伽凛の思い
「ではアサクラ・ユウナ。お主の番じゃ......水晶の前に立ち、それに触れるのじゃ」
「はい」
王宮ではステータス確認が続いていた。
王は玉座に依然として座りながら、優奈を水晶の前に行くように促す。
優奈もその言葉に従い、緊張した面持ちで足を進め、やがて水晶の前で立ち止まった。
「ふぅ......」
優奈は深呼吸をして、心を落ち着かせ、自らのタイミングで水晶に触れた。
優奈が触れた瞬間、水晶は皆と同じように光輝き、ステータスが記された紙が生成された。
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アサクラ・ユウナ
女性
人族
魔法使い
Lv1
HP 278
攻撃力 127
魔攻力 458
MP 435
敏捷 310
耐久 175
スキル
火属性魔法4Lv/10 付加属性魔法2Lv/10
光属性魔法3Lv/10
固有スキル
太陽神の加護
・火属性魔法を使った時、魔攻力が1.5倍される。
・火属性魔法の現Lvに+1され、現Lvが10Lvだった場合、最上級魔法の上をいく、神明級魔法が扱えるようになれる。
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「わぁ......」
優奈は思わず力が抜けたような声を出した。
よかったぁ~......思ってた以上に成長してたぁ~
「ほっほっ......安心したようじゃな」
「は、はい......皆と違ってたらどうしようと......」
「その気持ちは分かる......しかし皆と違ってたりしても、既に皆とは異なる存在がいるではないか?」
「えっ......」
優奈は怪訝な表情をしたが、直ぐに思い当たる人物が浮かんでくる。
「......近藤君ですね?」
「そうじゃ。周囲とは違っても、世界には必ずしも仲間がおる。あの者だってダークナイトという本当に異端な職業を授かってしまったが、世界は広い、もしかしたらもう一人居るかもしれないぞ?......じゃから一人になることは一度たりともないのじゃ。たとえ一人になったとしても、お主の行いを見てきた者達が必ず助けてくれる。そしてその逆も然りじゃ......」
王は最後の言葉を口にした後、笑顔を浮かべた。
そうだ......不安がることはないんだ......
「お主の仲間が困ってたときは、助けるのじゃ。そうしなければどの世界だって生きれやしないのじゃ」
王の言葉に、優奈は笑顔で頷いた。
「はい!」
泣き虫じゃなかったら尊敬できる王様なんだけどな......
表には必ず裏があるように、優奈の笑顔の下にはそんな苦笑顔があった。
またそれは微笑ましく見ていた周囲の皆も同じことだった。
「では次の者は前───」
───バタン!
「陛下っ......!」
王の言葉を遮ったのは血相を変えて入ってきた騎士のせいだった。
「......あ、も申し訳ありませんっ! 謁見中でしたか......」
騎士は直ぐにかしこまり、かなり急いで走ってきたのか、息を必死に整えている。
「よい。謁見中に何の用じゃ......」
王は、近くに控えていた武官が謁見中に荒々しく入ってきた騎士に何か言おうと口を開いた瞬間、左手を上げて武官を制止し、冷静な声を騎士にかけた。
「は......先程急いできた伝言の言葉をそのままお伝えします。ボルズ公の屋敷が襲撃を受けている......とだけですが、事態は深刻でしょう」
「「「「......!?」」」」
騎士は重々しく内容を伝える。
皆はその騎士の言葉に、目を細める者がいれば、驚愕した表情を浮べた者も居た。
「なんじゃとっ......!?」
騎士の言葉に、王は思わず立ち上がる。
そんな王に、控えていた武官から落ち着いた声で早々に提案される。
「......陛下。この場合は時間との勝負でございます。ここは機動力に優れる王国騎馬軍にお任せ下さらないでしょうか?」
「......そうじゃな。この事態は王国騎馬軍軍団長キーリルに一任する。しかしキーリルよ、今回は量より質を優先にするのじゃ。移動に手間がかかり、余計な時間を要してしまう」
キーリルと呼ばれた純真な騎士は王に忠誠を再確認するように、自らの長槍を胸に当て、深々しく礼をした。
「仰せのままに......向かわせるのは第一騎馬団に致します」
「うむ。第一騎馬団なら安心できるじゃろう......」
王がそう呟き、納得するように頷かせていた中、伝言に来た騎士が口を開いた。
「───陛下。まだお伝えすることございまして」
「何じゃ?」
「は......実は現在、屋敷で戦闘中の騎士が居まして......」
「何? 一人では危険ではないか! 早く退避させるのじゃ!」
「それが......現在、対応に行っているのは王国魔法剣士隊隊長、アリシア・レイス殿でございまして......」
「......へ?」
王は府抜けた声で騎士に返答を仰いだ。
「は、は......アリシア・レイス殿でございます......」
「「「......」」」
王一同はその言葉で何故か押し黙ってしまった。
「「「......?」」」
一方、クラスの皆は何故か押し黙ってしまった王一同に困惑した。
「それと......」
「ま、まだあるのか......!」
「は......実はもう一人居まして......」
「ま、まさか......」
騎士はばっと顔を上げながら、王達にこう伝える。
「転移者達の一人......コンドウ・シュン殿でございます」
「「「......!?」」」
クラスの皆は困惑していた表情から一転、驚愕した表情を浮かべた。
「なんと!?」
王もまた同じ表情を浮かべた。
「現在そのお二方が屋敷に立て籠っている輩と戦闘中でございます」
「は、早く向かわせるのじゃ! アリシアならともかく、シュン殿は初戦闘のはずじゃ!」
王は血相を変えて、キーリルにそう命令をした。
「は!」
キーリルは一礼をすると、直ぐに扉を開けて、駆けていった。
「伝言ご苦労であった。城の空室を使って休むと良い......」
「は!」
「下がって良いぞ」
伝言に現れた騎士も、一礼をして王の間を後にした。
そんな中、伽凛は深刻な表情を浮かべていた。
「......近藤君......」
誰にも聞こえないような掠れた声で呟き、考えるように視線を落とした。
近藤君......何でそんなに無茶するの? 学校の時だってたまに......
伽凛が思い浮かべたのは、いつものように理不尽な鋭い視線が駿を襲うそんな日に、放課後校舎裏で駿が呼び出されたことを伽凛は通りかかったときに聞き、不審に思い先回りをした時のことだった。
最初、陰から見ていた伽凛の目に写ったのは、駿を五人の男子達が囲っている光景だった。
数分の間は駿と五人の男子のリーダー格に見える男子一対一で会話をしていたようだったが、徐々に駿の顔が驚きに染まっていくのを伽凛は視認できた。
だが話をしていると驚きに染まっていた駿の顔が、怒りに染まっていく。
その事に伽凛は疑問に思って首をかしげた直後、一人の男子が駿のあばらを思いきり蹴っていた。
伽凛は驚愕した。しかしその間にも一人の男子が蹴ったのが始まりの合図だったのか、他の四人も駿を殺す勢いで暴力を振るい始めたのだ。
駿はどうすることも出来ずに、受けるがままに顔を蹴られたり、腹を殴られ続けられたりして数分が経過した時、丁度先生が通りかかった。
先生は血相を変えて、鬼の形相で五人達に向かって声を張り上げた後、直ぐに校舎裏まで走ってきた。
五人は舌打ちをしながらだが、その場を逃げるように走り去っていった。
その時、伽凛の心はズタズタだった。
怖くて動けなかったのだ。
理不尽な暴力を多人数から受けている駿を前にして。
何か救済になるように叫ぼうと考えた。しかし、先に恐怖が邪魔して声をかける言葉が浮かばなかった。
体が、足が初めて目撃した殺す勢いの暴力を前に驚くほど震えてしまい、まるで足枷が邪魔してるかのように動けなかった。
伽凛はその時思わず涙した。
自分が何もできなかった無力感。そして、罪悪感。
何よりも、自分の大切な人が傷つけられた痛みが助けなかった自分に要因があることを憎んだ。
悔しかった。
駿は自分以上に痛みを味わっているのに、何で自分が泣いているのか。
この時ばかりは、伽凛は伽凛自身を嫌いになった。
駿を見てみると、頭から流血し、苦渋な表情を浮かべていた。
伽凛は我慢できずに、今すぐ謝りたいがために、駿の元へと駆けていった。
しかし唐突に現れたはずの伽凛を、駿は驚きもしなかった。
伽凛は涙目で思わず首を傾げたが、駿は先程まで苦渋な表情を浮かべていたはずの顔は笑顔だった。
そして、その笑顔のままこう言い放ったのだ。
───峯崎さん。ありがとう
伽凛はそう言われた瞬間、胸が跳ねた。
何故感謝されているのか、伽凛は理解できたからだ。
駿が感謝した理由は多分だが、あの場で出てこなかったことについての感謝だったのだろう。
普通は感謝することではなく、憤怒することだ。
しかし、伽凛はその感謝のもうひとつの真理にたどり着いた。
駿は伽凛の身を案じてくれたのだ。
あの時出てたら、証拠を隠蔽するために何をされるかたまったものではない事を伽凛は理解していた。
だからこそ、駿もそれを理解していたからこそ、あの時出てこなかった自分に対して駿は礼を言ったのだ。
駿はそう礼をした後、ハンカチまで出してくれた。
伽凛が、その礼の真理にたどり着いた瞬間、大粒の涙を流していたからだ。
しかし伽凛はそれを断り、代わりに涙目になりながらも駿の血を拭き取った。
その後、伽凛は血と痣(あざ)だらけの駿に肩を貸して、保健室まで連れていった。
駿は自分と会ってから終始笑顔を絶やさなかったが、伽凛はそんな優しい駿に後ろめたさを感じて、ぎこちない笑顔を浮かべてしまった。
伽凛はその一件から、罪悪感を感じてしまっている。
しかし、また駿をこれまで以上に好きになっている。
伽凛は何もできなかったあの時の自分に腹立たしく思いながら、今掴んでいる杖を強く握った。
私は......近藤君を
自分はもうあの時の自分とは違う。
駿を守れる力がある。
理由はもう明白だ。
伽凛は決意を固めて王の前へと進み、やがて胸に手を当て立て膝をついた。
「───陛下......」
「なんじゃ。カリン殿」
「私も行きます」
───守る
「伽凛!?」
隣に居た優奈と当然クラス全員が驚愕した。
「───何故じゃ?」
「私は近藤君を守りたいんです。この理由だけでは......不満ですか?」
今の伽凛はこれまで以上に真剣だった。
張り詰めた空気が伽凛の周辺を覆い、この言葉は本気だとクラスに分からせる勢いだった。
王の方にもその空気が漂い、試すような顔をしていたが伽凛の表情を見ていた王は同じく真剣な顔になった。
「カリン殿......それはいくら貴方でも......」
控えていた大臣がそう困るような言いぐさでそう言い放ったが、王はこう口にした。
「行って良いぞ」
「ちょ......陛下!」
「私とカリン殿で話しているのじゃ。邪魔するでない」
「は、は!」
王からそう威圧された大臣は縮こまって、口を閉じた。
王は溜め息をした後、伽凛に向き直った。
「カリン殿。お主の理由は合理的ではない。そこは分かっておるな?」
「はい。承知した上でお願いしてます」
「うむ......なら問題ないじゃろう。私が先程ユウナ殿に申した通り、仲間を助けてやるのじゃ。シュン殿は悔しいがリーエルのお気に入りらしいし、私とてシュン殿には何度も慰めてくれた。カリン殿はカリン殿でシュン殿に助けてもらったこともあるのじゃろう。今回はこの場を借りて恩返しということで許可しようではないか」
「ありがとうございます!」
伽凛は立ち上がり、勢いよく90度に腰を折る。
「───俺も行かせてください」
王は声の源に視線を移した。
「ユウマ殿か......お主も同じ理由か?」
その王の問いに、優真は苦笑しながら首を横に振る。
「違いますよ......ただ俺はあいつの隣に立って戦いたいだけです。小さい頃からずっと見てきた俺はわかるんです。こういうとき必ず無茶するに決まってます。まぁ実は言うと俺もあいつと同じ性格ですから分かるということもあります......だから俺はあいつの隣に立って、あいつと無茶した方が負担も減りますから。何より楽しいですからね」
「はははははははっ......」
王は高笑いに似たような笑い声を発した。
「面白い......お主も行って良いぞ」
王はその言葉の後も、ひとしきり笑った後、二人に命令を下した。
「賢者、ミネサキ・カリン殿。パラディン、アサノ・ユウマ殿。お主達二人は第一騎馬団についていき屋敷で戦闘中と聞くアリシア並びにシュン殿の応援に向かうのじゃ!」
「「仰せのままに」」
王の間に響いた二つ声。
それは凛々しくもまだ未熟な救世主達の初戦闘という新たな一歩への、ファンファーレなのかもしれない。