷めた目でパンチパーマの方を見てた。
若干距離を置かれてるけどね!
そりゃあ皆、こんなパンチパーマには関わりたくないよね!
あたしもだよ!
「ふ、ざけんなクソアマぁ!」
肩を震わせてたパンチパーマが、とうとうあたしに向かって拳を振り上げてきた。
受けるべきか躱すべきか。
振り上げられた拳は、位置的にあたしの顔をめがけてる。
女の顔を狙うなんて最低!
躱して殴ろうと決めて、拳をしっかりと見据える。
するとその拳を阻むようにして、手の甲が割り込んだのが視界に入った。
パシン、と音がしてパンチパーマの拳が止まる。
驚いたのはあたしだけじゃなく、パンチパーマもだった。
パンチパーマだって見てくれだけがいいわけじゃない。
冒険者として、そこそこ力量があるからDランクなのだ。
多分。
使われている筋肉から放たれる拳には、それに見合っただけの威力があるはず。
それを掌で容易く受け止められたのだ。
そりゃ驚くよね。
しかも正面からじゃない。
横から腕だけが伸びてる。
それは腕の力だけで止めた、ということ。
拳が伸びきったわけじゃないから、パンチパーマの全力のどれだけかはわからないけれど。
パンチパーマの拳を受け止めた腕に沿って顔を動かす。
あたしの場所からは近すぎて、その人の全ては見えない。
けれどあたしよりも頭一個分は高い。
銀色の長い髪は編まれて背中に垂れている。
パンチパーマを見据えるその蒼い瞳は、どこか鋭くナイフのように感じた。
ここから見えるだけでもイケメソだ。
紛うことなきイケメソだ。
見た目も行動もイケメソすぎてヤバい。
貴方が神か。
イケメソじゃ失礼か。
イケメン認定するか。
拳を受け止められたままパンチパーマがその男の人を睨み付けるが、さぁ、っと顔が青ざめた。
どうやらこのイケメソさんを知っているらしい。
口角を上げて笑みを浮かべたイケメソさんは、ゆっくりと首を傾げた。
さらりとおさげが揺れ、パンチパーマがびくりと体を震わせる。
「やぁだ、女の子に手を上げようだなんて……男の風上にもおけないんじゃなぁい?」
──訂正する。
イケメソさんではなくオネェさんだったらしい。