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001

 カーテンを締め切った薄暗い部屋。
 対して外は快晴で、雲一つない青空が広がっている。

 カーテンの隙間から差し込む光に誘われるように、ベッドの上で物体がもそもそと動く。
 1度頭まで被った毛布を下げて、目元までを毛布から出してぼんやりと天井を見上げるのは多田(ただ)優菜(ゆうな)
 開ききらない重い瞼を数度瞬かせ、緩慢な動きで上半身を起こすと、ゆっくりとベッドから降りてふらつきながら洗面所へと向かう。
 温い水で雑に顔を洗ってさっぱりすると、先程よりはしっかりとした足取りでキッチンへ立つ。
 そうして一人分の簡単な朝食を作り席につくと、今しがた出来上がったばかりの遅めの朝食を口に運ぶ。

 優菜に現在親はいない。
 去年事故で、永遠に言葉を交わすことは出来なくなってしまった。
 祖父と祖母はいるが、いかんせん性格があわない。
 お母さんは王子様と結婚したくておうちを飛び出しちゃったの、と駆け落ちを小さい頃カミングアウトされていた。
 あれじゃあ飛び出しちゃった気持ちもわかるわ、と優菜はもぐもぐ口を動かしながら頷く。

祖父母は優菜の両親を良くは言わなかった。
父の身分がどうだとか、収入がどうだとか……。
母のことは育ててやった恩を仇で返して、と優菜に向かって何度も零していた。
だから早々に家に帰ってきたのだ。
父と母と、仲良く暮らした思い出の家だ。
祖父母の家は大きくて召使いさんまで存在する、優菜からすれば少々居心地の悪い家だった。
それは優菜の両親を失った悲しみを癒してはくれないもので、更には祖父母の言葉に傷ついた。

そうして共に暮らしたのは、ほんの1週間程だけだ。
 両親の葬式をしてくれたが、その時も弔問に訪れてくださった祖父母の友人という人たちに文句を零していた。
 だから優菜は祖父母に言ったのだ、『1人暮らしがしたい』と。
祖父母はそんな優菜に始めこそ文句を言っていたが、優菜とていい年齢だったこと、そして祖父母も厄介だと思っていたのだろう。
一人暮らしが許可されたのだ。
これには優菜も喜んだが、祖父母は期限付きの多少の金銭的補助だけは譲らなかった。
 金が家柄がと、そんなことばかりだった祖父母に優菜は憤ってはいたが、世間体の為に成人までは毎月家賃分金を振り込んでやると言われた時は内心、物凄く嫌だと思いつつ受けた。
 いくら好ましくなくとも、お金がないと生きていけないからだ。
 そしてそれも断れば一人暮らしが出来ないかもしれないと思ったのだ。
成人まで、と区切られたのは祖父母に何かしらの意図があるのだろうと容易く予想は出来たが……簡単に思い通りになってはやらん、と優菜は心の中で鼻息も荒く拳を握った。

 今はその振り込まれているお金と、少しのバイトで稼いだお金で生きている。
祖父母の言う期限までは1年を切った。

(ぶっちゃけバイトでお金貰わなくても生きて行ける分ぐらい稼いじゃったんだけどね)

 この先よっぽど馬鹿なことをしない限り、1人で生きていくには問題がない。

「株ってすばらしー」

 これは株って儲かるらしいとニュースで億万長者番付の番組を見ていて、試してみようと思ったのがきっかけだった。

 (あたしはホント運が良かった)

 神様さまさまである。
 それから欲張ることはしないで、優菜は普通に一人暮らしを満喫している。
 外出は買い物以外ないが。

(引きこもりで悪いか)

「あ、そうだ。そろそろ始めよ」

 ……まあ、その話は置いておこう。
 優菜は今、とあるゲームにはまっている。
 VRMMOと呼ばれるものだ。
 現実世界にいながらファンタジーな世界を楽しめるという空想好きにはたまらないゲームだ。
 脳に何かが作用してなんちゃらかんちゃらと長ったるい説明はこの際省く。
 そんな説明はゲーム会社に問い合わせればいいのだ。

「んしょ、ギアOK。電源ぽちっとなー」

 優菜は昔から――というほど昔でもないが、物心ついた頃には――ゲームが好きだった。
 しかもそのゲーム、見た目や種族なども選べて『あたしのキャラ』って感じで作れて万々歳と喜び勇んで始めたものだ。

(あたしのキャラは銀髪赤目のイケメンキャラ!
 ……誰だネカマとか言った奴、ちょっと座れ!)

 ネカマは置いておこう。
コツコツ毎日育てあげたクラーク──というキャラ名──は今ではレベルもカンストし、生産で創るレアアイテムもコンプしたという。
優菜はいわば立派な廃人である。
このゲームは高校に入った頃から続けていて、今現在ゲームが1日の大半を占めている。

(やり込んだよ……真っ白になるまで。
 ホントレアアイテムの成功する確率の低さったらありゃしない。
 運が良かったのはここでも発揮されたらしいね、神様ホントありがと!)

 コンプリートした優菜は1人狂喜乱舞である。
 くるくると踊り回ったのだ、叫び声をあげて。
よく通報されなかったものだ。

 それが昨日の話。
 落ちる前に届いたメールがその証拠である。

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