つながり
私が小さくうつむくと、そこには模型みたいに小さな町並みが広がっていた。
それもそうだろう。私は今、廃ビルの屋上にいた。十七階建ての、市内でも一番高いであろう建物のてっぺん。背後には柵。目の前は空。
さすがにここから飛び降りれば即死だろう。もう少し重心を前にかければ落ちてしまうであろう位置から、そんなことを考えた。
そろそろ、かな。
茶色いローファーを脱いで、器用に足元にそろえる。
遺書は書かなかった。残したい思いも、たいした持ち物もなかったから。
「あ」
ふと思いつき、私は胸ポケットから携帯を取り出した。
メールをくれる友達なんていない私の受信ボックスは、とあるアドレスからのメールで埋まっていた。
それは、自分の今をつぶやくサイト。携帯でネットにつなぐことのできない私は、メールをつかってそのサイトを利用していた。
いままでこんな私とかかわってくれてありがとうございました。
さようなら。
そう短く文章を打ち込み送信をする。これでちゃんとつぶやけたはずだ。
思えばずいぶんと長いことここでこうしている気がする。
そろそろ、ほんとに、いこう。
そう思って、いざ足を一歩前に出そうとしたそのとき……
――携帯のバイブが震えた。
どうせ広告とかその類だろう。そう判断して飛び降りようとした、のだけれど。
なぜかバイブが鳴り止まない。
電話? なんで? こんなときに? 誰から?
さすがに気になってしまって、私はふたたび胸ポケットから携帯を取り出した。そして、
確認して、唖然とする。
電話、ではなかった。
液晶に浮かぶ文字。それは見たこともないようなもの。
“新着メール24件”
「うっそ……」なんで?
あわてて確認して、思わずひざから崩れ落ちた。
「あの、どうしたんですか?」「もしよかったら、お話聞きましょうか?」「だいじょーぶー?」「つらいこととかあったら、いつでもリプなりDMなりおくっていいんだからね」「元気だしてー」「何かあったん?」
私が確認できたのは、そこまで。だって、前が見えなかったのだ。涙で。
そのサイトでは、自分で独り言をつぶやくだけじゃなくて、誰かに向けての呟きをすることもできる。私あてのつぶやきは、全部メールで届くようになっていた。
つまり、みんなが私のさっきのつぶやきに反応して送ってくれたのだ。
でもなんで、こんな私なんかに、こんな言葉を。
私なんていないほうがいいんじゃないの? だってお母さんはそう言ったのに。私なんて屑なんでしょ? 一緒にいるだけで不快になるんでしょ? あのこも、あのこも、みんなそう言ったのに。
ほんとは死にたいわけじゃなかった。
でも、このままでは周りに迷惑がかかるから。早く消えなきゃって。
◆ ◆ ◆
どれほどその場で泣いていたのだろうか。
真っ赤な目で、私は再度文章を打ち込む。
さっきはみなさんに心配かけてしまったみたいで、ほんとうにごめんなさい。
消えるつもりだったんです。でも、みなさんのおかげでもう一度がんばろうと思いました。
ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。
送信ボタンをおして、背後の柵を乗り越えるため足をかける。
その柵は、まるで檻のように見えたけど、私はかまわず乗り越えたのだった。