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(本文)

 おれなんかもう死んだほうがいいのだろうか……。
 深夜の住宅街を歩くサラリーマンの男。男の背中はうちひしがれ、弱々しく見えた。今日も仕事でミスをしでかし、さんざん上司にしぼられ、残業してくたくたになって帰るところだった。思えば男の人生は失敗の連続だった。学生のころから人より要領が悪く、勉強もスポーツも不得意。誰からも評価されず、いつもばかにされ、いじめられる立場だった。就職してからも仕事はだめで、同期や後輩に次々と追い越されていく。自己嫌悪を繰り返す日々を送っていた。
「おい」
 突然近くから声をかけられ驚いた。物思いにふけっていたので人の気配にまったく気づかなかった。
「……は? 私ですか?」
「金を出せ」ナイフを突きつけられた。
 なんてこった……強盗だ! おれは能がないだけでなく、ツキもないのか……。
「さっさと出せ」男に押しつけるかのように、強盗はさらにナイフを突きだしてくる。
「あ……ああ、えーと……」
「待ちなさい!」
 うろたえる男の頭上から、甲高い少女の声が降ってきた。男と強盗が二人とも驚いて見上げると、十代前半の少女が民家のブロック塀の上につっ立っていた。少女はセーラー服を彷彿とさせる派手なコスチュームに身をつつみ、ヨガとジョジョ立ちを掛けあわせたような奇天烈な決めポーズのまま微動だにしない。強盗は慌てて少女のほうにナイフを向ける。
「な、なんだてめえ!」
「月とは無関係に自分の裁量で悪を斬る! 美少女セレブ戦士プリプリムーンさんぢょうっ! 路上強盗などふてえ話だわっ」
「なに言ってんだお前……怪我したくなかったらがきは失せろ!」
「そうはいかないわ。あたしは町の平和を無給で守る美少女セレブ戦士……」少女はバレリーナのようにブロック塀の上でくるりと一回転し、再び奇天烈な決めポーズで言った。「プリプリムーン!」
「やかましい! 消えろっつってんだろこのがき!」
「あたしが守るこの町で路上強盗とはいい度胸ね。この下賤で低所得な中年親父! そういう悪は、月とか太陽とか火星とかいった天体的なものには一切関係なく、このあたしが、自分の裁量で……斬る!」
 再び決めポーズ。
「低所得ってなんだこのやろう、殺すぞガキゃあーっ!」
「この世に身も心も醜く肥え太った加齢臭を放つこ汚い中年親父は……」ここでまた一回転して決めポーズ。「栄えない!」
「なんだその決めぜりふは!」
「そして近寄ると缶コーヒーとタバコのすえた臭いがして……」強盗を無視してさらにまた一回転して決めポーズ。「くさい!」
「完全にただの悪口じゃねーか……くっそう、なめんな!」
 しびれをきらした強盗は塀の上のプリプリムーンの脚をナイフで切りつけた。
「とーうっ!」プリプリムーンは強盗のナイフをひらりとかわし、男と強盗の間に割って入る位置に着地。そして反射的にあとずさった強盗にむかって高飛車に言い放った。
「やい、この低所得な路上強盗!」
「しつけーな低所得って!」
「あたしが無給で守るこの町で路上強盗なんかしたのがあんたの大間違いよ。こんこんちきよ。おとなしく空き巣とか押し込み強盗でもやってればあたしに退治されずにすんだのに、愚かなことをしたわね」
「な、なに言ってんだ? 空き巣や押し込み強盗だって立派な犯罪だろうが」
「犯罪かどうかとか、そんなのどうでもいいことよ!」
「ハァ?! どうでもいいってなんだよ」
「あたしはひとりで町の平和を守ってるから、路上以外の平和は管轄外なのよ。路上だけで手いっぱいなのよ。個人の自宅内の平和に関しては住人様各自の自己責任でお願いいたします」
「分譲マンションの管理人かお前は!」
「問答無用! いくわよ!」
 呆然と立ちつくすサラリーマンの男をよそに、プリプリムーンはさっさと強盗に飛びかかった。
「ムーン=エクセレント=ブルーマウンテンコーヒー!」ナイフを持った強盗の手に素早く強烈な蹴り。「いてええぇっ」
「ムーン=ゴージャス=イカスミパスタ!」ナイフをとり落とし、拾おうと屈んだ強盗の顔面に狙いすました蹴り。「ぎゃっ!」
「ムーン=ビューティフル=アールグレイティー!」口から血を流し、口元をおさえてうずくまる強盗を前蹴りで地面に突き倒す。「うわっ!」
「ムーン=セレブリティ=サーロインステーキ!」地面から起き上がろうともがいている強盗の脇腹に無慈悲な爪先蹴りを連打。「ぐえっ!……ぐえっ!……ぐえっ!」
「ムーン=エレガンス=ショートケーキ!」地面に突っ伏して嘔吐している強盗の後ろに回り、躊躇なく股間を蹴り上げる。「おえーっ、おえーっ、おゲッッ!」
「ムーン=ワンダフル=クリームパフェ!」意識を失って地面に横たわる強盗の頭にとどめの蹴り。「……」
「……。ムーン=アメイジング=シラタマゼンザイ!」何か物足りなかったのか、完全に動かなくなった強盗に無意味な蹴り。「……」
 あっというまの惨劇。ぴくぴくと痙攣する強盗を満足げに眺めたあと、プリプリムーンはサラリーマンの男に向き直った。
「危ないところだったわね。でもお礼なんていらないわ。私は町の平和を守るため、低所得で臭い悪人と無給で戦う美少女セレぐぶぁっ?!」
 決めぜりふを言い終える前にプリプリムーンの下腹部に拳がめり込んでいた。腹を押さえてうずくまるプリプリムーンの前に、わなわなと握り拳を震わせるサラリーマンの男が仁王立ちになっている。
「な、なにをす……」
 男の顔面は怒りに歪み、爆発寸前といった体でひくついている。
「ふ……ふ……ふざけんなこのやろおおぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ! 何が……何が美少女だ、何がセレブだ! 自分でいってて恥ずかしくねーのかずうずうしい! ちょっと顔が可愛いからって調子のりやがってばかやろう、何がプリプリムーンだこのがき!」
「ちょ、ちょっとあんた……助けてもらった恩を仇で返す気?」
「うるさい! なにがセレブだ! 働いたこともねーくせに世の中なめてんじゃねーぞ! だいたいてめーがきのくせしやがってなんだその口のききかたは! 大人に対する口のききかたもしらねーのかばかたれが! 親のしつけががなってねーんだふざけやがって。なにがセレブだちきしょう、許さん!」
 男は腹の痛みで動けなくなっているプリプリムーンに飛びかかって組み伏せた。
「きゃーーっ!」
 馬乗りになって往復ビンタの嵐。
「きゃーーっ!」
「なんだふざけた服着やがって、こんなもん!」
 コスチュームの上着を、ボタンをはじき飛ばしながらびりびりと引きちぎる。
「きゃーーっ! なっ!何をするだァ―――――ッ!」
 続いてブラジャーもはぎ取る。
「ちょっと、あんたおかしいんじゃないの!」
 上半身を隠そうと両手が塞がっているプリプリムーンに一切の容赦なく、ミニスカートも脱がす。
「きゃーーっ! やめてーーっ!」
 ほとんど全裸状態で、這って逃げようとするプリプリムーン。男は無造作に両手でパンツの端をつかんでつかんで力任せに引っぱる。プリプリムーンも胸を丸だしで両手でパンツをつかんで必死の抵抗を試みるも、容赦なく引っぱられるパンツの生地で腰ごと浮きあがるような状態になり、やがて限界まで伸びきったパンツが引き千切れる。
「きゃーーっ! 変態ーーっ! ちょ……本当に変態っ。ガチの変態!」
「ばかやろうこのやろう! 毎日毎日低賃金でこき使われてな、上司のパワハラで人格を否定されてりゃな、精神が歪んで当然なんだよ! ロリコンになって当然なんだよ! だからおれは全然正常なんだ! 悪くないんだ! ヒヒヒ! ゼエ、ゼエ……な、何が、プリプリムーンだ、ヒヒ……子供のくせに、いいケツしやがって……ヒヒ、生意気だ……ヒヒヒ……」
「やめてーっ、あたしは中学生よーっ」
「うるさい! 中学すら卒業してないようながきが、社会にでて働いてる大人に逆らうんじゃない!」
「やめてー! 子供への人権侵害よっ! 性的虐待よーっ!」
「ばかやろうユニセフなんか大嫌いだこのやろう! 社会にでて働いてから一人前の権利主張しろってんだこのやろう! おれなんか毎日会社で罵倒されて人権侵害受けまくってるけど食ってくためにしかたなく我慢してるんだばかやろう!」
「やめてー! あたしはセレブなのよ! プライドがあるのよーっ。低所得の三下サラリーマンにレイプされるなんてまっぴらごめんなのよー!」
「うるさい! ばかやろう! うるさいばかやろう! 高給取りのエリートサラリーマンだったらレイプなんかするかこのやろう! あいつらはレイプなんかする必要ねーんだ! あいつらは金もってるからな、高い金出してマンションに愛人かこったり高級デリヘル嬢呼んだり高級ソープ行ったりしてるからな、必要ねーんだ! おれをばかにして、さんざんこき使って搾取した金でな! そうやって搾取した金で裕福な生活してる家に生まれて、のほほんといい暮らししてんだから、お前らセレブのがきからおれが搾取するのは当然だ! 返せっ、搾取された、おれの労働力! 返せっ、性的労働でっ!」
「やめてーーっ!」
「くらえっ、搾取されたおれの悲しみを! 思い知るがいいっ、社会の厳しさを!」
「あーーーーっ!」
「どうだー! これが、社会の厳しさだーっ!」
「あーーーーっ!」
「これは……仕事中エロサイト見てたのがばれて上司に一時間小言を言われつづけた、おれの分!」
「あーーーーっ!」
「これは……大量誤発注で上司にどやされまくった、おれの分!」
「あーーーーっ!」
「そしてこれは……女子社員の脚をちらちら見てたら『仕事は半人前なくせにセクハラだけは三人前ですね』と氷のような眼つきでいわれた、おれの分だあああーーーーーー!」
「あーーーーっ!」
「どうだー! いい気になりやがってー! 社会は厳しいんだぞーーーっ!」
「あーーーーっ!」
「くっそ~、いいけつしやがってー!」
「あーーーーっ!」
「子供のくせに生意気だー!」
「あーーーーっ!」
「世の中なめてるからこんなけつになるんだー!」
「あーーーーっ!」
「くっそ~いいけつだーっ……ハッ、このけつか!? このけつで、男たぶらかすのか?!」
「あーーーーっ!」
「このけつに、またばかな金持ちがだまされて結婚していい暮らしするのか? このけつでまたセレブ暮らしなのか?!」
「あーーーーっ!」
「それでまたばかでいいけつのがき産んでそいつがまたばかな金持ちをいいけつでたぶらかして結婚してまたばかでいいけつのがき産んで……」
「あーーーーっ!」
「そうやって、延々と続いていくのか! ばかでいいケツのセレブの搾取が!」
「あーーーーっ!」
「そしてそのばかでいいけつのセレブどもに、おれの子供やその子孫たちも搾取され続けるのかーっ!」
「あーーーーっ!」
「くそー許せんっ! 許せんぞこのけつーー!」
「あーーーーっ!」
「そんなに搾取したきゃおれの精子を搾取させてやるーーっ! どうだーっ、一滴残らず搾取してみろーーっ!」
「あーーーーっ!」
 プリプリムーンに倒された強盗がようやく意識を取り戻し、起き上がってきたものの、男がプリプリムーンをレイプしている状況が理解できない。一体自分が気絶している間に何があったのか……。しばらく呆然と見ていたが、しかしとうとう惨状をみかねて止めに入った。
「お、おい、なんか知らんけど、お前やめろよ……やりすぎだぞっ。なんか知らんけど……」
「強盗のくせしていい人ぶってんじゃねーぞごらああああああ!」
 転がっていたナイフで強盗の胸を一突き。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」
 ふと、我に返った。気づくと足下には、自分が強姦した女子中学生と、自分が刺し殺した強盗が倒れていた。地面に倒れ伏した強盗の体の下から、血だまりが広がっていく。地面に倒れ伏しているプリプリムーンの股間から、自分の精液が流れ出している。
「ひひ、どうだ、ひひひ……敵を、とってやったぞ、おれの……子孫の分まで!」
 そして思い出した。そもそも自分に子供はいない。 妻もいないし、それ以前に恋人すらいない。
「……全部、全部会社が悪いんだ! 社会が悪いんだ! おれに冷たい世間が悪いんだーーーっ!」

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