第6話 探しもの
老兵ストーンの指示で馬車が高原にある小高い丘に停まると、騎兵たちは安全確認の為に周囲の索敵を開始した。
「揺れにて見え知らす【レッドシーカー】!」
ハーディス辺境伯私兵団の騎兵1人が魔力の光を帯びて索敵魔法を放つ。
その瞬間、馬車の中でノーブルは身体に風とは違う【何か】生ぬるい感覚が走り、顔を顰め身じろぎする。
ノーブルのその様子にストーンはギョッと目を見開く。
「…驚きましたな、もう索敵魔法を【覚え】ましたか…」
「んっ?さっきのヌルルゥってする感じのこと?ジィが金ピカしてた時から、みんながピカピカするたびに感じるよ?」
「むむむむ…私がやり過ぎたのが原因か…!?」
何やらストーンが頭を抱えて呻いている。しばらくすると先ほど探知魔法を放った騎兵が馬車まで近づいてくる。
「ストーン団ちょ…う…何を頭抱えて悶えているんです?とにかく索敵魔法の報告です。」
騎兵は上司の奇行を一瞥した後、スラスラと報告を述べる。
「結論から言って問題ありません。春も近いので小さい生物の反応は多くありました。1番大きい反応は直接確認してきましたがヤギでした」
「よし!報告ご苦労!再度見回りを含め、薪でも拾って来い!昼食準備が出来たら2名2名で交代し、休憩を取るように伝えろ!」
「ハッ!」
昼休憩と聞いて嬉しそうに返事をした騎兵は周辺を見回っている同僚に知らせるために駆けていった。
ストーンは騎士を見送った後、ノーブルに向き直る。
「さてノーブル様、せっかくの機会ですし、魔法を使って見ましょうか?」
「えっ!?いいの!?やるやるやるやってみたい!」
「おおう…!元気一杯ですなぁ…では馬車から降りましょうか」
そういってストーンは馬車の扉を開けるとノーブルは山脈から吹き抜ける風がを全身で受け、冷水をかけられたかの様に震える。馬車から降りる動きをぎこちない。
「っつッ…冷たいィ!!」
「ほっほっ…山頂の雪が混じってるのかも知れませんな。…丁度いいですし【反応強化】を教えましょうか」
「ハンノーキョーカ?」
「む?まぁ…とりあえずは【体が暖かくなる魔法】ということが理解出来ればいいですぞ!」
「えっ!?何それすごい…!」
初めて魔法を扱える期待に胸を踊らせるノーブル。ストーンはそんなノーブルに微笑みながら、馬車に付属している積み荷を幾つか降ろし、折りたたまれた分厚い布地と片腕で抱えられる程度の大きさ壺を持ち出した。
そして何かを探す様に辺りを見渡すと腰をかけるのに手頃な大きめな岩に向かう。そこに腰かけ用の分厚い絨毯を掛けた。
「さっ!ノーブル様此方へどうぞ!」
言われるがままにノーブルはトテトテと歩き、岩に腰をかける。その様子を見送った後ストーンはノーブルの前に屈む。
「ゴホンっ…んっ…では、魔法を使う前にまず先程ノーブル様が感じたヌルリ?とした違和感は【精霊様の魔力が魔法として変質した】時に発生する【余波】です。」
「ヨハ?」
「えーと…私たちは魔法使う前に周りにいる【精霊様に魔力分けてください!】と呼びます」
「うん」
「精霊様はお優しいので場所にもよりますが私たちが【魔法に使用したい以上の余った魔力】を頑張って持って来てしまいます」
「うんうん」
「なので【魔法として変質した魔力】はそのまま使い、【どんな魔法か知っている余った魔力】は【余波】として周囲に還って行きます……ど…どうです?分かりましたかね?」
「ん〜…【ヘンシツ】はよく分かんないけど魔法使って余った【ヨハ】が魔法を教えてくれるっていうのは分かった!」
その返答にストーンは不安そうな顔を満面の笑みに変えた。
「…十分です!それでは今から【火系の反応強化・アップ】を使いますので【余波】が分かったら教えください」
「うん!分かった!ジィお願い!」
「お任せをっ!精霊様!!主の為にお力をお貸しください!【揺れにて身を震わせ・アップ】!!」
ストーンの周囲に魔力の光が舞い上がる。一瞬で顔に赤みが増したドヤ顔でノーブルの顔をチラリと見る。
「?」
「えっ…と…【揺れにて身を震わせ・アップ】!」
ストーンが予想していた反応はそこには無く、慌てて何度か詠唱する。顔は赤くなっていることから体温が急激に上昇しているらしい。
「ん〜…」
「ぬぅ!【揺れにて身を震わせ・アップ】!」
ボフッとストーンから白い蒸気が湧く。
「…」
「【アップ】ゥぅう!!! ウウぁあ!アッツい!熱ゥうウウウ!?」
「!?…あっキタよ!ムワッってキタ!」
「ホッ…本当ですか!?私の蒸気とかじゃないですよね!?」
「えっ?多分大丈ぉ…うわッ…ジィ真っ赤か!あと熱い熱い!近く来ると熱い!」
ジュワワワワワァァアと真っ赤になって蒸気を出してるストーンに慌てつつ、先ほど感知した魔法の感覚を忘れない様にするため、ノーブルは気を取り直して魔法を唱える。
「精霊様魔力かしてください!【ユレテミヲフルッテ・アップ】!」
そういうと周囲から魔力の光が現れ少年の体に入り込んでいく。すると少年の顔が見る見る赤く染まり出す。
「うわおっ!凄い凄いなんかポカポカするううう!!」
満面の笑みを浮かべて喜んで立ち上がったノーブルにストーンは未だに冷めない体で感動していた。
「おおおお!素晴らしいですぞ〜っ!?…ん?…むむ?なんか【余波】が感知出来ませんでしたが!?【冥神の恩恵】使いましたか?」
初めての魔法で浮かれているノーブルは聞き覚えのあるに単語に反応した。
「【メイシン】って家のご先祖様とかいうヤツ?」
「【余波】が見えなくしたのは無意識ですか…流石ですな」
ノーブルが【ハーディス】の力をしっかりと受け継いでいるのか分かって余程嬉しかったのか感極まっている様だ。
「正確には【冥神を祀る勇者】ですな。【冥神】は【鉱石を愛する神】で魔力を隠したり、暗くても物や道が見えるようになる魔法なんかありますな!」
「ご先祖様は…なんかあんまりカッコよくないね…」
「いえいえいえ!!ハーディス家の【恩恵】持ちの方々は実感しにくいかも知れませんがね!【冥神】様にそんなこと言ってはなりませんぞ!領民の者や冒険者たちからも【探し物や落し物が見つかる神】として大人気なんですから!!」
「ええええ〜」
ストーンがハーディス家の偉大さを熱く語るのは初めてのことではないが【まだ】自分の力が理解できてないノーブルにとって騒音にしかならない様だ。
「そんな残念そうな顔をしないでください…!本当に有能なんですよ!!」
「あーーもー…分かったよ…今度!今度ね!【メイシン】の魔法も覚えるから!」
「…そ…そんな嫌がらなくても…では次に【火系の索敵魔法】ですが…」
「あっそれは知ってる【ユレテミエアワセ・レッドシーカー】!!」
ノーブルがストーンの言葉を遮るように私兵団の騎兵が道中で一番唱えていた詠唱を口にする。
「…」
「…」
ノーブルの周りにキラキラと魔力の光が瞬いているものの、特に変化はない。
「…ノーブル様」
「えっ…えーと…はい…」
ストーンは先程の笑顔は何処へやったのか真剣な眼差しをノーブルに向ける。
「…」
「…えと…えーと…ご…ごめ…あっ違う…えと…ジィの話をちゃんと聞かずに勝手な事してゴメンなさい…!」
ノーブルは目の前な老兵が恐らく怒っているだろうと…しどろもどろしながら何がいけなかったのか考え頭を下げる。
「…ふむ」
「今度はちゃんと聞くので教えてください!」
「む?…ああ、いえ、驚きの余り自失しただけで怒ってる訳ではないのですよ。勘違いさせた様で申し訳ありません」
そういうとストーンは苦笑しつつ頭を下げた
「ええ〜」
ノーブルはストーンの以外な返答に脱力し、絨毯を掛けた岩に腰を落とした。
「はっはっは、私が思っていたよりノーブル様は私たちを見てくれているのだと爺は嬉しいですぞ〜!」
「もう!いいからなんで魔法が出来なかったか教えてよ!魔法の言葉が間違ってたの?」
足をバタバタさせながら頬を膨らまし、いかにも「僕は怒ってます!」アピールをしつつも疑問を口にする。
「ぬ?魔法の言葉?ああ…【詠唱と魔法名】のことですかな?それは関係ありませんぞ。」
「そうなの?」
「世界には魔法が星の数だけあると言われています。【詠唱と魔法名】は私たちが【魔法の効果を確認】するためにやってるだけです」
予想してた答えは的外れだとストーンから告げられキョトンと首をかしげる。その子供らしさを懐かしむ様に告げる。
「魔法に必要なのは【神の裁定】に管理されている 【魔力】と、【人の理非】に内包されている【理力】です。」
この説明だけでは目の前の子は理解出来ないだろうと苦笑し、ストーンは人指し指をこめかみにトントンと当ててながら問いかける。
「ノーブル様は先程どんなことを考えて索敵魔法を使おうとしましたか?」
「えっ?ええ〜…特に【何も】…みんなと同じ様な言葉を言えば【何か】出るかなっと…」
「なるほど…では、【反応強化】の時は【何を】考えましたか?」
「えっ…と【体が温かく】ジィが使ったみたいに【顔が赤くなるから】とか【火系っていうから火みたいに熱く】とか…」
「ふむふむ」
「ああ!そういうことか!いっぱい【何か】を【考えない】といけないんだね!」
「はい!よく出来ましたな!身体が【魔法として変質した魔力】知っていても、【何も】考えずに魔法が発動する事はありません!もし発動するとしたら【加護】か【恩恵】という限られた力だけなのです!」
ノーブルとストーンはお互いを理解し合って嬉しそう騒ぎ出す。
「うん!なんとなく分かった!…なら【何を】考えれば発動するの?」
「簡単ですぞ!今の私たちは先程かけた【反応強化】で身体が熱くなり赤くなってますな?」
「うん!そうだね…ジィ真っ赤なままだもん…というか大丈夫?頭から白いのが凄いモクモクしているよ?」
「だっ…大丈夫です。汗が気持ち悪いのですが後で着替えてきますから…っと話が逸れましたな。まぁ、とにかく【熱く】なると【赤く】なるというのは分かりますな?」
「うん」
ノーブルが頷いたの確認すると老兵は近くの石を拾い、ノーブルの手の平に乗せる。現在休憩している場所も普段暮らしている場所に比べたら標高は段違いに高く、夏に来たとしても当然気温も低い。
「わっ…冷たい!」
「【冷たい】ですね。つまりこれは【赤く】?」
「…ならない?」
その返答にストーンは力強く頷く。
「そうですな!とりあえずはその程度の認識でいいでしょう!【熱いもの】は【赤くなっている】という考えより【熱いもの】だけを【少しの間だけ赤くして見える】と考えながら魔法を放って見てください」
「うん!分かった!【ユレテミエアワセ・レッドシーカー】!!」」
その瞬間ノーブルの視界が真っ赤に染まる。
「わぁあ!!」
「ぬ?」
【少しの間】という制約のおかげでノーブルの魔眼は一瞬で解けた。真っ赤な視界から老兵が現れる
「な…なんだ…ただの熱くなってたジィか…驚いた…」
「あの…地味に傷つくですが…」
お互い予想してた反応を得られず肩を落とす。
「ごめん…ジィがいると全部赤くなって何も見えないから離れてもらっても良い?」
「ひっ…ひどいぃ!頑張って噛み砕いて説明したのにこの仕打ちはノーブル様とは言え許されませんぞぉお!?」
表情は悲しそうなのに顔色は真っ赤という老兵は必死に抗議する。
「ほらほらっ!しっしっしっ!ついでに着替えてくればいいと思うよ!フフン!」
「ぐぬぬぅ……はぁあ、分かりました。まぁ…辺りは小動物らしき反応しか周りにはない様ですしな。毒ヘビなんかもいるんで気をつけて下され」
「毒ヘビ!?」
子供なら大半がビビる生物の名前をあげて「護衛対象があんまり動き回らないでね?」と釘を刺しておく。
「それでは魔法の訓練頑張って下され!」
「ヘッ…ヘビかぁ…」
「ふっふっふ…」
(この様子なら1人にしても派手に危ないことはしないでしょう…ずっと馬車で窮屈そうでしたしな、いい気分転換になるでしょう…)
そんな配慮と思惑もありつつ、ストーンは鼻歌を歌いながら馬車に向かって行った。
しかしこの時、老兵は1つ失念していた。
「まぁ…母上が倒したヘビみたいなのがいないんなら平気だな」
彼が怖がるヘビは2歳の頃に見た20メートル近い大蛇であるのだった。
「さてとジィも離れたし…えっ…と…ああそうだった【ユレテミエアワセ・レッドシーカー】!!」」
青空に高原、雄大な山脈の景色が今度は急に暗転し、目が慣れるとただ真っ暗闇では無く【赤いモヤ】が周囲を漂っている。
風が吹く度流れては消えてまた生まれるを繰り返す。そのモヤが自分の【熱さ】だと把握する。そこで一旦魔眼が消えた。
「もう一度ッ!」
2回目の索敵魔法は発動前に周りの景色をグルリと見渡した後【もっと広く遠くを見たい!】と思考しながら発動する。
再び暗転。
すると今度は周りに【小さい赤】が沢山蠢いている。
【人の様な細長い赤】が点々とある、2つほど【小さい赤】を追いかけ回していた。
【大きめの赤】…徐々に小さくなっている。
「………えっ?」
そして【赤ではない光】が見えた。