(6)言葉の裏側
そして二人きりになったテラス席で、ロイとソフィアは傍目には優雅にお茶を飲みつつ、会話し始めた。
「エルセフィーナ嬢はご両親に付き添って長い事領地暮らしで、色々不自由な事がおありでしょう?(全く、何を好き好んで、ど田舎暮らしなんかしてやがるんだ)」
「いいえ、『住めば都』と巷で言う位ですから、今ではもう慣れましたわ。田舎は田舎なりに素朴な方が多くて肩肘張らずに済みますし、今では王都の喧騒が煩わしい位です(てめえみたいなウザイのに纏わりつかれ無いだけでも、快適に決まってんだろ?)」
「ですが後々の事を考えると、そろそろ王都に戻っていらしたらどうですか?(冗談じゃないぞ。そんな辺鄙な所に行ってたまるか!)」
「ですが王都の屋敷は弟がしっかり取り仕切っておりますので、別に不安もございませんし(だからてめえが割り込む隙間なんか無いんだよ!)」
「しかしイーダリス殿は近衛軍所属で、領地経営には不向きでは? 財務に長けた人間が、管理に携わった方が良いと思うのですが(はっ! この俺が一時期でも脳筋バカを立てて補佐してやろうってのに、そんな心遣いを読み取れんとは。だから貴族と言っても末端の奴は)」
「ロイ様は財務省勤務ですから、ルーバンス公爵家位の大身での運営に携われば、十分手腕を震えるのでしょうね。ですが我が家は、吹けば飛ぶような小身貴族ですので、弟が近衛軍勤務の合間に財務を見る位で丁度良いのですわ。世の中、上手くできていますわね(あんたの勤務先の部署は、どこでも使い物にならない屑野郎の掃き溜め部署だろうが。会計に携わらせたら身代傾けると分かってて、誰が家に入れるかよ!!)」
親切ごかして口にするロイと、それをやんわりといなすソフィアの会話を聞きながら、サイラスは思わず遠い目をした。
(端から見ると、上品な会話なんだが……。なんだか副音声が聞こえるのは、俺の気のせいじゃないよな?)
彼がそんな事を考えていると、テラスで事態が動いた。
「エルセフィーナ嬢、本日は我が家にご足労頂き、ありがとうございます」
「お礼を言うのは、こちらの方かと思いますが。大変結構なお料理をご馳走して頂きましたし」
(本当に。家に押し掛けてきてご馳走しろなんてごり押しする様なら、本気で残飯を出してやるわ)
急に改まった顔付きで頭を下げてきたロイに、ソフィアが一応恐縮気味に応じる。するとロイはそのまま、思うところを述べてきた。
「先程から貴女のお話を色々とお伺いして、私が想像していた……、いえ、それ以上の慎み深く、知性をお持ちの女性であると分かりました。どうか私の求婚を受けて頂けませんか?」
「まあ、そんな……」
光栄だとでも言う様に恥らってみせたソフィアだったが、内心ではロイに対して悪態を吐いた。
(おいおい、これまでの話のどこに、そこまで感動したってんだ? 言葉の裏が全く読めないド阿呆か、用意しておいた台詞をそのまんま口にしてるだけだろうが?)
(ムカつく……。かなり強引に縁談を押し付けただけに飽きたらず、自分が申し込めば断らないだろうとか自惚れている感じが、全身から滲み出ている所が)
サイラスは彼女以上に気分を悪くし、思わず呪文を唱えた。
「フェル・ランディ・アス・レイト」
その途端、ルーバンス公爵邸付近の上空にだけ、突如として黒雲が湧き起こり、冷たい突風が上から吹き付けてくる。そしてここでロイに言質を取られるわけにはいかないと、曖昧に微笑みながらどう誤魔化そうかと考えを巡らせていたソフィアは、頬に風圧を感じた為、結い上げた髪が乱れないかと気にしながら空を見上げた。
「……何? 急に風が出て来て」
「ぐわっ!!」
「え? ロイ様!? 大丈夫ですか?」
いきなり飛んで来た一抱えもある木の枝が、テーブルの向かい側に座っていたロイを直撃したのを見て、ソフィアは驚きで目を丸くした。そして自分の上半身にぶつかった枝を取ったロイが、頭に葉を、顔にかすり傷を付けた仏頂面で、ソフィアに声をかける。
「え、ええ……。何でもありません。それより雨も降ってきましたので、中に入りましょう。話の続きは室内で」
「ええ、そうですね」
ポツポツと降ってきた雨にソフィアも同意して席を立ち、室内に続く窓に向かって歩き出そうとしたその時、一番近くにそびえ立っていた結構高さのある木に雷が落ちた。
「うわっ!?」
「きゃあぁぁっ!?」
(雷!? 何でこのタイミングで、この場所に!! でもチャンス!)
同時に襲ってきた轟音と閃光に、流石にソフィアは度肝を抜かれたが、驚いたのは一瞬だけで、すぐに雷を受けた木が耳障りなバリバリッと言う音を立てて二つに裂け、更にその片方が自分達の方に倒れてきたのを見て取って、素早く行動を起こした。
「エルセフィーナ嬢! 早く室内に非難を!」
「ロイ様、危ない!」
「え? ……うわぁぁっ!!」
(本人に断り無く、名前を呼び捨てにすんな、このボケが!!)
顔色を変えて室内に逃げ込もうとしたロイを、ソフィアは悲鳴を上げながら突き飛ばした。勿論それは演技の上、倒木を避けるどころか、その到達予測地点の方にである。そしてソフィアの読みは見事に的中し、彼は見事に倒れ込んできた木の下敷きになった上、その拍子にどこかで頭を打ったらしく、呆気なく気絶してしまった。
「きゃあぁぁっ!! ロイ様! 誰か、誰か来て! ロイ様が倒れた木の下敷きに!」
些かわざとらしく悲鳴を上げて屋敷内に助けを求めると、すぐに屋敷の使用人が、何人も血相を変えてテラスに飛び出してきた。
「ロイ様、大丈夫ですか!?」
「駄目だ、気を失ってる!」
「取り敢えず、上から木を退かすんだ!」
「お部屋に運ぶぞ。手を貸せ!」
途端に大騒ぎになったテラスから、ロイが急ごしらえの担架で運び出されて行くのを、ソフィアは清々した気持ちで見送った。そして何人かの侍女が残ってテラスの後片付けを始めた為、手持無沙汰になったソフィアが取り敢えず室内に戻ろうとすると、背後からイーダリスが呼びかけてきた。