【新しい生活への第一歩 Ⅲ】
宝石のように煌めく濃い翠色の瞳を不思議そうに瞬かせ、もぐもぐと口を動かしたまま、ベゼルが息を荒らげる老人を見る。
慣れというのは恐ろしいものでこの時。食べるのに忙しかったレヴィとベゼルは――真白もだが――事情を知らない第三者の目に自分たちの姿がどう映るのか、まったくもって意識していなかった。
少し考えれば老人がなにを見て驚き、なにに対して怒っているのか、すぐにでもわかったはずなのだ。
だが3人とも、昨日の疲れが抜けきっていないこともあり、注意力が散漫になっていた。
もっとも、レヴィとベゼルは半ば以上、朝食に気を取られていたというとこもあるのだが。
「爺は情けのうございます。丹精込めてお育てしたつもりでおりましたのに、どこでどう間違えたのかこの体たらく。先代様になんとお詫びしたらよいやら……ッ」
惚けるでもなく、本当にわかっていないといった表情で自分を見つめてくるベゼルを睨みつけ、老人がことさら嘆かわしそうな声を出す。
責めるような、悲しむような。表現しがたい複雑な感情を向けられて、食べることに夢中だったベゼもようやくなにかおかしいなと感じたのだろう。
「へ? なんの話? てか、丹精込めてなんてお育てされてないよね? ウチ、ほぼ放任主義だったと思うんだけど?」
もぐもぐもぐと口の中のものをよく噛んでから飲み込み、余計な言葉と共にこくんと小首を傾げる。
これで真白より年上だなんて絶対に嘘だ。そう思わせる愛らしい仕草は、けれど。
老人の怒りに、ただ油を注いだだけだった。
「黙らっしゃい! うら若き乙女をその様な破廉恥な姿で侍らせておいて、よくもまあぬけぬけと!」
ベゼルの言葉にカッと目を見開いた老人が、先程よりも更に大きな声で怒鳴る。
そうして、ツカツカツカツカ、っと一糸乱れぬ早足を披露して歩み寄ってくるや、目にもとまらぬ速さでベゼルの耳を摘まみあげた。
「いたたたたッ。いきなりなにすんのさ、イザドッ。破廉恥な姿って、なに言って……って。あれ? 言われてみれば、確かにそう、かも……?」
叱責する気満々な老人――イザドの手から素早く逃れ、不服そうに反論しかけたベゼルはしかし。隣りで縮こまりながら成り行きを窺っている真白の姿をあらためて見遣り、尻すぼみに言葉を詰まらせる。
ひと目見て泣きはらしたとわかる赤く腫れた目元や、あきらかにサイズの合わない男物の衣服の中で泳ぐ華奢な肢体。
後ろでひとつに束ねられた髪は手櫛で整えられただけなので、どこか乱れた感じが否めない。
端から見ればどれをとってもただごとではなく。
なにかあったのは、誰の目にも一目瞭然。
しかも、男ふたりで泣き腫らした顔をしたか弱い女性を挟んで座っているのだ。
下手をすればあらぬ誤解を受けてしまうこと間違いなしな状況である。
ベゼルの視線を追いかけ、自らの恰好をあらためて認識した真白が「不味いかも」と思ったのと同時。
「なにが『確かにそうかも』ですかッ! たわわに実った果実のごとき胸の膨らみも、きゅっと締まった細腰も、なだらかなラインを描く円やかなお尻も、なにもかも丸わかりではございませんか!!」
老人が、身も蓋もない物言いをする。