第十二話 あなたは一体……?
「いい加減、仕事をしろ。で、いくらで買い取ってくれるんだ?」
「痛いですよ〜。……買取ですか? あぁ、申し訳ないですけど、うちでは買取できませんよ。そんな大金、うちにはないので」
「はぁ?」
しばらく涙目で俺に叩かれた頭を押さえていた店員のその言葉に、俺は思わずまたチョップしてしまった。
「っふぎゃ!?」
店員はまたしても変な悲鳴をあげて痛そうしている。
「どういうことだ?」
「だからこんな高価なもの買取できませんって! 人によっては1000億バルでもくだらないという人がいるかもしれないレベルなんだよ!」
さっきから『バル』という単位を使っているが、どうやらこれがこっちの通貨単位なのだろう。このままバル基準で話していてもよくわからないので、どれくらいの価値があるのかとりあえず確かめることにした。
「ちなみに、お前の1日の給料ってどれくらいだ?」
「ええ!? いきなりなんですか! もしや、私を無償で一生働かせる代わりに指輪を買い取れとかいうんじゃ……っぷわ!?」
またわけのわからないことを言い出したのでとりあえずチョップしておいた。
「だから痛いですってば!! 本当にもう。初対面の男性に叩かれたのなんて初めてですよ! 失礼ですね!!」
「あぁごめんごめん。というわけでお前の日給を教えてくれないか? 実はこの街には来たばっかりで”バル”という通貨に慣れていないんだ」
「もっと誠意を込めて謝罪してください!! ってえぇ? そうだったんですか。まぁ、一般的なアルバイトの日給は8000バルってところですかね。私もそんなところです」
この街での労働状況はわからないが、おそらく日本円と同等と言っていいほどの価値だろう。なんともご都合主義な気がするが、実際に転生された身になってみると実に助かる。
……ということは、この指輪って1000億円相当!? 確かにこの世界の小国くらいなら買えそうな価値があるんだな……。
「なるほど。理解した……。じゃあ、俺から一つ提案をさせてくれ」
「なんです?」
まだ痛みが引かないのか瞳に涙を浮かべて両手で頭をさすっていた店員は、純粋に俺の提案に疑問を抱いているようだった。
「俺がこの街を出るまで、この指輪をこの店に貸し与える代わりに、ここにある指輪の全てを試用させてくれ」
「喜んで!!!!! 分解してもいいですか!?!?」
「それはダメだ」
「ぷぅ〜」
(まだ出会って10分程度だというのに、なんだかこの子の扱いにはもう慣れてしまったな……)
なぜか胸の内からこみ上げてくる残念な気持ちに肩を落としつつも、とりあえず|魔術指輪《マジック・リング》が手に入ることになったので良しとしようと俺は考えていた。
その後、ちょうど店に戻って来た店主にも話を通して、早速全ての指輪の能力をコピーしてみた。
ちなみに、指輪は嵌めた状態じゃなくても、触れるだけでコピーすることができるらしい。
俺の能力のことがバレると、あの言語理解能力のこともあるし面倒ごとに巻き込まれそうだったので、店の連中にはごまかしながら、手にいれたばかりの能力をパパッと試す。
予想外だったのだが、どの
勇者候補たちがこの能力を女神から受け取らなかった理由は、別に
ともかく、初めての魔法に一通り感動したあと、俺の持つ能力を整理して、すぐに勇者の探索に向かったというわけだ——。
俺の
金ピカの鎧に包まれ、剣を両手で構え、そしてこちらを睨んで来ているその姿は、まるで勇者のようだった。
「お前、詠唱をしていないようだが、
「指輪など俺には必要ない。それをいうならお前もあの一瞬でどうやってバリアを張った?」
「そんなん教えるわけがないだろ」
「まぁそうだよな。……ならそろそろこの戦いも終わらせようか」
互いに隙など一瞬も見せないように相手から目を離さず、徐々に攻撃を打ちやすい状態に移動していく。
だが先ほどとは違って、俺にも勇者にも落ち着きがあった。
すぐに攻撃しようというわけではなく、最適なタイミングを狙って力を温存しているようだ。
「
覚えたての能力名を呼んで、今度は俺から先制攻撃を加える。
俺がその名前を言い終える前に、まるで俺の周囲を囲むようにして半径2mほどの球が雷のような光で生成され、俺が右腕を勇者の方へ振り上げるのを合図として、それからいくつもの稲妻が勇者の元へ放たれた。
「こんな攻撃ごとき——っぐは!?」」
俺が腕を上げた隙を勇者は見逃さず、一刹那の間に俺を間合いまで捕らえた。勇者をめがけて放たれた稲妻は対象を失って地面に霧散する。
そして勇者の剣が俺に触れようとした瞬間、俺の左手から放出された一筋の電光によって勇者は先の砲撃のような勢いで吹き飛んで行った。
「勇者の注目を引くためにわざわざ必要もないのに右腕を上げたわけだが、まさかここまで綺麗にひかかってくれるとは」
俺の攻撃にさらされる直前、間一髪といったところで剣を盾にすることで直撃を避けたものの、その威力に押されて壁まで飛んで行った勇者を見ながら、俺は純粋に勇者の愚かさを認識していた。
「……ックソ。やるじゃねーか。だがな、もうお遊びの時間はおしまいみたいだぜ?」
俺はブラックリストから俺の名前を除名するために勇者の身柄を公安に引き渡そうと、あえてとどめは刺さないようにしようと考えていた。だが、そもそも俺に追撃を許させないほどの速さで剣を拾い上げて戦闘体制に入ったのでまた攻撃を仕掛けようとしていた。
そんな時、勇者は何が面白いのか『ケラケラ』と人を小馬鹿にするように笑い始め、そんなことを言いだした。
勇者の視線の先を追ってみると、路地の脇道からまるでゾンビのようにゾロゾロと傭兵風情のチンピラが湧き出て来た。
どうやら勇者の仲間が騒動に駆けつけて来たらいい。
「グハハハハッ! これでお前も終わりだな! さすがにこの数の剣士はさばけないだろう?」
その勇者の言葉通り、傭兵の数は20を超えているだろう。ここが路地ということもあって、脱出路が全く見出せない。
本当にこんなのが勇者なのだろうか。という疑問はさておき、さすがにこれはかなりまずい。
勇者との戦闘前ならあるいはやれたかもしれないが、範囲攻撃系になりうる能力をすでに二つ使ってしまっていて、もうあとがない。一度使うとしばらく使えないという|魔術指輪《マジック・リング》の痛いところだ。
一対一でやろうにも、いくら身体強化や反射速度が速くなっているとはいえ、昨日までただの素人だった俺が素手で敵うような相手ではないだろう。
(これはやばいな……。どうにかして逃げ道さえ作れれば……)
残りの有効的な能力を脳内でリストアップして、今にも一斉に襲いかかって来そうなチンピラへの対処を考えていたとき、俺の背後で怒声と共に凄まじい爆発音が鳴り響いた。
「
振り向くと、チンピラどもの肉壁に、火炎球によって開かれた通り道ができていた。
俺は急いでその道の始点を探そうと突如できた道を目で追うと、そこには、左腕を道の方へと伸ばし、爆風から顔を守るようにして右腕で顔を覆っているコート姿の女性がいた。腕一本ではこの爆風は防ぎきれなかったみたいで、被っていたフードがとれたことにより、肩に付くくらいの長さの鮮やかな白髪がバサバサと風に煽られ、目を細めている。そう、彼女はすっかり存在を忘れられていたナンパ被害者の女だった——。