27.限界点
囮を引き受けた形のアクセス達の部隊は、それからかなりの消耗戦を強いられる事になり、二日間で何回かレストン軍と遭遇しながらも、その都度辛くも逃げ切る事に成功していた。しかしその間に、さすがに部隊の面々に疲労の色が濃くなってくる。
(夜も仮眠しか取れないって言うのは、やっぱり結構きついわね。かといって実戦部隊の人達には、休める時にはできるだけ休んでて貰いたいし。交代要員でサイラスが居ないのは、痛かったわ)
うっかりすると馬に乗ったまま居眠りしそうな自分自身を叱咤しつつ、エリーシアは無言で馬を走らせていたが、そんな彼女の内心はお見通しだったらしく、アクセスが心持ち馬を寄せ、並走しながら声をかけてきた。
「エリー。眠いのは分かるが、落ちるなよ? 自信が無いなら、落ちても首の骨を折らない様な魔術を、自分自身にかけておけ」
心配半分、からかい半分の口調で言って来たアクセスに、エリーシアは気を引き締めて言い返した。
「ご親切にありがとうございます。危なくなったら、遠慮なくそうさせて貰います」
言外に「まだ大丈夫です」と含ませた彼女に、アクセスは改めてしみじみと述べた。
「本当にエリーは肝が据わってるな。こんな状況に放り込まれたら、普通の女の子だったらとっくに神経が焼き切れて、パニックを起こしてるぞ?」
「あら、普通の女の子扱いして下さるんですか? 嬉しいですね」
「本当に、まだまだ大丈夫そうだな」
アクセスが苦笑いした所で、少し先を進んでいた兵士が駆け戻って来て、アクセスに声をかけた。
「副官殿。近くに小川が流れているので、そこの岸で少し休憩しませんか? 取り敢えず全頭休ませるスペースが有りますから」
「そうだな。案内してくれ」
「こちらです」
アクセスは素早く話を纏め、その兵士の先導で部隊は小川のほとりに進んだ。そして取り敢えず馬から降りて休憩する事になったが、半分以上の者は地面に足を付けるなりその場にへたり込む。他の者も馬に水を飲ませたり、自分の武器の手入れなどをしていたが、一様に顔色は冴えなかった。
そんな中、エリーシアは手当てや傷の具合の確認の為に、負傷者が固まっている場所に足を向けたが、ざっと人数を確認して無意識に眉根を寄せた。
(この二日で十二人が脱落、というか行方不明。大人しく捕虜になっていれば良いんだけど……)
混戦中に行方が分からなくなったまま、探す事もままならなかった者達の事を考えて、エリーシアは一瞬暗澹たる気持ちになったが、軽く頭を振ってその考えを頭の隅に押しやった。そして負傷者に声をかけつつ、随分ボロボロになったマントの裏側を裂いて薬を浄化した水と一緒に飲ませ、回復魔法を施す。
少しの間そんな作業に没頭していたエリーシアだったが、突然鋭く名前を呼ばれた。
「エリー! ちょっと来てくれ!!」
「はい! 今行きます!」
慌てて立ち上がり、アクセスの所に駆けて行くと、何人かの近衛兵と立ち話をしていたアクセスが、険しい表情で話し出した。
「どうかしましたか?」
「ちょっとおかしいと思わないか?」
「何がです?」
「この近辺、鳥の鳴き声が全く聞こえない」
「え?」
「小動物の類も、さっきから一匹も見かけない」
「すぐ調べます!」
一瞬戸惑ったものの、すぐにアクセスが言わんとする事を悟ったエリーシアは、顔色を変えてしゃがみこんだ。そして地面に両手を付いて、呪文を唱え始める。
「マール・ラウ・ギャンテ・シェス……」
手早く呟きつつ魔力を掌に集中させると、彼女を中心に淡い光が同心円状に徐々に広がっていき、他の近衛兵達もそれで異常事態が発生している事を察して、強張った表情でゆっくりと立ち上がった。その光が見えなくなるのをその場全員が見守っていたが、少ししてエリーシアがゆっくり立ち上がり、探査の結果を告げる。
「残念ですが、一番最初の時と同様に、囲まれてます。距離に少しばらつきは有りますが、ほぼ全方向ですね」
思わず溜め息を吐いたエリーシアに、アクセスが皮肉っぽく笑う。
「やはりな。殺気漲らせてる無粋な奴らが闊歩していれば、臆病な動物なんぞ真っ先に逃げ出すだろうさ」
しかし周りの人間は、一様に険しい表情になった。
「副官殿、どうしますか?」
「どうもこうも、これ以上の抵抗は無理だろ。潔く降伏するか」
「確かにこの状態では、そうするしかないかもしれませんが」
「王太子殿下が無事、本体と合流できたかどうかも分からないのに……」
あっさりと降伏する事を口にしたアクセスに、ここまで連戦してきた部下達は些か拍子抜けしながらも、納得できかねる表情になった。しかしその時、上空に異変が生じた。
「おい、何だあれは!?」
「副官殿! 上! 空を見て下さい!」
「空?」
周りからの驚愕した声を受けて、何気なく空を見上げたアクセス達が、揃って唖然とした表情になった。