エンジェル・ハート 2
愛理は一人暮らし、ここで動物を飼ってはいけない決まりがある。
だけど愛理は僕を捨てることをしなかった。
葉桜の袂で、濡れた僕を見つけたとき、泣いてくれた。
あの時は僕が傘を差し出した。
今日は愛理が傘を差し出してくれる。まるで、あの日を思い返すように――。
*
愛理はデッサンが好きだ。
いつか絵本作家になりたいと言っていた。
アルバイトを続けながら愛理は売れないフリーライターを続けている。
だけど誰も信じてはくれない。
愛理の描く絵はとても暖かい。愛理の描く世界は希望に溢れている。
でも、誰も認めてはくれない。
きっと大きな賞、権威のある賞を受賞できたのなら、人は信じてくれるだろう。
人なんてそんなものだ。
初めてこの家に来たとき、懐かしい人の絵を描いてくれた。
まるで僕に見せ語るように話しかけてさえもくれた。
一枚一枚、想い出を語るように僕の頭を撫でてくれた。
長い月日、寂しい想いをさせてごめんね。
あれから六年が過ぎていた。
でもね、あの時じゃ駄目だったんだ。
愛理が一人で立ち直らなきゃ、今の絵を描くことはできなかった。
待っている僕も同じぐらい辛かった。
だけど、あの日と同じぐらい、僕は黙って愛理の傍にしか居られなかったと思う。
そんな僕で、ごめんね。
思わずそっと、眠りについた愛理の頬をさすった。
色取り取りの色鉛筆、
愛理は眠る寸前までデッサンをやめることをしなかった。
愛理が眠りにつくと僕は月夜を見上げた。
愛理を幸せにするにはどうしたらいいのか、なんどもなんども、僕は、あのひとに問いかけてみた。
だけどあの人は、なにも答えてはくれない。
ときにあの人は、優しいのか冷たいのかすら、わからなくなるときがある。
僕はなんどもなんども眠りについた愛理を振り返った。
愛理が描いた姿を見られたとき、僕は天に帰らなくてはいけない。
ただね、あのひとはその代わりに一つだけ約束をしてくれた。
この世の存在を失うとき、いつか僕が体験するはずだった幸せを愛理に与えてもらえるように頼んだ。