閑話2 キマイラ討伐の英雄
震えが止まらない。明らかに格上の魔獣を相手に腹の底から震えが湧き上がってくる。ああもう、どうしてこうなった?
「・・・エレスはもう少し考えてから行動すべき」
「言うな、わかってる」
「勝算はあるの?」
「ない!」
「わかった。夫ともに死ぬのも妻の務め。私は貴方と一緒なら悔いはない」
「ってまて、なんで死ぬのが前提なんだ!?」
「だって、逃げるのはもっとありえない。でしょう?」
「こういうとき付き合いが長いのって考えもんだな。しかしまあ、まだ俺は死ぬつもりはないぞ。
夢の食っちゃ寝生活を手にれるまでは!」
「そう、じゃあ死なないようにがんばりましょう」
不思議と震えは止まっていた。いつもマイペースなこいつに引っ張られたんだろうか?平常心、いい言葉だ。
行く手に雷光が轟き立木がまっぷたつに裂けて燃え上がった。炎に照らしだされた獅子の頭、背中から山羊の頭が生え尾は蛇。獅子の口が開き咆哮が響く。新米兵士とかではこれだけで立ちすくむだろう。
ミリアムの手から魔力弾が放たれるが、キマイラの眼前でかき消される。飛びかかってきて前足の爪が振るわれるが飛び退って躱す。剣を振るうが剛毛に阻まれかすり傷を追わせるのが精一杯。山羊が呪文詠唱を始めたらミリアムが魔力弾を打ち込んで止める。一進一退の攻防はともに決め手を欠くが、徐々に体力を奪われてゆく。ジリ貧だ。
「はわっ、はわわわわああああ」
「ちょっと待てミリィ、お前こんな場面で何でスベって転んでるんだ!?」
尾の蛇が鎌口を開け、少女の喉元に食らいつこうとした刹那。
「初太刀・断」
東方の鎧を着込んだ戦士が、カタナを振るい蛇の頭を切り飛ばした。
「雷電閃!」
裂帛の掛け声とともに、槍の一閃が獅子の片目を貫いた。
「義によって」「助太刀いたす!」
ズビシっと決めポーズを取る二人の戦士にキマイラも唖然としているように見えた。
参戦してきた二人の攻撃により、キマイラに傾きかけた流れを押し戻した。しかし3つの頭全てを潰さないとキマイラは死なない。3方向から交互に攻撃を繰り返し、的を絞らせないようにして攻撃を加えるが、そもそもこちらの攻撃がほとんど通らない。
「むむむ、なんという硬さ」
「ムウ、我が刀術、未だ未熟」
「あー、すまん、なんか巻き込んじまって」
「けど、これで生き残る目が出てきた。ここは私達の幸せのための礎になってもらうべき」
「いやいやいや、ちょっとまたれい?!」
「おいいいいい、拙者たちを生け贄にする気でござるかあああああ」
「いやー、あんたらとは初対面な気がしないな。いいツッコミじゃないか」
「どういうことでござるか?」
「はっ、これはもしやナンパというものではなかろうか?
すまぬ、拙者には故郷に許嫁を残しておるのだ」
「誰が好き好んで野郎にコナかけるんだああああああああああ!!!」
「エレス、浮気?浮気なの?私にずっと手を出さないと思ったら、まさか女に興味がなかっただなんて・・・」
「いや、そう気を落とすでない。世間は広い。もっと良き男がソナタの前に現れる日も来るだろうよ」
「そうだな、例えば拙者などいかがかのう?」
「待てこら、それをナンパっていうんだよこの色ボケが!?」
「えっ、でも私には心に決めた相手が・・・」
「テメーらいい加減にしやがれエエエええ」
なんだかよくわからない感情とともに魔力を剣に込めて切りつけ、前足の片方に深手を負わせることができた。
この二人大概だな。ってか、山羊の目の前に魔力が集まりだした。やべえ、大技が来る。
「なんかでかいのが来るぞ!防御態勢!」
「任せて」
ミリアムが両手を前に突き出し防御魔法を唱えた。
【森羅万象の息吹よ 集いて万能なる盾となれ ファランクス】
手のひらの前に魔力球が現れ魔力で出来た極小の結界がスケイルメイルのような形で展開される。
ガアアアアアアアアアアア!!!
怒号とともに雷の嵐が吹き荒れた。小さな盾が雷撃を吸収し、中和し消えるたびに魔力球から新たに生み出される。
「なんという。すべての属性を内包した魔力球から半属性魔法か同属性で中和して遮断するとは」
「私のオリジナル魔法」(フンス
「ミリィ!決めるぞ。あれ叩き込んでくれ」
「分かった。少し時間をちょうだい」
「ってことで、お二方、ちょいとばかり時間を稼いでくれ。大技叩きこむ」
「「承知!」」
二人は交互に攻撃を加えるが、今まで3人で保ってきた均衡を保つには若干厳しい状況だった。山羊が小刻みに魔力弾を放ちそれで攻撃機会を削られている。遠隔攻撃を使えるミリアムはいま呪文詠唱中。俺自身も飛んで来る魔力弾をミリアムの前で防いでいた。
【時を封ぜし器 凍土の棺 古の盟約により今その縛めを解き放たん
我が招きに従い来たれ氷河の王 冬嵐の姫 新たなる契りによりて絶対なる刃を賜らん
山羊が詠唱を始めてる・・いかん、雷撃魔法だ。魔力障壁で自分とミリアムは凌いだが、二人の戦士は直撃を受けた。生きているが麻痺しておりなんかプスプス焦げながら倒れ伏している。獅子の口からブレスが放たれようとしていた。流石にこれは防げねえ。
【堅牢なる力よ 女神の加護をこの盾に与えよ ランパートレイド】
カイトシールドを掲げた剣士が炎ブレスとの間に割って入り防いだ。
魔力を集めていた山羊の眉間に矢が突き立った。
近くの立木に弓を持った男がちらっと見えたが、即見失った。見事な隠形だ。
「いまだ、やっちまえ!!」
テスタメント・ストーム】
ミリアムの手から純白の光が放たれキマイラに降り注いだ。表面は白く凍りつき氷像のようだ。普通の生き物ならここで息絶える。その常識が通用しないのが上位魔獣って連中だ。氷結系最上位魔法を食らってまだレジストしようとしてやがる。俺の体内の魔力のためも完了した。
「これでトドメだ!おとなしく死んでくれ」
自己強化魔法をかけて踏み込んだ俺の一歩はその場にいた誰の目にも映らなかった。
「でえええりゃあああああああああああああ」
渾身の横薙ぎで山羊の首を飛ばす。こっそり再生しかけていた蛇を根本から切り飛ばす。返す横薙ぎで右前足を切断、唐竹割りの斬撃でキマイラを左右に分割した。
どうやらこいつ、中まで凍っていなかったらしい。返り血を浴びて赤黒く染まった俺を見て、盾を掲げた剣士、カイルが引きつった笑顔を返してきた。どうやら一連の攻撃が目に止まらず、俺が4人に分身したように見えていたらしい。
キマイラの断末魔を聞いて館からギルドマスターと村長が兵を率いて飛び出してきた。血まみれの俺を見て息を呑んだが、返り血だと気づくと畏怖の表情を浮かべた。上位魔獣をまっぷたつにできる人間は普通いない。考えようによっては上位魔獣以上に危険な存在である。視線が突き刺さるようだ。ミリアムを見ると無言で頷く。そして俺たちはこの場を立ち去ろうとした。
「どこへ行くんですか?」
「化物はお前たちとは相容れないだろう?」
「化物は退治されましたよ?なあみんな、そうだろう?」
笑顔を浮かべて殊更に明るく告げる。
「ここにいるのは、村を滅亡の危機から救ってくれた英雄だ、ちがうか?」
一部の人間は居心地悪そうに顔を見合わせている。
「カイルの言うとおりじゃ。英雄どの、私に出来る限りの礼をさせていただこう
よいか、命を救われた我々がこの方を信じずしてなんとする?」
「いいのか?あんたの立場が悪くなるかもしれない」
「村を滅ぼした村長以上の悪評があるなら聞いてみたいものですな」
「分かった、世話になる。俺の名はエレス。連れはミリアムだ」
「私はカイル、村長の息子です」
「拙者はイセノカミ・トモノリと申す。エレス殿、一つ頼みがあるのだが・・・」
「わしはビゼンノカミ・ナガマサ。トモノリの相棒をやっておる」
「「我ら二人をエレス殿の臣下に加えていただきたい」」
「え?」
「キマイラを打ち倒す武勇。力なき民衆を守る気高さ。我らの主にふさわしい!」
「さよう。我が目を疑いましたぞ。たった二人で上位魔獣に立ち向かうなど、並の胆力ではできもうさん!」
「「感動した」」
そうかい、俺はドン引きだ。
「俺は一介の自由戦士だ。家臣を持つようなものじゃない」
「そこをなんとか!」
「禄は出世払いで結構、それまで無給でも構いませんぞ!」
「ミリィ!なんか言ってやれ!?」
「私のことは奥方様と呼ぶようにね」
「「承知、奥方様!」」
「なじゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
何が功を奏するかわからないものである。この掛け合い漫才のようなやり取りを見た周囲から笑いがこぼれていた。少なくとも刺すような目線は感じられない。なんか気が抜けたら眠くなってきた。夜もしらじらと明けているってことは一晩中戦ってたのか。周りの喧騒が子守唄に聞こえてきて、俺は意識を手放した。
目覚めはあまり良くなかった。キマイラと戦うとかあまりまともな夢見ではない。体の節々が痛むのは少しなまっているのだろうか。意識が覚醒するにつれて、今自分が寝ている場所が宿屋ではないことに気づく。
「知らない天井だ」
「そういうのはいい、エレス、大丈夫?」
どこからともなく取り出したハリセンで俺にツッコミを食らわす。
「いてえ!・・・しかしひどい夢だった。何を血迷ったのかキマイラに食われそうになってな」
「いや、それ夢じゃないから」
「え?」
キマイラを真っ二つにしたあと、俺は3日間眠り続けたらしい。
援軍にやってきたオルレアン伯の手勢が揃ってあんぐりと放心していたのは良い見物だったそうだ。キマイラ討伐の報告は王都にも伝わったが、ミリアムが気を利かせて俺の名前が表に出ないようにしてくれていた。その時の説明が巡り巡ってイリス王女の耳に入るのだが、それはまた別の話である。
2ヶ月ほど村長宅で食客をしていた。ギルドで仕事をこなし、日々をのんびりと過ごしていた。
トゥール村は一時的にオルレアン伯が代官を派遣してきて統治を代行してくれている。
「エレス殿、誠に申し訳ない仕儀となっておってですの」
俺を呼び出した村長が開口一番不穏なことを口走った。
「何か不都合でもありましたか?」
「キマイラを真っ二つにするような豪の者が無名で埋もれるは国の損失と、調査団が来るそうなのです」
「なるほど、ここにいると厄介事に巻き込まれると。
「左様、して、一つ提案なのですが、王都に行きませぬか?」
「そう、そういうこと」
「どういうことだ?」
「木を隠すなら森のなか、そいうことですね?」
「仰るとおりです、ミリアムどの」
「で、どうすればいいの?」
「オルレアン伯から士官学校への推薦状を頂いております。2年間そちらで過ごしていただければ、ほとぼりも冷めますでしょう」
「良いと思う。王都で二人で暮らすのも悪くない」
「いや、おま、目的がすり替わってないか?!」
「カイルも王都にて学ばせることとなっておりまして、コヤツを使っていただければ」
「私とエレスの邪魔はさせない」
「いや違うからね、てゆーか誤解を招く言動はやめろおおおお」
「む、まだ婚儀に至っていなかったのですか」
「エレスは照れ屋さんだから」
「でしたら環境が変わればなにか進展があるかもしれませんのう」
「余計なことを言うんじゃねえええええええええええええええ」
そんなこんなのドタバタで、トゥール村での俺の平穏な日々は終わりを告げたのだった。
あーもー、どうしてこうなった。