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第八話




 おれっちは、四肢を目一杯に広げ、伸び上がるように飛び上がる。
 更に、きりもみ回転しながら、一張羅の土泥を払い落とす。
 目指すは、新たに発見したまだ知らぬ桃源郷。

 
 「うわっ、何か来たっ!?」
 「ま、魔物っ?」

 咄嗟に身構えたようだが遅いっ!
 どれだけ遅いかって、目前にいる美少女たちの身体的特徴諸々を一瞬にして把握してしまう位には遅いぜっ。
 
 おれっちはその中から、弓を構えている、少女ながら色気のある橙色セミロングの髪の、綺麗な猫目石を持った、均等の取れた体型の彼女の胸元へと飛び込んでゆく。

 当然それは、三人の中で彼女が一番おれっちの好みに近いとか云々ではなく。
 おれっちのつぶらな瞳が、三人の中で彼女がリーダー……精神的柱であることを導き出したからに他ならない。 

 他意はない。他意はないぞ。
 ただ、どうやら彼女はおしゃれにも気を使っているらしく、猫にはちときつい高貴な花の香りがした。 
 どこか気品を漂わせるそれに、一瞬やんごとなき身分のひとなのかな、とは思ったが。


 「え? な、ちょっ。くすぐった! なんなのよ~っ」
 
 彼女が突然の襲撃に驚き慄くのは一瞬のこと。
 レン、と他の二人から呼ばれていた弓士の彼女は。
 いたいけでか弱く、可愛らしいであろうおれっちの姿を目にした途端、無意識下において母性本能を刺激され、胸元に飛び込むおれっちを払いのけることすら叶わない。


 それどころか、そのまま転がり落ちよう(どうやら人並みにはあるが、ティカほどではないらしい)とするおれっちを、その両手で受け止めてしまう始末。


 それはまさに、人心を操るがごとき所業。
 それこそが、隠密行動や光の盾、観察などを凌駕する七つある猫わざの一番の特殊技能、『猫可愛がり』である。

 おれっちの可愛さの前では、百獣の王のごとき女性でもひとたまりもなく、もふもふしたくなってしまうのだ。



 「……いいなぁ」
 「な、何がよっ、ひゃぁっ? ど、どこ触ってるのよ!」
 「ぷぷ。レンが照れてる」

 おれっちは両手両足尻尾まで使い、常夏の花の香りのする少女の腕の中を、縦横無尽に駆け巡る。
 
 コツは、抵抗しようと思えば簡単に抵抗できる力加減だ。
 ちょっとでも抵抗すれば、あっさりと弾き飛ばされ、ひ弱な子猫は地面に叩きつけられ……そう思わせるのがポイントだ。

 三人の中では一番小柄な、おそらくは魔術師某であろう菫色シニヨンの少女は、幼き見た目そのままに羨ましげで。
 
 もう一人の、向日葵色ショートの、こちらは闘士だろうか。
 少しきつめの、どこか隙のなさそうな少女は、弓士の彼女がやり込められているのが心底楽しいらしく、ケラケラと愉快そうに笑っている。
  

 これで、彼女たちの気は逸れた。
 後は……っ!
 

 おれっちは、ぎらりと瞳輝かせ、ざらざらの舌を出す。


 「……っ!」
 
 レンと呼ばれた橙色の髪の少女は、本能的に危機を察知したのか、息をのみおれっちを手放そうとするも既に遅し。

 いざ、桃源郷の最奥へ!
 おれっちは、舌なめずりをする勢いで小さな身体を精一杯に伸ばして……。



 がしっ。
 その瞬間、背後から黒いオーラとともにむんずと片手で捕まえられるおれっち。
 まさしく魔女のごとき、とてつもなく長く見えるごしゅじんの指が、おれっちの両腕、両足の下へと入り込む。

 下手すると、か弱い子猫の内臓を傷つけてしまいかねない危険箇所。
 ナイフを首筋に当てられたに等しいおれっちは、両手両足をぴんと伸ばし硬直するしかない。
 
 為す術なく、新しき桃源郷から離脱。
 そのまま、最期の地と決めた我が家……という名のごしゅじんの腕の中へと戻される。


 「……うちのおしゃが、ご迷惑を」
 「え? あっ、いえ。ははは」
 「……っ」
 「うわ、びっくりした」

 
 無表情のまま頭を下げるごしゅじんに、ひきっつった笑みを浮かべる橙弓士の少女。
 案の定、突然現れたごしゅじんに驚いているようだが、すんでのところで助けられたせいか、
何故突然現れたのかまでは、考えが及んでいない様子。

 警戒心が強いのか、向日葵色ショートの子は、それでもまだ気を抜いていない感じだったけれど。
 おれっちは、ほんの一捻りでお陀仏しかねない状況ながらも、内心でほっと一息つく。


 「みゃぁうん」

 さぁ、これで知らない人と会話する流れに乗っていけた。

 本の指示通りに、森にいる誰かの手助けできるかもしれない。
 後はごしゅじん次第だと、おれっちはこれ以上でしゃばらないよって言う事を示すように、一声鳴いたのだった……。


            (第9話につづく)






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