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「……ねえ」

 うつむいたままの彼女に声をかける。それは自分でもびっくりするくらいに優しくて、そして落ち着いた声だった。
 ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は、目を逸らしたいほどに弱々しく揺れている。

 僕はこれから、彼女を拒絶しなければならないのだ。そう思うと彼女の前から何も言わずに逃げ出したくなったけれど、僕は両足に力を入れてぐっとその場に踏ん張った。

「花火、楽しかったよ」

 彼女は何も言わない。ただお互いに目線だけは逸らさない。

「ね、約束、守ってくれてありがとう」

 ぐ、と彼女が唇を噛みしめた。耐えているのだということはすぐに分かった。だからこそ僕は彼女に笑いかけた。

「ほら、僕は君のおかげでこんなふうに笑えるようになったんだよ。だからね、」

 君は、泣いてもいいんだよ。

 僕の言葉に彼女は大きく目を見開いた。それから眉根を困ったようにぐっと寄せて、唇を小刻みに震わせた。

「……ふ、」

 嗚咽が一つ、いつも笑っていた彼女の唇からこぼれた。それを皮切りに、せき止めていた何かが決壊したかのように、彼女は子どもみたいに泣きじゃくった。
 愛しいと思った。愛しくてたまらないと思った。だからこそ彼女には、これから先、もっと幸せになってほしいと、そう思った。

 それがたとえ、僕のいない未来だとしても。



「……あのさ」

 しばらくして、ようやく落ち着いてきた彼女が口を開いた。僕は目線で先を促す。

「なんで今、私の前に現れたの?」

 ごもっとも。今はお盆の少し前の時期で、僕が彼女の前に姿を見せるには少し時期外れと言えるだろう。

「知っているだろう? 僕は、人混みが苦手なんだ」

 お盆なんて、生死問わず人がごった返すときになんか出てきたくないからね。

 そう言い放った僕に彼女はまたしても目を見開き、しかし次の瞬間には盛大に吹き出していた。

「ふはっ……なるほどね、そっか。うん、君らしいね」

 目尻を指で押さえながら、彼女はひとしきり笑っていた。つられて僕もふはっと笑う。
 それから名残惜しむかのように笑い声を上げることをやめ、ゆっくりと深呼吸をした彼女が居住まいを正して僕に向き直る。

「ありがとう、また逢いにきてくれて」

 僕は頷き返す。

「来年も、来るからね」

 僕は何も言わない。それが僕の精一杯の拒絶だった。

「ちゃんとお盆より前の時期に来るから、ここにいてね。姿は見せなくてもいいから、ちゃんとここにいてね」
「……気が向けば」
「花火して、待っているから。それを目印にしてきて」

 そう言って彼女は眉根を寄せて、困ったように笑った。

「君の言いたいことはわかっているから。大丈夫、私はちゃんと前を向いて生きていくよ」
「……ほんとうに?」
「ほんとうに。約束、ね」

 彼女が差し出してきた小指に僕は一瞬ためらったものの、彼女の晴れやかな笑顔を見て自分の小指を絡ませるような形にして持っていった。
 僕らはお互いに少し照れくさそうに笑って、それから一緒に指切りげんまんを口ずさんだ。一緒のリズムで腕を上下に振りながら、指きったで勢いよく腕を振り下ろす。

 いつの間にか陽は山の向こうに落ちていて、夜の寂しげな風が僕らの間を流れていった。

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