バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

夢なら醒めてよ ②

「うぅ” ―― もー、ヘトヘトだよぉ……」


  自分にしか聞こえない程度の声で呟きながら、
  エレベーターホール脇の自販機コーナーへ
  ヨロヨロと歩いて行く ――。
  
  
「―― 大丈夫かぁ?」


  突然、後ろから声をかけられた。
  
  振り返ると同時に、エロエロ大魔神 ―― イエ、
  氷室統括部長から缶コーヒーを手渡された。
  
  いつも私が飲んでる銘柄のヤツ……。
  
  
「ま、だいじょぶです」

「あんまし根詰め過ぎてると、そのうちパンク
 しちまうぞ。適度に力を抜け。無理すんなよ~」
 
 
  キラキラ笑顔が飛び込んできた。
  
  勤務中のあまり愛想がない時とのギャップが……
  タイミング良すぎて……眩しすぎて……心臓が、
  ドッキン ドッキン 騒ぎ出す……。
  
  こんな時、こんなの反則だよ……。
  
  立ち去っていく彼の後ろ姿を缶コーヒー握りしめ、
  思わずじっと見つめてしまっていた。
  
  
 ***  ***  ***
 
 
「―― さっき、氷室統括から缶コーヒー貰ってた
 でしょ」


  部署へ戻ると早速、お隣の席の長谷川 麻紀が
  ”待ってました!”とばかりに、声をかけてきた。
  
  彼女、年はタメだけど大学は3年でドロップ
  アウトし、お父さんのコネでこの会社に入社した
  ので、一応先輩。
  
  
「うん、貰ったけど」

「クールビューティ・氷室から缶コーヒーって
 凄すぎっ! もしや、社内初の統括お気に入りなんと
 ちゃう?」
 
「んな、大げさな……部長は私があまりに余裕なさ気に
 してたから、見るに見かねただけだよ」
 
「意外と凪のその超鈍感、ドジっ子ぶりにヤラれた
 のかもよ~」


  やけに楽しそうに、麻紀ちゃんは続ける。
  
  
「けど、くれぐれも気を付けなさいよ? 氷室統括部長
 狙ってる女子はかなりいるんやから」
 
 
  出たっ! これが社内スキャンダルってやつ?
  
  
「うん、ありがと麻紀ちゃん」


  麻紀ちゃんからの忠告を頭の中にとどめていたのは
  ほんの束の間、すぐに私は目の前の仕事に忙殺され
  いっぱいいっぱいになっていった。
  
  
 ***  ***  ***
 
 
「お疲れぇ、凪ぃ」

「あ、お疲れ様ぁ」


  就業後、ロッカールームでバイト仲間の
  通称”ノン” こと 金城法子と一緒になった。
  いつもは入ってるシフトが別々なので、
  こうして顔を合わせたのは
  今年度に入っての初めてかも。
  
  ノンは営業課推進部に所属している。
  

「仕事はどう? 上手くいってる?」

「ん、まぁ ―― ボチボチと、ね。ノンはどうよ?」

「結構イイ男が多くてさ、どの人のお誘いを受けるかで、
 毎日困ってる」
 
「アハハハ……」


  ノンらしい。
  
  
「そうなんだぁ……ノンは中学の時からめっちゃ
 モテてたもんね」


  私達は中学・高校時代の同級生。
  『ノンは ―― めっちゃモテてた』と、言ったが、
  私達の学校は小・中・高、一貫教育の女子校だった
  
  けど、何かと観察眼の厳しい同性から熱烈な支持を
  得られるって事は、それだけ異性にも好感を
  持たれ易いって事なのかも、と、思った。   
 
 
「いよいよ明後日は営業会議だね~。各支社からの
 営業さんも集まるから、すっごく楽しみぃ」
 
「だねー」

「凪はどうなのよっ。うちの部の足立さんとか
 北見さんとか1度一緒に食事がしたいって
 言ってたよ」
 
「ん、今んとこ仕事だけで手一杯やから、落ち着いたら
 考えてみる」

「んな事いってると、あっという間にお局様よぉ。
 ま、凪がそうなる前にこの私が探しといてあげるから
 まっかせなさぁい」
 
「あ、う ―― うん、その時はよろしゅう……」


  この勢い、ついていけんわ……。
  
  とは言え、ノンらしい生き方に、
  ほんの少し共感を覚えた。
  
  さぁて、明日も頑張らなきゃ。
  

しおり