抗議? 脅迫?
「これって器物損壊ですよねぇ」
「まったくだ。仏像にまで落書きするとはいい度胸だな」
「カメラはどうなってますかねぇ」
「しっかり動いてるぞ」
「ありがとうございます」
禅雁が退院する前から続いているという寺への「嫌がらせ」。誰よりも怒っているのは檀家一同だったりする。
「仏像をありがたがる趣味はないんですがね」
「おい、そこの煩悩坊主。ありがたがれ」
「私としては、|彼女《、、》にも色々と嫌がらせがあるんじゃないかと心配なんですよ」
「……確かにな」
兄弟揃ってため息をつく。
「叔父さん、この週刊誌何とかしない?」
そう言って姪っ子が持ってきたのは「ゴシップ誌」と名高い週刊誌だった。
一通り兄が読み終わった後、投げ捨てそうになった週刊誌を禅雁が引き取り目を通す。
「……なるほど。面白い書き方ですねぇ。私が指定暴力団とつるんで、別の人に罪を被せようと。しかも、ハニートラップに引っかかってねぇ。
……兄さん。売られた喧嘩は存分に買いますからね」
「誰が止めるか。存分にやれ。その代わり、俺の嫁と子供、寺の檀家、それから嫁の実家関係には一切迷惑をかけるな」
「分かっていますよ。……ふふふ。楽しみです」
既に禅雁は捕食者の目をしていた。
その週刊誌を持って、禅雁はその出版社を訪れていた。
「役付けの方と会わせていただけますか? 名誉毀損で訴えに来たと」
勿論、禅雁は一人でなど来ていない。弁護士を数人引き連れている。
禅雁がそうやって動いている間に、兄は警察へ被害届を出した。そして、「一応」防犯カメラの映像も提出する。……勿論こちらにも弁護士がついている。しかもボイスレコーダーつきである。
おざなりに受理する警察官の問答も全て記録されている。
「せっかく証拠をこちらもお渡ししたのですから、是が非でも犯人を捕まえてください」
有無を言わさぬ顔で警察官に頼む辺り、禅雁とこの兄はまさしく兄弟だと弁護士は思った。
「いやはや、面白いですねぇ。どこからこんな妄想が生まれたんですか? というか『関係者』ってどなたでしょう? 取材記録くらいありますよねぇ。おかしいですよねぇ。色々と。どうして、ハニートラップがあったと思うのか、そして私がでっち上げたとしても意味はないでしょう?」
「証拠があって書いた」とする記者に禅雁は立て続けに質問をする。
ありえないのだ。容疑者の妹と「どこで」「どうやって」接触したか分からない限り、この記事は書けない。最初から妹がいるところに搬送されたというのはありえないため、「偶然」だろう。
そして、それを明確に書いているのだ。
「そうそう、それからこの『指定暴力団』ってどこでしょうねぇ。私としてはものすごく気になるのですが」
最初は強気だった記者が、だんだんと青褪めていく。
「名誉毀損で御社と御社の記者、それから編集者全てを訴えますから。お覚悟を。それから記者さん、あなたのご親族に国会議員の先生がいらっしゃいましたねぇ」
「な……何が言いたいんですか! それこそ名誉毀損です!! 紅林先生が関与しているなど!!」
「……ほほう。あなたのバックは紅林議員でしたか。なるほど。いい情報をありがとうございます」
尚のこと記者が青褪めていく。失言だ。
そしてこちらの会話も全てボイスレコーダーに記録されている。それを承諾したのは、出版社である。
「では、失礼します」
弁護士を従え、禅雁は社をあとにした。
「十分釣れるネタばかりですねぇ。まさか紅林に繋がるとは」
くくく、と笑うのは一人の弁護士。
「頼りにしてますよ」
「訴えを起こした日、全てが解決しますよ」
その日のうちにボイスレコーダーを「持っていた」はずの弁護士が、襲撃にあうという事件が起きた。