竜二と凪
ここは、西(日本)の横綱と言われている
総合広告代理店 ㈱エビスコーポレーション
関西本社ビル。
従来はテレビなどの広告枠を企業に売る
というのが主な仕事だったが、
近年では広告制作の企画、指示等も
行っており、また、
紙媒体の様々なデザインから空間デザイン、各種
イベントのトータルコーディネート等も手掛ける
総従業員数:2***名程の会社だ。
―― ゴンッ!!
この3月末日にニューヨーク支社から異動し、
プロジェクト課企画部(通称”プロ企”)配属。
プロジェクト課全体の統括部長となった
氷室竜二が、何気なしに壁へ拳を打ち付けると。
同じ室で作業中だった若手のスタッフ達が一斉に
ギョッとしたようそちらへ目を向ける。
氷室はハッとして、自分の無作法を詫びる。
「あ、イヤ、すまない……」
窓辺へ立って行き、物憂げにため息をつく。
そんな氷室の様子を見て、彼の有能な女性秘書・
香坂絢子もため息をついた……
(ったく、何だってのよ? 外回りから戻って
やけにイライラしてるわね……)
そこへ、フリーランスのイベントコーディネーター・
松浪享が入って来て、まだ平服の氷室を見て愚痴る。
「何だよ、リュウ。まだ着替えてねぇのか。オラ、
ちゃちゃっと用意しろ。迎えの車はもう着いてる」
「オレ、やっぱ行かね」
「あーーっ??」
これには、松浪のみならず絢子も驚いた。
どちらかと言うと氷室は華やかな公の場は
あまり好まない質だったが。
自分が企画段階から携わった仕事の大詰め
とも言える現場の最終確認へ行かない、なんて事は
今まで1度たりともなかった。
氷室は他人に対してはもちろん、自分に対しても
仕事に関しては決して妥協を許さず、
人一倍厳しいのだ。
「何だか気分が乗らないんだ。何となく、頭も痛いし
腹の調子も ――」
「んな、登校拒否のガキみてぇな事言ってんじゃ
ねぇよっ。挨拶だけでもいいから顔出せ。
オラ、行くぞ」
「あ~ん、助けろー絢」
「いってらっしゃ~い」
本当に気分が乗らなさそうな氷室は、
松浪に襟首を引っ張られ
半ば引きずられるよう連れて行かれた。
*** *** ***
その頃私、和泉凪は自分の所属する通称
”プロ企”=プロジェクト企画課のオフィスで、
社員さんに頼まれたコピーをしながら、
オフィスの一隅で総務課係長の山下から
日常業務等の説明を受けている、
今期入った中途入社の面々を見ていた。
明日への希望で胸いっぱいだってかぁ?
暗黒の就職氷河期は終わりを告げた、と聞いたけど
「就職買い手(優位)市場」は相変わらず続行中で。
第1志望の企業へ新卒で入社する事は最早諦めた。
はぁ~~っ……。
知らず知らずにため息も出てしまう。
”ほんま、こんなんでええんかなぁ……”
「どうしたのぉ?ため息なんかついちゃって」
と、やってきたのは、私がこの会社でアルバイトを
始めた時から色々面倒を見てくれている、
社員の西村はるかさん。
まだ勤続5年目ながら、社長や専務にまで一目置かれて
いる凄い人。
「あ、はるかさん――」
「お茶、ごちそうさまね。やっぱ凪ちゃんが淹れて
くれるやつがイチバンだってみんな言ってるよ」
”うわぁ、何気に嬉しい。ありがとう、お母さん’
「資料室のファイルも整理してくれたのね。
すごく使い易くなってた」
見てくれる人はちゃんといるんだぁ……。
「私でも少しはお役に立ててるんですね」
「何いってるの、同年代のスタッフの中でまともな
仕事出来るのあなたくらいじゃない。それに、
凪ちゃんがいつも気難しいボスの相手して
くれてるから、私ら物凄く助かってるのよ」
「アハハハ~――そうですかぁ、いやぁ……」
って、わたしゃ、人身御供かっ?!
「でも、ホント、時々あなたが羨ましくなるわ」
「えっ ――?」
「私なんかボスの前だと未だにあのパワーに
圧倒されちゃうけど、凪ちゃんはいつも自然体
だもの」
えっ、そう、かなぁ……付いて行くのが必死で
そんな事にまで気が回ってなかった。
「あぁ見えてもボスは結構寂しがりだから、
これからも仲良くしてあげてね」
「ボスが寂しがりぃ?? って、面白すぎ
はるかさん ――」
ありがとうはるかさん、何だかもうひと踏ん張り、
できそうな気がしてきました。