surprise
このときはまだ、この些細な会話がこんな未来に繋がるだなんて思ってもみなかった。
確か、駅前のファーストフードでのことだったと思う。二人で映画をみに行って、その感想なんか言い合ってた時のこと。
「そいえばさ、なにか欲しいものとかって、ある?」
不意に彼がそんなことを聞いてきた。
「なあに、とつぜん」
「いやさ、もうすぐクリスマスだろ? 今年はどんなものプレゼントしようかなぁと思って」
「うーん。欲しいものかー……」
そう言われても、なかなか思いつかない。沈黙をごまかすためにポテトを口にはこんだりするものの、私の言葉を待つ彼と目が合ってしまった。
と、そのとき、なにかいったほうがいいよなーと思いつつも、まったくなにも思い浮かばなくて 困ってしまっていた私は、視線をさまよわせる。と、何かの輝きが目に留まった。となりのテーブルに座っている女性の、指にはめられたリングだった。
「指輪、とか欲しいかも」
そういえば、この前気に入っていた指輪をどこかでなくしてしまったんだっけ。そんなことを考えつつぽつりとつぶやく。
「指輪かー……参考にしとく」
彼のそんな言葉とともに、この話題は終わりになって、私たちはまたたわいもないお喋りに花を咲かせたのだった。
◆
だから、今日この瞬間。あと数十分で聖なる夜になろうという、十二月二十四日の十一時過ぎ。彼が「そうだ、プレゼント」といってコレを渡してくるまで、私はあのときの会話のなんてすっかり忘れてしまっていたのだった。
でも、きっと、仮に覚えていたところで私は同じような反応をしてしまっただろう。
鼓動がいつもよりずっと早いのが自分でもわかる。顔もきっと真っ赤なんじゃなかろうか。
だって、彼の言葉はあまりにも唐突だったのだ。
「今、なんて、言ったの……?」
彼の手のひらの上には小さな箱が。そしてその中には、彼がさっき言った言葉が私の聞き間違えでなければおそらく……
「だから、さ」
そこまで言うと、彼は恥ずかしそうに頭をかき、そして、顔を真っ赤にしながら、だけど覚悟は決めたというような表情で、
「この指輪をプレゼントするかわりに、僕と婚約してください」
と、確かにそう言ったのだった。
「それってつまり、ぷろぽー、ず、ってやつ?」
「ま、まあ、そんな、とこ」
彼は耳まで真っ赤にして、うつむいてしまっている。そんな彼の様子を見ていたら、なんだか少し落ち着いてきた。
それと同時に、なぜか、ちょっとしたいたずら心がむくむくとわきあがってきてしまった。
あるいは、これはさっき驚かされたことに対する、私なりのちょっとした仕返しかもしれない。
「あのさ、」
「……?」
彼が、私の顔を、下から覗き込むようにして見てきた。
あぁ、きっと今私は、最高にいじわるな笑顔を浮かべてるんだろうなあ。
そう思いながらも、私は思いついた言葉を、飲み込もうとはしなかった。
にやつく口元をなんとか抑え込み、言葉を発する。
「もし、指輪だけじゃいやだって言ったら、どうする?」
とたん、彼が目に見えて慌てだした。さっきまでは真っ赤だった顔からも血の気が引いている。
「えっ、た、確かに俺まだ社会に出たばっかりだし、お金はないし、頼りないかもしれないけど、でもっ……! 絶対、絶対に幸せにするからっ、だから……っ」
あちゃー、これは少し冗談が過ぎたかもしれない。彼の様子が可愛いを通り越して可愛そうになっているのに気づき、私は口を開いた。
「そうじゃなくて、お金とか、そんなんじゃなくてね。……名字も、ほしいなぁって」
さっきと同じくらいの大きさの、けれどまったく逆のベクトルの驚きに、彼の目が大きく見開かれる。
「だからさ、婚約じゃなくてさ、結婚、しない?」
この言葉を聴いたときの彼の笑顔は、彼がくれた指輪よりも輝いて見えて。
これから永らく続いていくであろう彼との生活を想像して、私の頬も思わずほころんだのであった。