そして私は歩き出す
外に飛び出した途端に、身体の中を揺さぶられるような感覚がして吐きそうになった。
うげぇ、
なんとかそれに耐えながら周囲を見渡してみると、空一面がドス黒いなにかで覆われていて、空以外の世界は全て紫色に染まっていた。
うはーさすがは異世界。
これはまたなんというか、まさに世紀末って感じだね。
流石にこの不気味な景色が日常の光景だとは思いたくないけど、どうなんだろ。
と、そこまで考えてから――私は足に着地の感覚が伝わってこないことに思い至った。
理由を探して下に目をやると、地面がなかった。つまり私は落下してる。
落 下 し て る よ !!
上空の黒いアレがなんなのかとか視界が紫に染まっている理由だとか、現在進行形で気分がすこぶる悪いこととか。
そんなことに意識を割いてる場合じゃない!
というかなんで!?
顔を上げると、はるか上空に大地のようなものがかすかに見えた。
ちょっとうそでしょ!? 浮遊大陸だったの!?
転移したら身体能力も上がるって聞いてたからさ、ある程度の高さからなら飛び降りても平気だろうって算段で、確認もせずに飛び降りたのは私なんだけども!
まさか窓の外が空の上だなんて思わないじゃん!
テンパりながらも下を見ると、広大な森林が広がっているのが分かる。
私はそこに向かって落下し続けている!
血の気が引いた。
どうする……!?
〈
いや、流石に無理じゃない!? えっと、それなら他に……ダメだ、焦りと吐き気で上手く頭が回らない……ッ。
みるみる地面が近づいてくる!
このままじゃ……クソッ。
ろくに対応策も取れないまま、とっさに全身を硬質化させたところで私の身体は木々を突き破り、そのまま地面へと激突した――。
◆◇◆◇◆◇◆
気を失っていたのは一瞬だったようで、私の意識はすぐに覚醒した。
でも分かる。さっき私は一回死んだんだって。
腰袋を開いてみると、やっぱり〈復活の玉〉が消失している。
……なんてこった、いきなり大事な保険を失ってしまった。
100Pもした激レアアイテムなのに!
だけど今は嘆いてる場合じゃない。ただでさえ時間がないこの状況で、自由落下してた時間に加えて意識を失ってた時間まで追加でロスしてるんだから。
くそう、この滅亡の危機を回避出来たら、のんびりスローライフを目指してやる!!
そう決意することで自分を奮い立たせて、リュックから赤色と青色のポーションを取り出してグイっと一気に飲み干した。
それからもう一本青ポーションを取り出し口に咥えてから、腰袋を外して中へと両手を突っ込む。
……あの空を覆ってる黒いのが、落下してきてる「別の世界」だよね。
木々の間から覗くそれをしっかり見据えて、まずは〈
実体がない腕で触っただけなのに、接触した途端に凄まじい怖気と拒否感が心の中に湧き上がってくる――けどここは我慢!
私は歯を食いしばりながら〈多重発動〉を〈多重発動〉させて、更にそれを〈多重発動〉させるという工程を繰り返していく。
口に咥えた青ポーションを舐めるようにチビチビ飲みながら、幾重にも〈多重発動〉を重ねる。
発動出来る同一スキルが五十を越えたのを確認して――私は腰袋の中の神石達に指で触れながら、一気に〈魔石化〉を発動させた。
◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと、視界には青い空が広がっていた。
「……生きてる」
這いずるようにリュックへと近づいて、中からポーションを取り出し口に含んだ。
身体に活力が戻ってくるのを待ってから、自分と周囲を確認してみる。
空は青色、世界は紫色ではなくなっていて、そして私は五体満足だ。
「いやっふぅううううううう、生きてるぞぉおおおおおおお!!」
気が済むまで喜びを爆発させたあとで、私は気絶する前のことを思い返す。
落下目前で、世界同士が衝突寸前まで近づいたことの影響なんだと思うけど、怖気と吐き気がどんどん酷くなっていって、意識も保っているのが辛くなってきて、やっぱ無謀だったか……なんて思いながらも最後にイチかバチか神石無しでの〈魔石化〉まで使って、それで気絶したんだけど。
どうやら運良く死なずに済んだようだ。
そして、なんとか間に合いもしたらしい。
私の手の中には、黒く輝く宝石が握られていた。
本当は、神石のうちいくつかは当面の資金にするために残しておきたかった。
でもまあ、この黒い宝石――「世界石」とでも呼ぼうかな――これがあればなんとかなるだろう。多分。
なんたって、この世界の危機は去ったんだもんね!
そうさ、私の手によって!
なんて自分に酔いしれていたところで、私はふと思い立って上空を見上げる。
神様、見てたりしないかな?
「おかげさまで、私は生き残ることが出来ましたよーーーー!」
そう大声で叫んでから、私は意気揚々と森の中を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
神様は一人レースゲームに勤しみながら、変わらず楽しそうに笑っていた。
「いやー、ほんとに滅亡フラグを潰しちゃったかー。さすがはカナンちゃん、持ってるなーっ」
うんうんと満足そうに頷いてから、言葉を続ける。
「これで少しは向こうの世界の
届くことのないエールを送ると、神様は再びゲームへと意識を戻した。