第二十八話
急に方向を変え、向かってくるおれっちたちをどう判断したのだろう。
ベリィちゃんはそこから逃げることもなく、もれなく対面を果たした。
「ベリィさん……私に何かご用ですか?」
そして、ベリィちゃんがこちらに気付いて何か言うよりも早く、あまりにあまりな直球過ぎるごしゅじんの言葉。
「あ、あれ? もしかしてつけてたのばれてる?」
対するベリィちゃんも開き直ったのか、最初からそういうつもりだったのか、悪びれもせずにそう言った。
うむ、中々やりおる。
「うん。おしゃが教えてくれたの」
続き、自慢げにごしゅじんがそう言うと。
それに毒気を抜かれたのか、ベリィちゃんは照れたような笑みを強める。
「あはは。そっか。……いや、なんて言うかごめんなさい。一人になりたがってたから気は引けたんだけど、ティカはどこ行くのかなって。好奇心がね、その、抑え切れなかったのよ」
一人になりたがっていたことまで気付くとは。よく見ている。
まぁ、実際は一人になりたかったと言うより、おれっちと会話するためにはその方が都合がよかったからなんだけど。
「……これから、人探しをします。レンさんたちです」
結構しどろもどろなベリィちゃんの言葉を、ごしゅじんは臆面通りに受け取ったらしい。
戸惑いよりも、自分に対する好奇心という言葉に、どこか嬉しそうに。
好奇心、猫をも殺すなんて物騒極まりない言葉があるが、ごしゅじんにはそれは当てはまらない。
まさしくおれっちたちの出会いは、好奇心の果てにあるものだったから。
何か裏が、目的があって、ごしゅじんのことをつけていたなどとは、考えもしないのだろう。
あるいは、むしろそれならそれでいいと思っているのかもしれない。
「人探し? それって」
興味深げなベリィちゃん。
世話焼きっぽい部分が表に出てきたらしい。
たどたどしくも、ごしゅじんがそれを説明すると。
「私もついていっていいかしら?」
案の定返ってきたのはそんな言葉。
ごしゅじんは少しだけ考える素振りをして見せた後一つ頷き、再び連れ立って元来た道を引き返すこととなる。
何でも、ベリィちゃんの実家も同じ高級住宅街にあるとのことで。
おお、お金持ちのお嬢様なんだね、なんて思いつつもおおっぴらに会話に参加できないので、はたから見ると道中はベリィちゃんが一方的に喋っているように見えただろう。
まぁ、さもない話でもお互いそれで楽しげであったから、良かったんだけど。
辿り着いたラウネちゃんの家、と言うかイアットと呼ばれる貴族さまのお屋敷。
獣王の形をした鉄轡を鳴らすと、侍女さんが現れて。
最早どっちが当事者なのか分からなくなってくるほどに、ベリィちゃんが事情を話し、おれっちたちは客間へと案内される。
しばらくして現れたのは、ラウネちゃんとその両親らしき人たち。
「これはこれは、この度は娘を助けてくださって、ありがとうございます!」
「私はただのつきそいだから。助けたのは彼女よ」
ラウネちゃんの親父さんらしき人の最初の反応は、おれっちたちでなく、ベリィちゃんに対する驚きであった。
どこか恐縮している主人に対し、尊大と言うか、口調も態度もあまり変わらないベリィちゃん。
うむ。やはりウェルノさんを初め、ベリィちゃんも結構上の立場にいる人っぽい。
まだ若いのにねぇ。
「本当にありがとうございます。是非にもお礼がしたかったのですが……申し訳ありません、こんな形でお呼び立てしてしまって」
「ありがとっ、おねえちゃん」
一方、奥さんは冷静な感じだった。
しっかりとごしゅじんに向き合い、深く頭を下げる。
それに主人も、ラウネちゃんも続いて。
「あ、あの……それは私より、レンさん、キィエさん、ジストナさんに……」
そもそも、ごしゅじんと間違われてさらわれたのだから、ごしゅじんにしてみれば罪悪感があったのだろう。
故にお礼なんてもっての外、少し慌ててぶんぶんと首を振る。
「そ、それに、ラウネさんが攫われたのは……私のせいで……」
そして、そのまま言い直すみたいに、ごしゅじんはそんな事を口にする。
おそらくその事を伝えるつもりで、ここに来たというのもあったのだろう。
おれっちはなんとなく予想できていたし、やれやれ、ほんと可愛すぎるくらい正直ものだよと、苦笑するにとどまっていたが。
何故か蚊帳の外のはずのべリィちゃんは、口をあんぐりと開けるような勢いで、固まっていた。
「と、言うと?」
不思議そうと言うか、さすがに訝しげな顔をする主人に、ごしゅじんは再度ラウネちゃんにあったことを説明した。
人攫いに攫われたラウネちゃん。
だがそれは、攫ったと言うより、ごしゅじんの家に仕える使い魔(ステアさん)が、ごしゅじんと勘違いしたのが始まりで。
勘違いし、保護し、捜索願が出されるまで森の中にある別荘で匿っていたのだと。
しかし、似ている部分があるとはいえ、十は年の離れた少女と間違えるものだろうか。
当然そう言う疑問はあるだろう。
おれっちも、そこはどう説明するのかなって思ってたんだけど。
「私がこの世界からいなくなったのは……十年前だったんです。それで……帰ってきたのは最近だったから……」
「まさか、神隠しに? それはそれは、ご苦労されたことでしょう」
「え? ティカ、神隠しにあってたんだ」
またしても、どこまでもぶっちゃけるごしゅじん。
異世界からやってきた(帰ってきた)云々は、流石にまずいのではと思ったが、意外と受け入れられているようだ。
どうやら、世界間移動は意図するしないに関わらず、こちらにも『神隠し』として存在しているらしい。
ちなみに、ユーライジアでは世界間移動する人のことを虹泉の迷い子と言う呼び方をする。
「成る程。事情は分かりました。しかしそれでも、礼を言うべきはこちらです。こうして娘は元気でいられるのですから」
ちなみに、当のラウネちゃんは今現在おれっちと遊び中。
きゃっきゃと声あげながら、おもちゃのねずみを振り回し、それに振り回されるおれっち。
「あ、あの……ですから、その依頼を受けたのはレンさんたちで……」
「あ、そうなのっ。きいて、ティカおねえちゃん! きーちゃんもじすとなちゃんもれんおねえちゃんもいなくなっちゃったの! おうちにあそびにきてくれるってやくそくしたのにっ」
かと思ったら、急に手を止め話に参加するラウネちゃん。
急に止まれないおれっちは、そのままごろごろとソファから転げ落ちる。
「ええ……だから私は、ここに来たの」
依頼を受けに来たというより、純粋に彼女たちを探すために。
ごしゅじんの長く細い手がおれっちを回収すると、ラウネちゃんの目をしっかと見据え、そう答える。
何か手掛りでもないだろうか、と言う意味合いを込めて。
「あのね、わたし、きーちゃんたちにおしろにおくってもらったの。それでパパとママがきて、そのときにはもうみんないなくなっちゃってて」
「そうなのです。娘を助けていただいて、是非にお礼をと思ったのですが」
やはりどこかおどおどしたままで、娘の話を捕捉するように、主人が言葉を続ける。
となると、城に行き、城のものに聞けば何か分かるかもしれない。
ただし、その事は当然彼らも聞いているはずだろう。
その旨を聞き出すようにと一声鳴くが、ごしゅじんは考え事をしているのか伝わらず、背を撫でられるばかりで。
さてどうするかと思っていると、そこで口を開いたのはベリィちゃんだった。
「お城なら私、通行許可証を持っているから、案内できるけど」
「お、おお。そうですか。それなら話は早いですな」
「……」
少し、妙なやり取り。
ベリィちゃんのそれは、ごしゅじんに問うたもののはずなのに、主人がどこか安堵したように言葉を返している。
一体何に怯え、安堵したのか。
思わず鼻を鳴らすと、きゅっとおっぽを捕まれる。
落ち着け、とばかりに動きを封じられる中、ごしゅじんはそんな二人のやり取りに大きく頷いた。
「それじゃあ……お城へ行こうと思います」
「おねがい、おねえちゃんっ」
「見つかりましたら、是非また我が家にお立ち寄りくださいね。お待ちしてますから」
話が聞けるかどうかは別として、やはりまず城へ行くべきなのだろう。
ごしゅじんの言葉に、おれっちも異論はなく。
ラウネちゃんと奥さんのそんな励ましの言葉を受けて。
「それじゃ、行きましょうか」
「……うん」
最早、完全にベリィちゃんに引率される形で。
おれっちたちはレヨンの港町と繋がってお隣さんにあるという、ロエンティ城へと向かうのだった……。
(第二十九話につづく)