第4話 探知魔法
「…チョーサタイとボーケンシャが消える?」
知らない単語もあり老兵の話をそのまま繰り返すノーブル。
「はい、恐らく【魔物や魔獣】にやられたものかと…」
「!?」
老兵ストーンから発せられた低い声と【魔物】【魔獣】という単語に身を強張らせるノーブル。目に涙が溜まる。
震えるノーブルの見てストーンは慌て、そんな老兵を若い騎兵たちは「何やってんだ…このジジイ…」と蔑んだ目を向ける。
「だっ…大丈夫です!そちらは騎兵数人を調査に出します!ノーブル様はこのまま予定通りに【獣人族の村】に向かいましょう!」
「…う、うん」
「山は天気が崩れやすいので一泊二泊する位の備えは勿論しております!グリス様、ノルベ様は勿論、屋敷の者や私たち私兵団はそんじょそこらの魔物なんかに負けませんぞぉお!」
「そっ…そうなの?…う…うーん」
「あらら、私たち信頼されてないですね…」
苦笑する若い騎兵は、ノーブルの様子に肩を落とす。
「黙らっしゃい!」
「がぼふっ…!?」
ノーブルとストーンの会話に口を挟んだ若い騎兵の首に手刀が叩き込まれた。
ここまでノーブルが不安を表すのは、プルー湖東部という見慣れない土地でのトラブルと、両親と離れていることで精神的な負荷が掛かっているためであった。
ノーブルは男の子らしく腕白ではあったものの1日の殆どは母親と遊んだり、絵本を読んでいた少年にとって【戦闘】の知識は皆無。2歳の頃に母親が巨大な水蛇を両断したなトラウマ映像だけである。
【魔法】は絵本の物語から得た知識程度、兄ジャンテは家庭教師がつき、剣術・馬術・魔法などを覚えたと聞いていたため「いつか、自分も覚えれる」くらいの心持ちでしかない。
戦闘能力は皆無、それが今のノーブルである。
未だに不安が募るノーブルの表情にストーンと若い騎兵たちは顔を見合わせて、頷きあうと馬から降り、馬の手綱を馬車の御者に任す。
ノーブルが「何だろう?」と首を傾げていると、兵士たち横一列に並び、ストーンが一歩前に出てきて声を張り上げる。
「ノーブル様ご安心下され!!我らハーディス辺境伯私兵団一同が全力を持って御身をお守り致します!」
ババッと兵全員が胸に手を合わせ、片膝をついて頭を垂れる。
黒い革鎧に付属した赤いマントが翻るのと同時、精霊が持つ魔力の光が舗装路周辺の野山から噴き出した。
林の木漏れ日と合わせてノーブルの周囲を黄金の光が包み込む。地上にいるのに水中にいる様な浮遊感が辺りを包む。
「ふぉおぉおお…」
私兵団の行動に対する驚きと精霊たちの魔力が織り成す幻想的な光景への感動が合わさり変な声を出すノーブル。
「揺れにて見え会わす【レッドマーカー】!!」
「!?」
ストーンの手から光の塊が放たれるとノーブルに当たって弾けた。
ストーンが詠唱したのは【火系の探知魔法・レッドマーカー】
索敵魔法の様に大雑把な反応を知るためではなく、特定の【熱】から発せられる【色】だけが見える魔眼を発現させる。これは山での遭難防止のためから生まれた魔法である。
「流れにて触れ合わす【シナスタジアム】!!」
老兵と同様に地に向かって若い兵士が詠唱したのは【水系の探知魔法・シナスタジアム】
特定の触覚を共有することが出来る。水遊びする子供が水深が深いところで遊んでたりしないか察知する程度のものであったが、戦闘や交渉などの経験を有する者にとって、発汗や流血による触覚共有は相手の状態を把握する上で非常に便利なものである。
老兵はノーブルの不安を吹き飛ばす様に叫ぶ。
「この探知魔法で御身の状態に居場所を離れた場所から知ることが出来ます!」
「…」
「過分な配慮で煩わしいかと思慮致しますが!ノーブル様の安寧のため!私兵団一同は命を捧げてお守り致します!」
ストーンは大きく呼吸をし、今日1番の声をノーブルが踏み締める地に向かって張り上げる。
「ハーディスに栄光と安寧を!!」
「「「「「「栄光と安寧を!!」」」」」」
「………」
一同の声に祭りは終わったと徐々に還っていく精霊たち、暫くすると黄金の光が周囲に溶けていった。
「………」
「「「「「「「………」」」」」」」
沈黙に耐え切れずストーンが恐る恐る伺う。
「あの…ノーブル様?そろそろ出発もしたいので顔を上げてもよろしいでしょうか?」
「………」
一向に返信が返ってこないので無礼と知りつつ顔を上げるストーン。
「………」
顔を上げた先には立ったまま白目向いて気絶してるノーブルの姿があった。
「!?………おい…貴様…何時からノーブル様はこの状態だった?」
ストーンは肩を震わせながら【水系の探知魔法・シナスタジアム】を使った若い兵士に声をかける。
「ストーン団長が【レッドマーカー】打ち込んだ時じゃないですか?」
「何だとっ!?」
「ノーブル様の為だとしても、全員で呼び集めた精霊の魔力喰らったら、痛みの無い探知魔法でも卒倒もんですよ。【シナスタジアム】打ち込んだのに時、全く動じてませんでしたよ?」
「先に言わんかぁあああああああ!!!」
頭を垂れたままの兵士に向かって拳を振り下ろす。
「ふぉべぶっ!?」
舗装路の固められた土に頭から叩きつけられる若い兵士。
「おいたわしやぁああああ!ノーブル様ぁああああ!!」
そんな私兵団団長と地面に頭から刺さってる同僚に「またか…」と苦笑する兵士たち。ただし胸の内では静かに緊張感を高めている。
【探知魔法】使わざる得ない程の【敵】がいる。
団長ストーン含めて彼らは【火系の索敵魔法・レッドシーカー】の反応が異常だと知っているからだ。
調査隊・冒険者と思しき【熱】の集団は何かから追われてる様だが追っているモノの【熱】は無く索敵に反応しない。
【魔物】や【魔獣】だった場合どんなに体温が低くても、襲えば被害者の血肉によって多少の【熱】は残る。それが次々と消えるのだ。
恐らくは索敵魔法が干渉出来ない程の強力な【神域】。
そういった能力を持つ【魔物】【魔獣】の存在を考慮したが、本当にそんな存在がいるのだろうか全員が首を傾げる。
いるとすれば【魔王】と呼ばれる人智を超えた存在だけだが、500年も歴史に記されていない存在の可能性を彼等は思考の隅に追いやるのであった。