エンジェル・ハート 1
道端に捨てられた子猫は夢を見た。
地表を濡らす雨、
こんな僕にさえ、泣いてくれた人がいた。
*
もう一度伝えたかったことがある。
僕は幸せだった。
だからもう、泣かないで。
耳を塞ぎ、小さく震えた愛理の足元に僕はすりよった。
もう二度と愛理を苦しませたりはしない。
愛理が眠りについた夜、
僕はそっと愛理から離れた。
月夜を見上げ、鳴き声をあげるだけでほら、僕は人間に戻ることができる。
僕がまだ少年だった頃、
信じたことはなかった。
でも、それが大きな間違いだったことに気づいた。
この世の悲しみすべてを知る人がいる。
ただ、それだけのこと。
初めて愛理と出会った頃を僕は覚えている。
大きく背伸びをする手に葉桜が触れた。
*
この世に生まれてこれなかったいのちを愛理は悔やんだ。
だから、束の間の「さよなら」をした。
そう、この交差点で、
愛理を苦しめるすべてを押し出した。
どんな理由があろうと、人を殺めてはいけない。
愛理の苦しみが一瞬の瞬きと同時に身体中を引き裂いていった。
夕暮れのラッシュが始まろうとする時間、
僕は死んだ。愛理を苦しめたすべてと共に。
薄れいく意識のなかで愛理が幸せになれますように。
誰よりも優しい声がある、
僕のために流してくれた涙が再び歩きだす勇気をくれた。
揺れる車内、
命を繋ごうとするサイレンが喧騒の闇を赤く染め急いでいった。
*
名前を決めかねた顔をする愛理がいる。
僕のために用意してくれた青色のリボンがあった。
まるで誰かを思い返すようだ。
「エッジ」
そう呟くなり、懐かしい顔をする。
うんと、僕に顔を近づけると愛理の悲しい瞳が話しかけてきた。
その瞳には懐かしい響きがあった。
幸せになることに人は貪欲だ。
幸せになるために人は生まれてくる訳じゃない。
少なくても僕はそう考えている。
誰かを幸せにするために生きたことを僕は誇りにさえ感じている。
それは肉体を失っても同じ――ううん、さらに強くなった気さえもする。
誰かを思うことは素敵なことだ。
これからも、輝き続けて欲しい。
僕はどちらも伝えることができなかったけど、それでいい。
思いは見えなくても伝わるものだと僕は信じていたいから。
僕の首に青いリボンが巻かれた。