迷宮都市 その1
「ノワール殿、マーリン殿に続いてフール殿も敵の魔術師の操る巨竜に『喰われて』しまったようです。」
魔術師の姿をした男が目の前の牛の頭の大男と、その横に立つ鎧の剣士に向かって淡々と告げる。
「ばかな!そんな話は俺たちはニビル様から全く聞いていないぞ!!」
「それは本当のことなのですな?ガイスト殿。」
牛男と剣士がそれぞれガイストに向かって語りかける。
「ええ、残念ながら間違いありません。お二方も気づいておられるように一番の問題は魔神ニビルはその事実をしっかり把握しながら我々にはそのことを告げていないことです。
最初から我らはお互いを利用し合うことは想定していましたが、ニビルに取って我々は完全な捨て駒ということなのですな…。」
「く、ニビルの奴め!初期から従って功績も大きい我らすら簡単に使い潰そうとするとはな!!」
「決してこのままでは済まさん!!」
ガイストの言葉に牛男と剣士が怒りの声を上げる。
「シユウ殿、ギルガメシュ殿。勇者どもはマーリンと怪獣軍団の猛者の猛攻を受けても一人も欠けることがなく、また、狡知に長けたフールを完全に出し抜いて倒してしまったようです。
恐らく魔神ニビルと大差ない強敵でしょう。我らも結束して『最後の手段』を使わざるをえますまい。」
「わかった。勇者どもを喰らって、返す刀でニビルを倒すしか我らの生き残る道はなさそうだ。我はお前さんの案に同意しよう。」
牛型の魔神の眷属・シユウが苦々しげにつぶやく。
「まさか、こんなに早く『最後の切り札』を使うことになろうとは…。」
鎧の戦士・ギルガメシュも低い声でつぶやく。
「ニビルは領都地下の古代都市と対になるこの古代迷宮の機能を我らが使い、『勇者どもに対処する』ことも想定しているとは思う。
だが、この迷宮の力で『七柱の三柱を取り込んだ竜の力や勇者どもの力を取り込める』ことまでは想定外であろう。
俺も古代都市と古代迷宮は徹底的に調べつくしているのだ。
取り込んだ勇者どもの力を使って、『古代都市の防御システム』の裏をかいてくれるわ!」
ガイストはニビルのいるであろう領都の方角に向かって叫ぶ。
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「なに?ガイストがシユウとギルガメシュと組んで、古代迷宮で勇者たちを迎撃しようとしているのか…なるほど…。」
影のような部下の報告を暗黒魔神・ニビルはいつも通り淡々とした表情で聞いてる。
「まあ、それくらいしないとあの勇者どもの相手はできまいて。
他の五人はともかく、あの剣を持った神と、魔術師は規格外だからな。」
言いながらニビルは掌の中に水晶球を出現させて興味深げに眺めている。
「ほお、ガイストたちは俺からのパスを切るだけでなく、迷宮都市内にあった魔法の目を全て潰しおったか!なかなかやりおるな!!
俺を最初から警戒しておったが、すでにいろいろと手を打っておったわけだな…。
それくらいでないとおもしろくない!」
ニビルは面白そうに側近を見やっている。
「ジャッジメントよ。貴様の目で迷宮都市の戦いを見届けてこい。勝者の情報をきちんと得ていれば、『力だけの怪物』などは我が特性と地下都市の力を使えばいくらでも手玉にとれるわ。」
側近が姿を消すとニビルは薄く嗤った。
「…てな感じで、次の目的地の迷宮都市の主と暗黒魔神ニビルは私たちを迷宮や地下都市の妖力で食べて取り込もうとしているんだと思うの。」
「…ええと、その情報をどうやって入手されたのでしょうか?」
「うん、フールが操っていた電脳系の潜入用の妖魔の力を借りたの。
普通の潜入系の魔物とは『存在の隠ぺいの仕方が異なる』から今までの常識にとらわれた存在には察知しにくいのよね。だがら、彼らにさらに『大魔女の魔法を付加して隠ぺい性能を高めて』送り出したから、どんどん連中の情報が入ってくるようになったわ♪」
ニコニコしながら語る明日香の話を聞いていて、レインボードラゴンは今まで以上に寒気を覚える。
「…では、連中の戦力の把握も…」
「…大体は把握できていると思うわ。迷宮都市の三人組も魔神も真正面からやりあってくれれば、楽勝とは言えないけど十分勝てそうね。
哪吒子ちゃんもニビルと一対一で普通にやりあったら勝てそうなくらい強いし、作戦を間違えなければいけると思うな。」
鼻歌を歌いながら水晶球を見て情報収集をしている明日香を見ながら、レインボードラゴンは小さくため息をついた。
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「ということで、我々は今から『迷宮都市ウィズ』に向かうわけだが、明日香。私の話に続いて今得ている迷宮都市の情報を教えてもらえるとありがたい。」
俺たちはエミリーを議長にして、今からの行動計画を練っている。
なお、明日香が空中に魔法で巨大スクリーンを作り、この近辺の地図や映像などを映し出しているため非常にわかりやすい。
「迷宮都市はガイスト領では領都以上ににぎわっている大都市で、地下にある巨大迷宮が経済を支えるとともに迷宮で多くの魔族の冒険者や兵士が自分達を鍛えるための場所でもある。
迷宮の上層は初心者でも大丈夫だが、五〇層になる迷宮の最下層まで行くには文字通り桁違いの実力が必要になる。
私もグループと単身で一度ずる攻略したが、単身の時は本当にギリギリの攻略だった。
元が『古代文明の技術』で作られたものだけのことはある。
迷宮自体が生きた迷宮であり、適切な罠・怪物を自作し、自作の魔法の宝物を配置するのだ。そして、管理者のガイストが今までは『実力のあるグループに攻略してもらう』ように設定していたのだ。
そして、本題はここからだ、明日香、頼む。」
画面に迷宮都市までの地図が映っていたが、今度は迷宮都市自体が大きく拡大して映される。
「まず、迷宮都市及びその周辺の住人達は魔神の洗脳下にはありません。
全員が正気の状態です。」
明日香の説明に俺たちは首を捻る。人質にするため?いや、それなら洗脳しようがしまいが大きな差は出ないはずだ。
「みんな不思議そうな顔をしているわね。これは迷宮都市の迷宮の機能が都市や周辺部の人たちの気力を糧にしていることが大きく関係していること…それが一点目の理由でしょう。
洗脳されている人たちは気力が大きく低下するから迷宮の力が落ちてしまうからね。
二つ目はガイストとガイストと一緒にいる二柱の下級魔神がニビルが自分達を使い捨ての駒にしようとしていることを察知し、迷宮都市に立てこもったことも大きく関係しているでしょう。
ライガーの領都で洗脳されていた人たちは『魔神ニビルの力』で洗脳されていたからね。
敵に洗脳された住人なんてガイストたちにとって邪魔者でしかないわけね。」
明日香がガイストの画像などを出しながら説明を続けている。
「明日香、待ってくれ。ということは現状ではガイストたちは敵の敵になるわけだな。
日本に『敵の敵は味方』ということわざがあるけど、ニビルを倒すためにガイストと組む…という選択肢はないのか?」
俺はふと疑問に思ったことを口に出す。
「私とエミリーもそれを考えたのだけれど、ガイストたちは私たちを迷宮の底に引き寄せて『迷宮の力で私たちのエネルギーを消化・吸収』を目論んでいると突き止めたの。
残念ながら彼らを先に打ち破っておいて、迷宮都市をエミリーの管理下に戻した方がいいと判断したの。」
明日香が残念そうに肩をすくめている。
「古代迷宮は攻略すると攻略者に様々な魔法アイテムを含む大きな力を与えてくれる。
私たちがグループで迷宮を攻略し、最後に敵の三人を打ち破る必要があるのだ。」
エミリーが話を締めくくり、俺たちは迷宮都市への旅に出発した。
半日後、俺たちは迷宮都市の入り口にたどり着いていた。
周りを高さ五メートル以上の石造りの城壁に囲まれた広大な都市だ。
入り口には近辺の村や町から出入りする人たちがいる。
ファンタジーゲームなどではよく見られる光景だ。
人々がエミリーのような魔族であることがゲームとは違うのだけれど。
ちなみに俺や明日香のような人間はいないものの、魔族以外にもエルフ・ドワーフ・獣人などの人間型種族はいろいろいるようだ。
俺たちは冒険者の扮装をして、都市へ入る人達の列へと並んだ。
俺は皮鎧を着た傭兵風の格好を、明日香は耳を偽装してエルフの魔法使いに扮している。
耳だけ変えても普通のエルフに比肩するくらいきれいなんだけど?!!お兄ちゃん萌えてしまいそうに…いやいや、煩悩よ!去れ!
ライピョンさんはウサギ獣人の格闘家風に、アリーナ王女はローブをまとって、同じくエルフのヒーラーの扮装をしている。細身のはずのエルフにしては出るとこがやたら出ていて…ええい!!煩悩よ去れ!!
哪吒子とじいちゃんはレンジャー風の格好をして、あまり目立たないようにしている。
そしてエミリーとシャリーさんは二人ともローブをまとって顔を半分隠す傭兵風に……えええ?!!またいつの間にかシャーラさんまで同行しているんですが?!!
「なあ、シャーラ。ライガー領の領都の管理の仕事はどうなったんだ?」
エミリーがシャリーのコメカミをぐりぐりしながら静かに厳しい視線で睨んでいる。
「ああ、こういうお仕置きを受けるのも逆にご褒美…もとい、実は最近素晴らしい事実が判明したのです!!」
シャリーの言葉にエミリーがぐりぐりしていた手を止める。
「六魔将の一人で、中立派だったベルゲンが元日本人の転生者だったことが発覚したのです。
しかも前世が『重度のオタク』で、お互いに趣味の話で完全に意気投合したのですよ!!
二人はもう、『親友』ですから、その分だけ、首都の防備を減らしてこちらに人員を割くことができたということですよ♪」
シャーラが嬉しそうに『褒めて♪褒めて♪』みたいな顔をしている。
「そうか、それはよくやってくれた。」
ニコニコしながらエミリーがシャリーを見ている。
「でしょ、でしょ♪」
「でも、ここに来る前に『予め報告すべき事案』だよね♪」
エミリーの額に青筋が走り、シャーラの顔を握った右掌からゴキゴキと嫌な音が聞こえてくる。
「ああああああ!!!ちょっと効きすぎです!!」
エミリーは『気絶したシャリーを右手に持ったまま』並んだ列を前に進んでいった。