第二十三話
レヨンの港町は、全体的に白い坂の街だった。
何かを表しているのか、萌黄色の屋根以外は、壁も街道も魔法灯の柱すら白くぬりたくられている。
色をつけるのは自然と生き物、と言ったところか。
下る街道の脇に並ぶ色とりどりの木花のように、様々な色を持った様々な種族の人間たちが、わさわさがやがやと動き回っている。
中々に活気のある街らしい。
これでも大分閑散としてるのよ、とは人ごみに気後れしていたごしゅじんに対するウェルノさんの言。
ただ、人間自体にも『光(セザール)』の魔力をその身に多く占めるものは少ないらしく、白色を持った人はだいたいじじばばばかりのようであった。
魔精霊は、日々の生活の手助けをする使い魔として認知されているようだが、同族(猫)や好敵手(犬)はおれど、似たような毛並みのものはいなかった。
ロエンティ王国、なのだから王子様的な意味で白馬くらいはいるかもしれないが、これは少し自身に対しても警戒しておくべきか、なんて思う。
最も、故郷ととは言え、異界の地にごしゅじんを一人にする……もとい、一人で散歩する気など到底なかったが。
「……」
と、そこでごしゅじんの、深く息を吐く感覚。
見上げると、目がとろんとしていた。
色々あって、昼を少し回っていたので、いつもならこの時間はお昼寝をしていた頃だろうか。
それは、時が経ち町に入ったことで余計に感じられるようになった陽射しと、春と夏の中間くらいかと思われる陽気のせいもあったのだろう。
「久しぶりに帰ってきたけど、やっぱりここは今の季節が一番ねぇ」
「あふ、同感です。今日はもう宿についたら寝ちゃおうかな」
「まだあんなに陽が高いですのに、ベリィったら」
「だからいーんじゃない」
そんな眠気のようなものが、みんなに伝播したらしい。
思っていた以上の、のんべんだらりとした雰囲気がその場に漂って。
のんびりしたまま辿り着いたのは、街の中では大きい部類に入る建物だった。
「『ギルド』兼、王室御用達の宿ですわ。少々お値段は張りますが、安全と快適さはロエンティの王のお墨付きです」
その佇まいを、ごしゅじんと一緒に見上げていると。
そう紹介してくれたのは、クリム君だった。
「あ、そだ。明日の海の魔女討伐依頼、受けるんでしょ? 登録はすませてる? 募集人員に達しそうもないって言ってたから、あぶれることはないと思うけど」
登録どころか、ギルド会員になったこともないのは、異世界であるからして当然だろう。
まぁ、王族の、しかも姫君のくせにどんな仕事もこなしまくる、妹ちゃんみたいな特殊な人種は別としても。
案の定、その仕組みをよくは理解していないだろうごしゅじんは、首を傾げるような仕草で、ベリィちゃんの言葉に首を振る。
「そっか。私たちも実は依頼登録はまだなんだ、早速すませちゃおう」
お節介と言うより、ツンツンしている割には面倒見のいい子なのだろう。
自然と促され、ごしゅじんはベリィちゃんの後をついて、ギルド兼宿屋、『藍』と呼ばれる建物の中へと入ってゆく。
ユーライジアの冒険者ギルドは、受付も訪れるものも男が多かった。
女の子を見かけるのは、『スクール』の学生たちの演習や、我が儘放題の王族の子息たちが、
世間を知る為だけに仕事を受けにやってくる時のみで。
おれっち自身、元々あまり縁のない場所ではあった。
ここ最近は、我があるじの行動範囲が狭かったため、何だかとても新鮮に感じた。
と言うより、思っていた以上に女性が多い。
対面に仕切られる形で見える番台の向こうにいるのはほとんど女性であったし、宿泊や仕事の依頼、請負などで屯している人間達も、何故か男より女性のほうが多い気がする。
「宿泊の手続きをするのは右手から二列、左端が仕事を頼み込む為の受付で、残りは仕事を貰う側、登録所属手続き、結果報告と報酬を受け取るところね」
ごしゅじんがギルドどころか宿屋に泊まることすら初めてであることに感づいたのか、それともお節介な天然か。
ベリィちゃんが詳しく説明してくれるので、ごしゅじんはその度に頷き、反芻している。
おれっちも同じようにしてふんふんと頷いていると。
ギルドの建物に入ってすぐ、どこかへ向かっていたウェルノさんが、手をひらひらさせてこちらを手招いているのが目に入る。
なんだろうと思い近付くと、そこには本日の依頼、その内容が張り出されているらしい掲示板があった。
「明日からの依頼だから少し心配していたけど、内容が内容だし、まだ人員に余裕があるみたい。早速参加登録しちゃいましょう」
ウェルノさんがそう言って指し示したのは、案の定、『海の魔女』討伐に対しての依頼内容が詳しく書かれたものだった。
おれっちはすかさず、ごしゅじんの腕の中から肩口に移動し、身を乗り出すようにしてそれをよくよく読んでみる。
『海の魔女』討伐依頼。
依頼主は、ロエンティ王国そのもの。
目的は、魔女の生死問わずで、レヨンの港を出港する船を沈めている、その行為を止めることである。
加えて、多くの船乗りたちが行方不明になっているらしく、彼らの捜索、救助も依頼に含まれているようだ。
報酬は成功報酬で、参加者一人につき、金貨(ドロー)百枚。
「みゃうっ」
「おしゃ?」
参加者一人につきとは太っ腹だな、なんて思ったが。
思わず声をあげたのは、その下に書かれた参加資格の部分であった。
おれっちの突然の鳴き声に反応するごしゅじんに尻尾をばたつかせつつ問題ないと宥めつつも、確認するみたいに、もう一度その最も重要な部分を注視する。
―――参加資格、女性に限る。
加えて、ギルド階位(ランク)『三』以上、または『パーティ』の一員に二人以上、階位『三』のものがいること。
例外で、依頼主の許可を得たものを含む、とある。
当然、登録もしていないごしゅじんが、その資格を得ているはずもなく。
参加するには、どこぞの『パーティ』に入り込むか、依頼人の許可がいる、ということだろう。
ただ、レンちゃんたちがその事を口にしていなかったことを考えると、階位の『三』と言うのは、一人旅の出来る冒険者ならば問題なく取得しているレベルなのだと判断できる。
国に直接伺いを立てることを含めて、その事を聞かなくてはならないわけだが。
周知の通り、おれっちが思わず声をあげてしまったのは、そのようなことではない。
まさかそんな依頼があるのかと、一度聞いたときは半信半疑な部分もあったのが、本当に女性限定であるとは。
なんと言う夢のある響きよ。
そんな依頼だったからこそ、本来男くさいはずのギルドに女性が多かったのかもしれない。
おれっちにとってはまさしく渡りに船のパラダイス。
「女性に限る……」
そんな、おれっちのこれからに対するよこしまな感情に気づいたからなのか。
眉を寄せ、呟くごしゅじん。
「あぁ、うん。ウワサでは、海の魔女は海の男ばかりをさらって、その血肉を食らってるとか、精を吸い取ってるって言われているそうよ。事実、多くの男の船乗りが帰って来てなくて、
女性は無事だったって話もあって、それできっとこんな依頼になってるんじゃないかしら」
「それでもねぇ、こっそり参加しようとする男性がいるみたいでね。そんなわけで少し、面接があるみたいよ」
同じく一度聞いた内容を語るベリィちゃんに、どこか楽しげなウェルノさんが続く。
それに、心なしか顔を青くしているクリム君の顔が目に入って。
なるほど、この参加資格のせいで彼は女装と言うか、女性化しているのか。
そこに、ちょっぴり漢を感じて。
何故だか拒否感が和らぎ、お主も好きよのう、なんて一人ごちつつによによしてしまうおれっちなのだった……。
(第二十四話につづく)