バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

002

『リベラーレ・オンラインへようこそ』

 優菜はゆったりとしたリクライニングソファにも似たシートに腰掛け、鼻の下までを覆うようなヘッドギアをつける。
 ログイン画面が開くまで視界に拡がるいくつかのウィンドウをチラ見すれば広告ばかり。
 総スルーだ。

『ログインIDとパスワードをどうぞ』

 機械が女性らしい丸みを帯びた声で告げ、誘われるまま手馴れた動作でIDとパスワードを打ち込めばキャラクター選択画面に移る。
 目の前には愛しのマイキャラ。
 白く輝くフルアーマーに真っ赤なマントをたなびかせ、大天使の羽根のエフェクトが輝く羽根を散らす。
 今は目を閉じているが美しさは損なわれていない。
 感無量で優菜の口から吐息が漏れる。
 
(こんなイケメンいたら惚れるわー)

 1人ニマニマと妖しい笑みを浮かべていたが、ふと、そんな愛しきマイキャラの斜め後ろに真っ黒な人影みたいなものがあった。
 それは某体は子供、頭脳は大人なアニメに出てくるわたしが犯人です、と言わんばかりのアバターだ。

「なんだこれ?あたしサブキャラ作ってないぞ?」

 不思議に思って愛しきマイキャラからそちらを正面へとスライドさせた。

「……真っ黒だ」

 キャラクターを選択するまで目を閉じている状態のせいで、真っ黒な人の形をしているだけのそれ。

「一体これなんなのさ」

 訝しんでいるとピコーンと音がして、びくりと肩が跳ねてしまう。
 その真っ黒なアバターの横にメールを知らせる表示があった。
 なんだこれ、今までこんなことなかったぞと、首を傾げるが思い当たらなくもないことは、あった。

「…………あ、コンプのせいか?」

 もしかして、と思いメールを開けば差出人が創造主で一瞬呆気にとられる。

「え、なんだこれ、創造主?運営じゃないの?どゆこと?」

 差出人に疑問は膨らむがとりあえず、と本文を開く。

『おめでとうございます!この度貴方様が選ばれました!』

「……何にだよ」

 優菜は思わずツッコミを入れてしまう。
 それもそうだろう。
突然選ばれました、と言われても意味がわからない。
 読んで見なければ何もわからないな、と何かつらつらと書かれている文章を読でみる。
 要約すれば、新しい人生を送りませんか、私がバックアップいたします。というようなことが書いてあった。

「新しい人生……」

(新しい人生ってなんだろう)

 もしかして大型アップデートでもあるのだろうか。
 それとも新しくゲームが始まるとかでβテストの参加者を募っているのかもしれない。

(お金があるから時間もある。
 今急いで就職しなくたって大丈夫)

 優菜はそんなことを考えながら目の前の新しい人生という単語に心惹かれる。

「あれ、まだ下にある……アンケート?」

 そこにはいくつかの項目が設けられていた。
 名前、年齢、性別等々……。
 優菜は心を躍らせながら項目を一つ一つゆっくりと埋めていく。

「名前とか……心機一転で新しい名前にしてもいいけど、本名でいこう」

 プロフィールに関しては埋める項目がそんなになかった。
 こうなると今流行りの脳波からデータを読み取って云々なゲームなのかな、と優菜は思う。
 優菜は『リベラール・オンライン』1本で来たから、他のゲームに関しては知識がほとんどない。
 ニュースやPVなどで見かけるぐらいしかないのだ。
優菜が『リベラール・オンライン』に籠っている間にゲーム業界は日々着々と進化し続けているのだから。
問題は優菜が使っているヘッドギアで出来るのか、ということだ。
もう何年使っていたかな、と思い返してみるが、忘れてしまっていた。
もしこれで出来なければ新しいモノを買わなければいけないな、と出費に一瞬への字に口を歪めるが、それでもゲームから離れるつもりは一切なく、まあいいかと1人頷く。
 そうして少しの疑問を抱きつつ項目を埋めていたが……、プロフィール以降の項目がおかしい。

「なんだこのチート設定とか」

 ここはチェックを入れるだけらしいが、チート設定だとか逆ハーだ嫌われだとかVRMMOかこれ?という項目がいくつかある。
 更に要望とかいう欄もあって事細かに記入出来るみたいだった。

「うへぇ……これはあれか?女子にも興味を持ってもらおうって魂胆の設定か?」

 女の子が夢見るであろう逆ハー設定とかに優菜は興味がないとばかりに眉を顰めた。

(モテたってお腹は膨れません)

「でもチート設定は欲しいな。デスペナ痛いとやだし」

 とりあえずチェックを入れたのはチート設定。
 死んでペナルティがあった時の予防線だ。
 これが地味に辛い。
ゲームで色々違うが、所持金がごっそり減らされたり、丹精込めて作ったアイテムが無くなったり、レベルアップに必要な貯めた経験値が減らされたりと、良いことは1つもないのだ。
レベルが高くなればなるほど、涙が止まらなくなる。

(後はいらないや)

「それから……うん?」

『貴女は新しい人生を歩みたいと思いますか?』

 なんて聞かれた。
 新しい人生がどんなものかわからないけど、楽しく生きたいという気持ちはある。
きっとそれは優菜だけではなく、皆が思うことだろう。

 別に今を悲観してるわけではないけれど、楽しいかと聞かれたら、ゲームが楽しいとしか答えられない。
今の優菜にはゲームしかなかった。

 干物でもいいじゃない、とは思うものの、他に大事なものもない優菜にはとても心惹かれる1文だった。

「歩みたいでーす」

 YESをぽちり。

『新しい人生を歩むことを後悔しませんか?』

 YES。

『進んじゃう?』

「おい、一気に口調が砕けたな」

 今までの説明文的なあれはどうしたと優菜は目を据わらせた。

(まあいいか、YES)

『それでは新しい人生を楽しく生きてください』

 その文が目の前に出た瞬間、真っ黒なアバターがゆっくりと目を開いていく。
 その様子を見守っていた優菜とアバターの視線が交わった瞬間、急に目の前が真っ白になった優菜は思わず目をキツく閉じた。

しおり