【帰れる……の? Ⅱ】
ベゼルの視線が気まずそうに逸らされたことで、真白は現時点で誰も、彼女を元いた世界に送り返す手段を持っていないことを知る。
送り返せない。はっきりそう言葉にされなかっただけ、まだ望みはあるといえるだろう。
たがこの状況で、ベゼルの言葉は真白にとって、残酷な現実を突きつけるだけのものでしかなかった。
「うそでしょ……」
堪えきれず、じわりと涙が滲む。
状況は、なんとなく察していた。
知らない部屋。見たこともない調度品。
肌に触れる空気は冷たく、与えられた毛布に包まってなお、震えが止まらないほどの寒さ。
異世界に転移したと聞かされて、真白があっさり納得できてしまったのは、突き刺さるような真冬の寒さを肌で実感したからだ。
日が沈むにつれ、深々と深まる真冬の寒さ。
エアコンの人工的な冷たさとは違う、天然の冷気。
否定しても否定しても、あり得ない現実が、無常にも真白を追い詰める。
異世界転移。そんな言葉、物語の中だけのものだ。
そう笑い飛ばせない事実の積み重ね。
「ええと、いますぐは無理ってだけだから。ちゃんと責任もって帰れるようにするから。だからあの、泣かないで……って、レヴィッ。そっぽ向いてないでなんとか言ってよ!」
声もなく俯き、瞳を潤ませた真白に動揺したのだろう。我関せずとばかりに目を逸らしたままのレヴィの肩を掴んだベゼルが、これでもかと揺さぶる。
慌てふためくベゼルとは対照的に、レヴィはさして女の涙に動揺を覚えた様子もなく、小難しい顔をして黙り込んでいる。
迂闊な希望を持たせることも、どうしようもない現実を突きつけることも。どちらも真白にどっては残酷でしかないことを、彼はちゃんとわかっているのだ。
燃え盛る暖炉の焔を見つめ、長々と吐き出される吐息。
あきらめと哀れみを過分に含んだ吐息はひどく重く……そして深い。
「なんとかと言われても、な。あの中からたったひとつを探し出すとなると、生半なことじゃあないぞ? 確約もできん約束を、そうおいそれとはできまいて」
ぼそりと落とされる、低い呟き。
はっきりと言葉にはしないが彼は、ベゼルが魔導具を特定できていないと知った時点で、真白を送り返すことはできないと、早々に判断を下してしまったようだった。
そのくせ、無愛想な態度とは裏腹。彼の頭にある大きな獣の耳は、ペタリと伏せられ動かない。
彼が真白を見ようとしないのは、慰める言葉を持たないからだと知らしめる、伏せられたままの獣の耳。
レヴィの言葉が心底彼女を憐れんでのものだと教えるソレを、真白は半ば絶望的な気持ちで見つめる。
ベゼルの言葉は慰め、もしくは希望的観測であるということを。
帰れる可能性があったとしても、ないに等しい確率であるということを。
深い溜め息のもたらすその意味を――嫌でも理解できてしまったから。
あきらめが、ゆっくりと真白を支配しようとした時。
「確約――は、できるよ。一度は術式をこの目で見てるんだ。ちゃんと元いた場所に戻してあげることはできる。ただ、あの中のどれが『界渡りの魔導具』なのかを探し出すのが大変ってだけで……」
自信がなさそうにしながらも発せられたベゼルの言葉に、真白はハッとして顔をあげる。
(帰れる……の?)