剣英
シュラの東南に位置するベナディール地方。
街中の廃ビルに、五名の男が入っていく。
階段を登り、薄汚れた一室に駆け込む。
ベナディールの団「乱気流」の幹部達だった。
「ハァ…ハァ…少しここで休むぞ」
団長のベズが、部屋にあった古いソファに座り込む。
トミノは廊下を見張りながら、人気がないか辺りをうかがう。
他の三人は、椅子や床に腰を下ろした。
副長のケンスケがペットボトルの水を一口飲み、
エドに投げながら、尋ねる。
「エド、どうして、こんな事になったんだ?
相手の…ヘルレイズの数は、500もいなかったはずだ…」
「ハァ…ハァ…わかんねぇよ、俺の隊はサポートで入ってたからな。
前線にいたのは、ドードの隊だ。
ドード、説明してやれよ」
「ああ…数は確かに500くらいだった、情報に間違いはない。
だから、俺の隊も400で当たったんだ。
初めは互角どころか、俺の隊が押してた。
だが、30分位して急に押され始めた。
援軍が来るなんて聞いてなかったから、俺は慌ててエド隊に一時引かせてもらった。
ちょっと、水くれ」
ドードはエドから、ペットボトルを受け取り口に含む。
ケンスケがエドに話しかける。
「サポートでお前の隊も300いたんだから、すぐに押し返せなかったのかよ?」
「…それがよぉ、ドードが戻って来てから、すぐに出る準備をしたんだが、
その時には、もうヘルレイズの奴らが、目の前に迫ってたんだ。
あまりにも、早すぎるぜ。
数は…たいして多くなかったが、200くらいだったかなぁ…
ただ、勢いは半端なかったんだ。
今までの奴らとは全然違ってた。
だから、二人でバタバタ本陣まで逃げてきたんだよ」
ケンスケは、顔をしかめて団長のベズを振り返る。
ベズは、アゴをなでながら、話しだす。
「変だ…
ヘルレイズはどこにも同盟を組んでないんだぜ?
少数精鋭の部隊を作ったとも聞いてねぇ…
それに、二人が本陣に戻った時には、もうその200位は追いついてきたじゃねぇか。
今回もただの小競り合いのはずだ。
奴らも、全面戦争の準備なんかしてなかったのは間違いねぇからな」
ケンスケが、話をまとめる。
「まぁ、過ぎた事を言っててもしかたない。
どうあったにしろ、俺達幹部は五人とも手下を置いて、逃げてきちまったんだから…
もし、ヘルレイズが総攻撃を仕掛けてきてたとしたら、元々こっちには奴らの半分の2000しかいないんだ。
勝ち目はなかったさ。
まぁ、今回は俺達がケンカを売る相手を間違ったのかもな…」
ベズは下を向き、目を閉じた。
「お前ら、済まなかった。
俺の判断ミスだ。
焦って縄張りを広げ過ぎてたみたいだ」
その姿を見て、ドードが慌てて訂正する。
「やめてくれよ、団長。
俺が、きっちり仕事をしてたら、こんな状況にはならなかったんだ…
俺の責任だ…」
ケンスケが、軽く笑って立ち上がる。
「まぁ、いいだろ。
ベズ、お前が団長として俺達を引っ張ってきてくれたから、
この2年間、こんな俺達でも偉そうにしてこれたんだ。
お前に感謝はしても、責めようって奴は俺達にはいねぇよ」
エドも、ケンスケに続く。
「そうだぜ、団長。
俺達五人で始めた「乱気流」じゃねぇか!
俺達が生きてんだから、また作りゃいいだけの事だろ」
ベズは、少しだけ笑う。
「…そうだな、他の奴らには悪かったが、お前ら四人が今ここにいてくれて、
本当に嬉しいぜ。
こりゃ、また頑張れよって事なのかもしれねぇな。
また…俺についてきてくれるか?」
四人は、それぞれベズを見て頷いた。
「…ありがとな。
うっし、休憩はもう十分だろ。
この先は、ベナディールを山超えで抜けて、ヒューガで再起をはかる。
これから、この街を抜けて今夜は山に入って追っ手の目をくらまそう。
山に見つかりにくい家を確保してあるから、今からそこに向かう。
3時間位あれば到着する予定だ、お前ら、いいか?」
ケンスケが、参ったと両手を上げる。
「すげぇな、うちの団長は。
もしもの時の隠れ家も、しっかり用意してくれてたんだな」
「…当たりめぇだよ。
命がなくちゃ、何もできないからな。
さぁ行くぞ」
部屋の入り口付近で、見張りをしていたトミノが小声で伝える。
「おそらく正面玄関の方には、敵が数人いるようです。
団長、裏口から山の方に行きましょう」
「ああ、そうしよう」
五人は、辺りに気を配りながら、建物の裏口へ回る。
鉄扉の隣にある窓から、ベズが裏通りを見ると、高いビルに挟まれた細く長い道が続いている。
「人気はなさそうだ。
行こう」
扉を開け、細く薄暗い裏路地を駆けていく。
角を曲がろうとした時、先頭のベズが手を出して、足を止める。
「誰かいるぞ」
ベズが音を立てないようにしてこっそり覗くと、一人の男が壁にもたれている。
他には誰もいないようだ。
「奴は一人しかいない。
おそらくヘルレイズの兵だろう。
もしかしたら、見張りかもしれない。
少し様子をみよう」
ベズは、しばらくそのままその男を見張る。
エドがつぶやく。
「こんな所に、一人でいるんなら、ただサボってるだけなんじゃないか?
見張りなら、何人かいるはずだろう」
ベズが見ていると、男はおもむろに胸元からタバコを取り出し、
マッチで火を点けた。
「奴はタバコを吸っている。
エドの言う通り、ただサボってるだけみたいだ」
「だろ?
団長、急がないと太陽が傾いてきてるぜ。
夜になってバケモンがウロつく中、山に入るのは危険だ。
早く奴を殺っちまって、先を急ごうぜ」
ベズがうなずくと、後ろの四人が角を曲がり男に近づく。
近ずいてみると、ずいぶんと若い男だった。
エドが声をかける。
「おい若造。
こんな所で何をサボってやがる。
仲間が必死で戦ってんのに、路地裏で休憩とは生意気な野郎だな」
男は、タバコをくわえたまま、四人を見つめている。
「なんだよ、ビビって声も出なくなってんな。
こんな所で俺達に出会うとは運がねぇ。
へへへっ。
俺達は、お前んトコのヘルレイズの団長、城ヶ崎には世話になっててよ。
恩返しの為に、悪い子ちゃんの首を置いて行ってやるかね」
男は、小さい声でつぶやく。
「…城ヶ崎は死んだよ」
「あぁ?
何言ってんだ、てめぇは?
そんな嘘ついたって、見逃してやるわきゃねーだろ?
上の人間を、死んだなんて言う手下は気にくわねぇ!
罰を与えてやるよ!」
エドは素早く刀を抜き、男を切り払った。
三人も武器を抜き、男を逃がさないように四方に散った。
しかし、路地裏が少し暗かったせいで間合いを間違えたのか、エドの刀には手応えがない。
そして刀の先には、男の口にあるタバコの小さな火が揺れていた。
周りの三人にもエドがしくじった事がわかり、その火をめがけ刀を振る。
角から見ていたベズは、四人の間で小さな火が蛍のように舞う姿を目にした。
そして次の瞬間、蛍はベズの目の前で止まった。
ベズは何が起きたかわからなかったが、何かがドサドサッと倒れるような音で、
とっさに戦人の勘が動き、腰の刀に右手をかけたが、
その手がなぜか、刀の柄をにぎらない。
ハッとして下を向くと、足元に人の手のような物が落ちている。
ベズは、理解できずに顔を上げると、蛍が喋った。
「処刑の時間だ」
「……ちょっと…ま」
ベズが喋ろうとした時、指が口に当てられた。
「罪人が、人の言葉を使うな」
蛍が小さく呟き、ゆっくり横を通り過ぎる。
考えが追いつかず、ベズはとにかく一人でも逃げようと思い、足を一歩踏み出したら、
左肩から、ゆっくりと身体が斜めにズリ落ちた。
そして、辺りはすぐに暗くなっていった。
裏口に、葵が立っている。
「ミツイ、何人いた?」
「5匹だね」
「じゃあ…ヘルレイズ幹部15名、乱気流幹部5名、
計20名。
終わりですよ、隊長さん?」
葵は、小さな灰皿をミツイに差し出す。
「おつかれさま、帰ろっか?」
三井はタバコを灰皿に押し付けた。
辺りに、フッとメンソールの香りが漂って消えた。