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兼藤健資の不覚

不覚だった。まさかあいつがここまで来るとは。新入部員募集のポスターなんて出すんじゃなかった。

入学式の二日後、部員の勧誘活動が始まった。俺が部長を務めるクイズ研究会は特に新入部員を募集する気もないので、副部長の鴻城侑太郎とのんびりとクイズを考えていた。すると、部室のドアがガラリと開いた。入口のほうを見ると、そこにはー。
「兼藤先輩。入部希望者です」
あいつだった。惣賀真心。忘れもしない。入学式の日に俺に告白してきた新一年生。鴻城が、
「入部希望者!」
と叫ぶ。俺は、
「ああ。じゃあ入部試験やるか」
と言った。真心が、
「ええー。そりゃないですよお。私クイズとかあんまり得意じゃ・・・」
と言った。俺は、
「じゃあ何でクイズ研に来るんだ。意味わからん」
と返す。真心は、
「だって、私先輩の事大好きですもん」
と言う。何故だ。何故俺みたいなやつなんだ。俺は彼女を睨み付け、
「5問連続正解なら入部してもいい」
と言った。鴻城が、
「部長。一人目ですよ。なんでそんなことする必要あるんですか」
と言う。俺は、
「第一問。エルヴィ―ン・ルードルフ・ヨーゼフ・アレクサンダー・シュレーディンガーやアルノルト・ヨハネス・ゾンマーフェルトなどの科学者が参加した射影公準における収縮がどの段階で起きるのか明確でないことによって引き起こされる矛盾を示すことを狙いとした思考実験の事を何と言う?」
と言った。これは難しいはずだ。だが、真心は平然と、
「シュレーディンガーの猫」
と答える。俺は動揺を隠し、
「正解。第二問。ワンセグの正式名称は?」
と言う。真心は、
「携帯電話・移動体端末向けの1セグメント部分受信サービス」
と答える。こいつ、クイズは得意じゃないんじゃ?と思いつつ、
「正解。第三問。一条ゆかりの代表作を一作答えよ」
と言った。真心は少し考える素振りを見せ、
「有閑倶楽部」
と答える。よく知ってるな。俺は、
「正解。第四問。渡航の代表作と言えば?」
と言う。真心は、
「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」
と答えた。さすがに焦るな。俺は動揺を隠しつつ、
「正解。第五問。ドルペッグ制とは?説明せよ」
と言った。横で鴻城がうわーと言う顔をする。そりゃそうだ。だが真心は何てことないといわんばかりに、
「自国通貨のレートを米ドルに連動させる政策ですね」
と答える。これで・・・こいつの入部は決定か。真心は、
「これで入部できます。では、入部届を出してきます。あ、兼藤先輩。一緒に帰りましょう」
と言って颯爽と出て行った。鴻城が、
「あの子は部長の事が好きなんですか?」
と言う。ああ。そうですね。

夕方、俺は真心と肩を並べて帰る・・・俺と真心の肩が並ぶわけがなく、肩あたりには彼女の髪の生え際が見える。真心は、
「私、先輩の事絶対に諦めませんから。いつかちゃんと答えてください。待ってます」
と言う。俺は、
「俺は・・・・・・まあいい。いつか、な」
と言う。いつかだからね。真心は、
「はい。待ってます」
と言う。高校の間には返事をする。のはまあ、当たり前か。ところで・・・・
「それだけ言うのに一緒に帰る必要あるわけ?」
と俺は言った。真心は口に手を当て、
「あ。そうだ。ケータイとLINE教えてください」
と言った。聞くんじゃなかった。彼女はすでにスマートフォンを取り出し待っている。仕方あるまい。と自分のスマートフォンを取り出す。そして、お互いのスマートフォンを近づけ、赤外線で番号を呼び出す。あいつの番号とメールアドレス・LINEアカウントが来た。暫くして、俺は真心と別れ、家への帰路に就いた。

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